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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
編入編
19/246

編入編18 黒幕


 ネコメの異能、ケット・シー。アイルランドに伝わる猫の王様。

 ケット・シーは『王様』であるが為に、『命令』が出来る。

 その『命令』は猫に近しいモノほど強制力が強く、虫の妖怪である絡新婦、すなわち東雲には効果が薄い。

 反面、猫でなくとも俺や鎌倉のような動物の異能には、少なくない強制力を持つ。

 それが同じ動物の異能であるイノシシの妖獣にも適応されることは、一昨日の夜に確認済みだ。

「がっはぁ‼」

 地面に投げ出された東雲は、ゴロゴロと校庭を転がって倒れ伏した。

 妖獣への命令によって窮地を脱したネコメだが、未だに銀の爪は封じられ、足を縛る粘着性の糸と巨大な蜘蛛の巣でその身を縛られている。

「ふっん!」

 ネコメは驚異的な柔軟性で身を捩り、体に密着させられている右手の爪に巨大な蜘蛛の巣を触れさせ、切断する。

 地面に降り立ったネコメは、まず糸のついた靴と靴下を脱ぎ捨て素足になる。次いで肩関節の柔らかさを駆使し、左手腕を制服のブレザーから抜き、折り曲げれ密着させられた右腕からブレザーを引き抜いて解放する。

 ネコメが一連の動きを終えるまでの間に、東雲は起き上がって自身を跳ね飛ばしたイノシシを糸で拘束してしまった。

「いったー、やってくれたね……」

 地面に転がるイノシシを、鬼に向かって手で示すと、鬼は緩慢な動きでイノシシの一体を両手で掴み、頭から轟音を上げて捕食し始めた。

「ひっ……!」

 そのあまりの凄惨な絵面に、隣で里立が短い悲鳴をあげる。

「霊官が妖獣を使うなんて、恥ずかしくないのー?」

「鬼を連れてる霊官に、言われたくありませんよ」

 二人が軽口を叩き会う間に、鬼は一頭目のイノシシを食べ終え、二頭目のイノシシを手にした。辺りは静かだし、他に妖獣の匂いもしない。同じ手段はもう使えないだろう。

 同様に、服や靴を脱ぎ捨ててしまえば、当然次に粘着性の糸を食らったら抜け出す手段が無い。

「ジリ貧じゃない?」

「平気ですよ。もう、食らいませんからッ‼」

 ネコメが駆け出し、右手の爪を振るう。

 再び巻き起こる銀爪と糸の応酬だが、確かにネコメがジリ貧だ。

 次に糸を食らえば脱出の手段は皆無だし、鬼も俺たちへの攻撃をやめて戦いに参加してしまっている。

「いつまで食ってんだ! それ投げろ‼」

 二頭目を食べ終え、三頭目のイノシシの頭に噛り付いた鬼に、東雲が命令を飛ばす。

 鬼は東雲に従い、持っていたイノシシをネコメに向けて投げつけた。

 投擲されるイノシシを回避したネコメだが、着地の瞬間再び東雲の口から糸が吐き出され、ネコメを捉えようとする。

「同じ手は、食らいません!」

 足を狙って吐き出された糸の塊を、ネコメは空中で身を丸めて宙返りしながら回避した。

 糸を吐いた直後の東雲を狙い、ネコメが駆ける。

「止めろ!」

 東雲の指示で鬼がネコメの前に立ちはだかるが、鬼の動きはやはり遅い。

 難なく鬼を回避したネコメは鬼の右側に回り込み、そこを狙って再び吐き出される東雲の糸も予期し、反復横跳びのように今度は鬼の左側に回り込んだ。

 しかし、それさえも読んでいた東雲はあらかじめ鬼の左側に糸玉の蜘蛛の巣を展開していた。

「くっ!」

 ネコメは蜘蛛の巣を避ける為に後退を余儀なくされ、再び距離が開く。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 肩で息をするネコメは、東雲を攻め切れず焦れている様子だ。

 しかし東雲もまた、素早いネコメを捉え切れていない。確かに東雲もネコメに劣らない機動力を持つが、蜘蛛の狩りとは基本的に罠を張っての待ちだ。自分からネコメに攻め入れば、返り討ちにあう可能性が高いことは分かっているのだろう。

 お互いに最善の選択をしても、今のように膠着が続いてしまう状況。

 このままではラチがあかないことは、戦っている二人にも分かっているだろう。

「これじゃ千日手だな……」

 どちらかが違う動きをしないと状況は悪化も好転もしない、そう思って出た言葉だったが、隣で里立が首を振った。

「ううん、東雲さんだって無限に糸を出せる訳じゃない。きっとそのうち糸が出せなくなるはず……」

「そうなのか?」

「ああ、異能混じりだって人間だ。ショウゴみたいに意思で能力使うタイプだって、そのときの体調次第で使えなくなったりする」

 里立のセリフを、意外なことに鎌倉が補足した。

 今の話が本当なら、このまま続ければいずれ東雲は糸を出せなくなる。そうなれば一気にネコメの優勢だ。

 しかし、次の応酬が終わったとき、ネコメが足をもつれさせ、躓いてしまった。

「しまっ⁉」

 地面に手を付くネコメの頭上に、緩慢に動く鬼がその影を落とした。

「ネコメ‼」

 ネコメは振り下ろされる拳を間一髪で回避し、そこを狙って吐き出された東雲の糸も、地面を転がる形でなんとか躱す。

「はぁ……はぁ……!」

 全身を砂まみれに汚したネコメは、先程よりも呼吸を乱している。

 その様子を見て、東雲は「ああ、そっか」と手を打った。

「ネコメちゃん、ご飯食べてないでしょ? お昼はちゃんと食べたの?」

 東雲の指摘に、ネコメは苦しそうに顔を歪めた。

「そ、そういやあいつ、昼飯マトモに食ってなかった……」

 俺が知る限りネコメの昼食はバランス栄養食一箱で、時間から見てもネコメが俺たちの異常に気付けたのは夕飯に誘いに俺の部屋を訪れたからだろう。

 異能混じりも人間、超人的な身のこなしも、燃焼させる体内のカロリーがあってこそのもの。ネコメは空腹で、異能で戦う準備が出来ていないんだ。

「このくらい、なんともありません……!」

「ホントに?」

 あからさまな虚勢を張るネコメだが、東雲に通じている様子はない。

「あたしの糸だって、そりゃ無限じゃないけどさ……」

 東雲はポケットに手を突っ込み、ゼリー飲料のようなものを取り出して飲み干した。

「……んく。ネコメちゃんの体力と、どっちが先にカラになるかな?」

 あのゼリー飲料は、東雲の糸の生成に必要な栄養素だろう。

 すぐに消化、吸収できる流動食はアスリートも好むものだし、霊官の仕事に適した飲料なのかもしれない。

「ダメだ……このままじゃ……」

 このままでは、ネコメは遠くないうちに動けなくなってしまう。

 なんとか打開案を考えていた、その時、

「宿直室に居たら妙な物音が聞こえて来てみたら、どういう状況か分からないけど、ケンカって訳じゃなさそうね?」

 校庭に対峙する二人とは違う、第三者の声が響いた。

「その鬼、例の新種よね? どういうことかしら、八雲」

 白衣を翻し現れたその人物は、手提げ鞄を持った藤宮先生だった。

「せ、先生!」

 予期せぬ増援に、ネコメの顔がわずかにほころんだ。

 先生はカバンの中から先程東雲が飲んだゼリー飲料のようなパックを取り出し、ネコメに渡す。

「飲みなさいネコメ。事情はともかく、あまり楽観できる状況じゃないのは分かるわ」

 先生はチラリと俺たちの方を向き、次いで東雲と鬼に視線を定める。

「よかった。確か藤宮先生も霊官だよね? 霊官二人なら……」

 安堵の声を漏らす里立だが、俺は妙な引っ掛かりを覚えた。

 宿直室に居たと言っていたが、保健医が常駐するのは霊官の仕事のある土曜だけじゃなかったか?

 それに、一昨日の夜、あの時先生は……。

「ッやめろ! それを飲むなネコメ‼」

 突如閃いた考えに、俺は喉が張り裂けそうな勢いで叫んだ。しかし、声に振り返ったネコメは、既に渡された飲料を半分ほど飲み込んでしまっている。

「吐き出せぇ‼」

「え?」

 俺の言っていることの意味が分からないネコメは、次の瞬間、糸が切れた人形のように地面に倒れこんだ。

「あっさり飲んでくれて、助かったわ。よくやったわね、八雲」

 悠然とネコメを見下ろす藤宮は、憮然とした表情で近寄って来た東雲の頭を撫でて労った。

(そうだ……アイツは一昨日、東雲の治療をした……‼)

 少し考えれば分かることだった。

 一昨日の東雲の負傷は、東雲の演技。

 それなのに藤宮は、長い時間を掛けて治療を施していた。

「お、おい、どういう事だ? アイツ、俺たちを助けに来たんじゃねぇのか⁉」

 事態が飲み込めず動揺する鎌倉に、俺は歯噛みしながら首を振った。

「違う、アイツも……敵だ‼」


 ・・・


「即効性の麻痺毒よ。私のオリジナルで、服用者の異能を発現させたままにするの」

 藤宮はバッグから出した道具を布を敷いた地面に広げ、何やら不穏な準備を始めている。

「本当によくやったわ、八雲。邪魔な連中を生かしてるのはいただけないけど」

 異能を抑え、普段の目と髪の色に戻った東雲は、藤宮の準備を感情の読めない顔で眺めながらぶっきらぼうに呟く。

「別に、殺すヒマがなかったんだよ」

「そう」

 大して興味無さそうに相槌を打った藤宮は、道具の中から銀色に光る丸みを帯びた細い刃物、メスのような物を選び取り、横たわるネコメに向き直った。

「あ……あいお、すうすもい、れふか……⁉」

 飲まされた毒のせいで呂律が回っていないネコメは、自らに迫る金属の光沢を見て冷や汗を流す。

「何をするかって? 安心しなさい。毒で痛みは感じないから」

 そういって藤宮はネコメの髪を掴み、無理矢理上体を起こさせる。

「やめろ……!」

 そして、頭の耳に手にしたメスをあてがい、

「ヤメロォ‼」

 右側の耳を、切り落とした。

「あ、あぁ……」

 髪を離され、再び地面に投げ出されたネコメの目の前で、藤宮はポタポタと鮮血を滴らせる耳をうっとりした表情で見つめる。

 そして、バッグの中から緑色の液体で満たされた瓶詰めの様なものを取り出し、ネコメの耳をビンの中に入れて蓋を閉めた。

「ふふ、手に入れたわよ、妖精の異能! ケット・シーなんて希少な異能、もう手に入らないかもしれないものね!」

 瓶詰めに入ったネコメの耳を、まるで宝物でも愛でるように嬉々として抱きしめる藤宮。

 そのあまりの異様さに、俺たちは驚愕と動揺でおかしくなりそうだった。

「な、何してるの……? ネコメちゃんの、耳を……?」

「アイツらなんなんだよ⁉ 俺たちは一体何を見せられてんだ⁉」

 里立も鎌倉も、顔を真っ青にして言葉を吐き出している。石崎と目黒に至っては言葉も出ない様子だ。

 ひとしきり瓶詰めを愛で終えると、藤宮は毒で体を動かせないネコメの襟を掴んで、俺たちの方に引きずって来る。

「ね、ネコメ⁉」

 石崎の出した壁に叩きつけるように放られたネコメは、耳のあった頭部から血を流し、毒で動かない体を悔やむように歯噛みしている。

「まぁここまで巻き込んじゃった訳だし、自分たちが何でこんな目に合ってるのかくらいは知りたいでしょう?」

 俺たちの眼前にやって来た藤宮は、そう言って白衣のポケットからタバコを取り出した。

 コンビニでバイトしていた俺も見たことないような変なタバコを一本口に咥え、マッチを擦って火をつける。

「ふぅ……。さてと、まずはそうね……何が聞きたい?」

 俺たちに向けて大雑把に投げかけられる質問に、俺は代表して気になっていることを問いかける。

「お前の目的は何だ?」

 一連の行動と東雲の「用があるのはネコメ」という言葉から予想すれば、コイツらの目的はネコメ、もっと言えばネコメの持つケット・シーの異能であることは間違いない。問題はなんでそんな物を欲しがるのかだ。

「目的は、私の研究のため。ひいてはこの国の未来のためよ」

 藤宮から帰って来た予想の斜め上の答えに、俺たち一同は目を丸くする。

「く、国の未来?」

 この日本の未来と、ネコメの異能になんの関係があるって言うんだ?

 俺たちの反応に満足したように、藤宮はタバコの煙と共に自らの動機を語り始めた。

「この国に未来は無いわ。軍事力を持たないと豪語して数十年、この国は衰退の一途を辿っている。仮初めの平和の水面下では、領土も人も、この小国が大国と渡り合える唯一の武器だったはずの技術でさえも他国に奪われている」

(な、何を言っているんだ?)

 自己陶酔するように語る藤宮の話は、突拍子も無い方向に進んで行っているように思える。

 しかし、俺達は誰もがその話に耳を傾けていた。

「自衛隊という軍を持ちながら、その力を自ら縮小させている国民。戦争と聞けばアレルギーのように拒否反応を起こさせる、戦後の洗脳教育の賜物よね」

 確かに日本の義務教育では、過去の日本の行いを咎め、戦争は悪だと決めつけるような教育をしている。

「全く、愚かしいことよ。戦争は経済を回す重要なファクターの一つなのに、それを自ら否定するなんてね」

「……平和なのは、良いことだろ」

 俺達の世代は、親も、下手をすれば祖父母でさえも戦争は経験していない。

 この国は長いこと戦争で血を流してはいないんだ。

 その平和を尊びこそすれ、否定するのは間違っている。

「この国のどこが平和だっていうの⁉ 国力は低下する一方で、中国も韓国もこの国のことを舐めきっているのよ⁉ 日本は何をしても反撃してこないと思われているというのに、自ら軍事力を低下させる! 今この国は奪われる側なのよ‼」

 豹変し、そうまくし立てる藤宮に、俺は息を飲んだ。

(なんだ……コイツのこの圧は……⁉)

 藤宮の言葉には、無視できない重みを感じる。

 まるで自らの経験を語るような、怨讐じみた負の感情だ。

「だから、この国には力が必要なの。かつての私の理想を、今実現するのよ‼」

 そう言って藤宮は、その顔に狂気染みた笑みを浮かべた。

 興奮のし過ぎで息を切らせる藤宮の様子に、俺はまさかと思い一つの質問を投げかける。

「お、お前、歳いくつだよ?」

「あら、女に年齢聞くなんてマナーのなってないガキね」

 つまらなそうにそうボヤき、

「百を超えてからは数えてないわ。多分百二十くらいじゃないかしら?」

 そう答えた。

「ひゃ、百二十……⁉」

 当然だが藤宮はそんな歳に見えない。せいぜい三十そこそこといったところだろう。

 その答えに一同が唖然とする中、藤宮はタバコの煙を吐きながら言葉を続ける。

「私は昔、この国の軍に居たのよ。女が軍事に関わるなんて許されない時代だったから、それなりに苦労もしたけど、当時既に老人と言える年齢だった私が異能と研究の成果としてこの若さを手に入れてからは、どいつもコイツも手のひらを返したように私に媚を売り始めたわ」

 おこぼれにでも預かりたかったのかしらね、と藤宮は嘲笑する。

「軍の研究機関で、私は一つの理想を掲げたわ。異能を用いた、素晴らしい理想をね」

 そこまで聞いて、俺はようやく藤宮の目的の一端を理解した。

 国の衰退を憂う、コイツの目的は、

「お前、異能を戦争の道具にするつもりなのか⁉」

 ネコメを狙った理由までは分からないが、今までの話から察すると、コイツの目的は異能者を使って他国に戦争を仕掛けること。

 要は異能の軍事利用だ。

 しかし、藤宮は俺の推察を「はっ」と鼻で笑って一蹴した。

「私の研究は、その二歩先を行くわ」

「二歩?」

「異能者の数は少ないし、戦える異能を持つものとなるとさらに少ない。集めたところで核兵器一発撃たれれば、それで終わりよ。そんなことは研究を始める前から分かっていた。だから、数が必要なの。その為には、異能者を作るしかない」

 異能者を、作る?

 その言葉に俺は、寒気を感じた。

 俺が目覚めた日にネコメたちに聞かされた話によれば、それはこの国で研究されていたことだ。

 異能生物と人間を人工的に混ぜること。

「じ、人工異能者……⁉」

 人工異能者。資質の高い人間のそばで異能生物を殺し、本来偶発的に生まれるはずの異能混じりを量産する研究。

 かつてこの国で行われていたという、悪魔のような研究だ。

「そうよ」

 俺の想像を、藤宮はあっさりと肯定した。

「私は人工異能者を作る研究チームを率いていた。結局研究が完成を見る前に、この国は負けてしまったわ。でも私はずっと、研究を続けていた」

 燃え尽きかけていたタバコを校庭に吐き捨て、藤宮は再び笑みを浮かべる。

「そしてたどり着いたのよ。異能を培養した人工的な異能の残滓を作り、強力な異能を持つ異能混じりを量産する方法にね」

「異能の培養だと⁉」

 異能混じりが生まれるためには二つのものが必要だ。

 一つは異能の資質の高い人間。

 もう一つが、死んだ異能生物の異能の残滓。

 俺は異能混じりの成り立ちを初めて聞いたとき、きのこの胞子のようなものを連想したが、その菌糸を培養して人工栽培を可能にしたってことか。

 もし仮に藤宮の言うように異能の残滓を作り出すことができるなら、ネコメのようなケット・シーも、鎌倉のような鎌鼬も自由に生み出せることになる。

「だから、ネコメを狙ったのか⁉」

「そうよ。サンプルは多い方がいいし、ケット・シーは貴重な異能だから是非欲しかったの」

 そんな、そんなことのために、ここまでのことをしたのか?

 驚愕する俺たちを一瞥し、藤宮は再びタバコを取り出し、火をつける。

「それにもう一つ。私の作品の試験運用も兼ねていたわ。霊官の資格を持つ生徒を相手にどこまで戦えるかってね」

 作品とは、鬼のことか?

 異能生物である鬼が東雲や藤宮に従っているのは妙だと思ったが、あれも藤宮の研究とやらの成果なのか?

「おい、もういいだろ。話が長すぎる」

 そこで、これまで黙っていた東雲が不機嫌そうに口を開いた。

 東雲は俺たちの話に焦れたように親指の爪を噛み、藤宮に話を切り上げるよう促す。

 しかし、藤宮は微笑みを浮かべながら東雲の首に手を回し、「そんなこと言わないでよ」と頬をすり寄せた。

「なかなかないのよ、私の大切な子を自慢できる機会なんて」

「よく言うよ」

 ふん、とソッポを向く東雲を無視して、藤宮は話を続けた。

「人工異能者の最大の問題は、異能ではなくそれと混ざる人間の方だったわ。異能の資質が高い人間は珍しいし、私が培養した異能との相性もある。だから私はこう結論づけたの」

 そこで藤宮は一度言葉を切り、あまりにもおぞましい事を言い放った。


「人間の方も作ればいいのよ。異能と混ざることに適した、相性のいい人間を量産すればいいんだわ」


 その言葉に、俺たちの誰もが完全に言葉を失った。

 人間を作る。その言葉はきっと、そのままの意味だろう。

 クローン技術と品種改良で美味い牛肉を作るように、異能混じりに適した人間を作る。

 この女は、それを研究しているんだ。

「試験管の子宮に、薬品の羊水。異能者の私をモデルに作ったら、驚くほど上手くいったわ」

「う、上手くいったって、もう、作ったのか?」

 命を、人間を作るだなんて、そんな、そんな非人道的なことを?

 声を震わせる俺に、藤宮は「ええ」と頷いてみせた。

「伝承にならない有象無象程度の動物と虫の異能なら、大概は虫の方が強い。だから私はまず虫の異能混じりを作ることにした」

 藤宮は手の指を折りながら、一つ一つ噛み締めるようにカウントする。

「六体目までは完全に失敗だった。七体目でようやく形になった。それが十八年前のことよ」

「もういいだろ、そんなこと話す必要無い‼」

 再び東雲が声を荒げるが、藤宮の語りは止まらない。

 両手の指、八本目を折ったとき、その表情は至福のそれになった。


「そして十六年前、私の研究は一つの完成を見た。『蜘蛛八号』と名付けたその異能混じりは、完璧な形で誕生したわ‼」


 校庭中に響き渡る大声で、藤宮は高らかにそう宣言した。

「蜘蛛……八号?」

 蜘蛛に、八。

 偶然の、訳がない。

 おぞましい予感を、俺たちの誰もが感じた。

「し、東雲……?」

 俺が視線を向けると、東雲は俺を睨み返した。

 威嚇するように、怯えるように。

「やめろ……私を見るな‼」

 苦虫を噛み潰したような顔で、東雲は首を振った。

 そんな東雲の顔を両手で固定して、藤宮は俺たちに見せびらかす。

「そんなこと言わないで、よく見てもらいなさい。私の人工異能者計画の最初の成功例、蜘蛛八号。私の自慢の娘なんだから」

 そう言って藤宮は笑った。

 お宝を自慢するコレクターのように。

 出来のいい子供を自慢する親のように。

 狂気に満ちた、邪悪な顔で笑った。



あと三話で第一章完結です。


明日も昼頃の更新を予定しています。

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