表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
189/246

小さな幽霊編44 怪物

 自分は怪物を育てている、彩芽がそれを実感したのは、たたりもっけの事件を終えてから三日後のことだった。

 長野県諏訪市、日本本土のほぼ中央に位置する土地。市民の誇りでもある県内最大の湖は、その水底に諏訪の守り神である龍神が眠る。日本でも指折りの異能の地。

 土地の管理者である諏訪家の、広大な私有地にある別宅。彩芽と専属の使用人のために造られた武家屋敷のような建物は、古風な外観とは裏腹に車椅子である家主のために最新のバリアフリー設備に満ちている。

 広い庭には錦鯉が泳ぐ巨大な池と、庭師が丁寧に世話している松の木。日本画の中のようなその庭の中央で、真彩が教わったばかりの異能を行使している。

「お、お嬢様、これは一体……!」

 縁側に腰掛ける彩芽の元に、着物姿の初老の女性が血相を変えてやってくる。彼女は彩芽の専属の使用人の一人で、現在最も長く彩芽の世話をしている女性だ。

「騒がせて悪いわね、菊乃さん。でも今は邪魔しないであげて。集中乱したら、屋敷の結界が壊れるかもしれないわ」

「な……⁉︎」

 彩芽の発した言葉に、使用人の女性、新橋菊乃は血の気が引いた。

 菊乃は霊官の資格は持っていないが、かつて異能専科鬼無里校を卒業した彩芽の先輩。すなわち、異能者である。菊乃以外にも彩芽に仕える使用人はその多くが異能者であり、中には霊官資格を持つ者もいる。

 異能者である菊乃には、彩芽の言葉の意味がよく分かった。

 庭の中央で両手を前に伸ばして集中している少女、正確には少女の姿をした幽霊からは、半世紀以上生きてきた菊乃でも覚えのないほどの異能を感じる。

 学校での雑務と支部での任務を終え、昨日の夜帰宅してきた彩芽は、幽霊を連れていた。

 東北支部との合同任務の功労者であり、特例で夏休み明けから異能専科の席を得ることになった幽霊の少女、蛍原真彩。

 彼女の異能は、凄まじい。

 諏訪家の敷地は鬼無里ほどではないが立派な異能場。湖の龍神から加護を受け、清らかで純度の高い異能が満ちている。

 その異能を外に漏らさないため、また外から余計な妖蟲や異能生物を呼び込まないために、常に異能の膜、彩芽の言う結界が張ってある。異能者であれば少し気を張れば気付ける結界だが、異能を持たない人間では結界はおろか、その中に屋敷があることも意識できない。

 その結界が、壊れかけていた。

 空気を入れ過ぎた風船のように、結界は内側に満ちる異能を許容し切れずに弾けようとしている。

 しかも、菊乃の異能者としての感覚が間違っていなければ、幽霊の少女が今行っているのは異能を使う前準備のようなものだ。

 現代日本の異能ではあまり見られないが、これは『呪文の詠唱』に近い。異能を使う前準備として異能術のプロセスを頭の中で反復し、異能のエネルギーを一点、今の真彩でいう両手に集める行為。

 今結界を揺らがせているのは、その過程で溢れた異能の余剰分。水鉄砲に水を入れたときに溢れ出た水滴のようなものだ。

「真彩、異能に無駄が多いわ。溢れ出ている分をきっちり止めて、両手にだけ集中させなさい」

「はい!」

 彩芽の言葉に真彩は素早く返事をし、意識を集中し直す。すると、先ほどまで漏れていた異能がピタリと止まり、結界の揺らぎも収まった。

「たった一言で、こんな簡単に……」

 真彩のその才覚に、菊乃はそれ以上の言葉を紡げない。

 異能術発動までに漏れる異能を抑えるという技術は、誰もが完璧にできるわけではない。

 異能術は込められた異能が多くても少なくても本来の威力や精度を発揮できない。なので、料理の際に計量カップに入れる水の量を微調整するように、多過ぎれば減らし、少な過ぎれば増やすという動作を幾度か繰り返すのが常だ。

 その調整こそが異能術発動までの時間の短縮に繋がり、引いては異能の戦闘の勝敗を分ける重要なファクターになる。

 彩芽のように異能術を使う異能使いにとって、スムーズな異能の調整こそが基礎であり、奥義にもなる。

 無論、その調整は一朝一夕で使いこなせる技術ではない。

「お嬢様、彼女は一体……」

 この少女の幽霊は、異能を知ってまだ一週間にも満たない。

 産まれてから十年以上異能の鍛錬を積んできた彩芽でさえ、あそこまで見事な調整ができるようになったのは中学以降。乳幼児の頃から彩芽を見てきた菊乃の感覚的にはつい最近のことだ。

「……幽霊は、異能の才能を持つ者の残留思念。意思を持った異能そのもの。人間の異能者が練習を積んでようやく出来るようになることでも、幽霊には感覚的にできる」

 人が食事をするときに箸を持つ練習をする所、幽霊は手掴みで食事ができる。技術よりも原始的な感覚、言わば本能で。箸やスプーンで生卵の黄身を持ち上げることは難しいが、指先で摘むならば難易度は下がる。

 幽霊とは、異能術において人間よりも遥かに優位にあるのだ。

「とんでもないことを発見してくれたわね、あのバカ犬は……」

 嘆息と共に彩芽も異能を発動する。

 池の中に力場を形成し、鯉が窒息しない程度の水を池から抜く。宙に浮いた水を真彩の前方二十メートル程の位置に留め、巨大な水の球を作る。

「その状態をあと一分キープして。合図をしたら、斥力で水の球を破壊。散った水は、力場を作ってなるべく多く池に戻しなさい」

「は、はい!」

 引力や斥力は彩芽が得意とする力場の形成に使う異能で、効果範囲、威力、共に申し分ない。しかしその分、非常に精密な異能の調整を要求され、教わったところで使える者などそうはいない。

 更に言うなら、異能術を発動前の状態でキープするというのは、引いた弓の弦を維持するように難しい。持続するだけのコントロールができなければ、その場で時点で暴発するか術が霧散してしまうからだ。

 しかし、真彩はそれを、いとも簡単にやってのけた。

「……一分。いいわよ、撃ちなさい!」

「はい!」

 掛け声と共に真彩の両手から放たれる異能術。不可視の斥力の塊となった異能術が彩芽の作った水の球の内側に潜り込み、爆散する。

「っ!」

 彩芽は水の外側から内側に向けて力場を作り、散ろうとする水を押さえ込む。真彩の異能術の威力がそのままでは、結界はおろか屋敷まで水の爆発に巻き込まれる可能性があったからだ。

 十分に力を消費させたところで彩芽は力場を崩し、水の球が内側から弾ける。水の爆発を強い雨程度まで抑えた彩芽だったが、しかし、

(怪物だ……)

 真彩が斥力の発動と同時に使った力場の形成。一方向に向けて形成するだけでも大変な力場を、真彩は彩芽の術を見ただけで同じように球体に形成した。

 彩芽が抑えていた上から一回り大きな力場の球で水を包み、フラスコの中に水が満ちるサイフォンの実験のように力場の球に水が奔流する。

「おっととと……」

 四苦八苦しながらも形成した力場の球をゆっくり移動させ、池の上で解放する。

 池の中に水が満ち、突如激しくなった水流に錦鯉が慌てふためくのが見えた。

(私は今、怪物を育てている……)

 異能術を言われた通りにこなした真彩は、自分の出来を判断してもらう為に彩芽の方を見る。

 微笑みながら頷く彩芽に満面の笑みを浮かべ、真彩はその場で大きく飛び跳ねた。

 なるべく多く池に戻せ、そう言った水は、一滴も池の外には落ちていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ