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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編43 ありふれた地獄

 たたりもっけの事件から二日。リルの相手を家にいる小月に任せ、俺は半ば無理矢理にトシを呼び出して市内にある県立図書館に来ていた。この図書館は県営の大きな公園と、以前に中部支部主催の集会が行われたナント文化ホールに隣接して建てられている。

 夏休みだけあって館内にはそれなりに人がいる。夏休みの宿題を片付ける同年代の学生や、クーラーの効いた館内に涼みに来ているだけの老人など利用者層は様々だ。

「それで、何の用なんだよ? 俺旅行の準備とかしたいんだけど」

「準備なんて荷物まとめるくらいだろ」

 まだ旅行までは一週間もあるのに、今から準備することなんてない。

「バカ言うなよ! 持っていくゲームの選別に、行きの車で食べるお菓子の買い出し。他にも女子の部屋に行く口実考えたり、小型カメラ買ったりとか色々……」

 最後のは何だ? 盗撮用か?

「少なくとも後半は不必要だな」

 旅行は確かに俺も楽しみではあるんだが、だからこそ、気になることは早目に片付けておきたい。

「新聞の記事探すの手伝って欲しいんだよ。俺一人じゃ夏休み中に終わらねえからな」

「新聞?」

「……真彩の記事を探すんだよ。できることなら、両親に会わせてやりたい」

 図書館に来た目的を話すと、トシは表情を引き締めた。

 俺は今日、真彩の身元を調べるために図書館にやってきた。

 悲しいことだが、いつの時代も子どもの死亡事故なんて珍しいものではない。登下校中の交通事故なんかを例に挙げるまでもなく、人は拍子抜けするほど呆気なく死んでしまう。しかし県内の、それも駅周辺の事故となれば、恐らく年に数件しかないだろう。

 死亡事故なら名前が載っている可能性も高いし、『蛍原』なんて珍しい苗字なら間違えることもない。

 真彩の記事を見つけ、そこから両親の所在を明らかにしたい。できることなら、遠目にでもいいから真彩に両親の姿を見せてやりたい。

「それでこの新聞ね……」

 地方新聞のバックナンバーの棚から持ってきた大量の新聞を前に、トシは引きつった表情を浮かべた。

「とりあえず過去十年。九月から十一月と三月から六月の新聞だ。これで見つからなきゃ、もっと遡って探してみる」

 当然だが、新聞は毎日発行される。七ヶ月分で役二百十部、それを十年分なら二千百部。陣取ったテーブルの一角を埋め尽くすほどの新聞の山だ。

 側から見れば異様な光景かも知れないが、幸い今は夏休み。過去の新聞を調べて何かしらの自由研究をしている学生に見えなくもないだろう。

「なんで月を絞ったんだ?」

 バサっと手近にあった一部を手に取り、トシが疑問を投げかける。

「トシは見てないけど、会ったときの真彩の服は真夏や真冬の格好じゃなかった。あの服で外に出られるなら、春か秋のどっちかだ」

 言いながら俺も一部手に取り、見出しの記事を流し見する。去年の四月の新聞だ。

 スポーツ選手の不祥事、アイドルの引退、企業の海外進出。今となっては話題にも上がらない記事の中に、県内での死亡事故の記事を発見し、目を止める。しかし、内容はレジャー中の遭難事故。真彩とはなんの関係も無い。

「長くなりそうだな……」

「そうとも限らねえだろ。たまたま手に取ったやつに載ってりゃ、案外早く見つかるかもしれねえぞ」

 そんな気休めを言いつつ、俺も絶望的な気分になっていた。

 二千百部の新聞を片っ端から流し見する作業。しかも、新聞に真彩の記事が載っているという保証は無い。

 確実にあるものを探すのと、あるかないかも分からないものを探すというのは精神的なストレスが違う。

 自分のしている苦労が全て的外れの無駄な努力なのではないか、という考えが頭をチラつき、作業の効率と精度を落とす。

 疲労とストレスが溜まった状態で作業を続けても、目当ての記事を見逃しては元も子もない。集中力が続かなくなったら、今日は潔く撤退しよう。そんなことを思いながら一時間ほど新聞を読み漁った頃、

「お、おいこれ!」

 ガタッと椅子を倒して立ち上がり、大声を出したトシに周囲の視線が集まる。

 本の整理をしていた司書さんの咎めるような咳払いに「すいません……」と身を縮こまらせ、椅子を戻してから小声で話しかけてきた。

「見ろよ大地、これ……」

「っ⁉︎」

 トシの見せてきた新聞の三面記事に、俺は目を見開く。

 日付は、三年前の五月。記事の見出しは、『娘殺害、両親逮捕』。被害者は県外の小学生、名前は『蛍原真彩(十歳)』。両親が娘を駅前の陸橋から突き落とし、事故を装って殺害。家族旅行中の事故、橋から身を乗り出した娘が足を滑らせたように見せかけた犯行だったが、後日両親が自首したことで事件が発覚。

 警察の取り調べに対して両親は『金銭的に貧窮して犯行に及んだが、罪の意識から自首した』や、『近所で殺すのは怪しまれると思ったし、最後に楽しい思い出を作りたかったので旅行中に行った』などと供述しているとか書かれていた。

 記事の内容は、それ以上頭に入って来ない。

「大地……」

 思わず手に力が入り、図書館の蔵書である新聞にシワを刻んでしまいそうになる。

「こんな……こんなのって、あるかよ……?」

 年齢も一致する。同姓同名の他人なんてことはあり得ない。現場の陸橋も、真彩が座り込んでいた駐輪場の真横にある、駅前のロータリーを徒歩で迂回するためのものだ。

 ふつふつと、頭の中にドス黒い感情が湧いてくる。

「金なんかで、人を……自分たちの娘を……」

 罪の意識? 最後に楽しい思い出?

 そんな身勝手な理由で、真彩は殺されたのか?

 事故でも何でもなく、両親の手で。

 こんなクソみたいな理由で、三年間も独りぼっちにされていたのか?

「……トシ、このことは黙っといてくれ」

 深呼吸して、沸騰しそうな頭を無理矢理冷やそうとする。勝手は違うが、ウェアウルフの異能が強くなりすぎたときに冷静さを取り戻そうとした経験が役に立った。図書館で大声を出したりするのは良くないからな。

「誰が言うかよ、ボケ」

 トシは苦々しい顔で、悪態と共にそう返す。

 真彩の死因が分からなかったので、俺は今日の調べ物のことをトシ以外の誰にも言っていない。死んだ原因が事故以外の理由、真彩が傷つくような内容だったら、そっと胸の内に秘めておいてもらうためだ。

 普段は口の軽いお調子者のトシだが、人の触れられたくない話は決して口外しない。

「悪いな」

「謝る理由ねえだろ、ボケ」

「……だな」

 短いやり取りを終え、テーブルの上に積まれた新聞を二人で片付ける。

 その後真彩の両親がどうなったのかまでは、今見た記事には書いてなかった。

 順当に考えれば逮捕後には裁判で、三年前なら判決も出ているだろう。内容からして実刑は間違いない。

 刑の内容や服役場所は調べようと思えば調べられることだが、わざわざ知りたいとは思わない。

 こんな真相を知って真彩と両親を合わせたいとは思えないし、今や諏訪先輩も慎重になるほどの存在となった真彩がこの事実を知って両親に会えばどうなるか想像もつかない。

 真彩自身のためにも、真相はもう誰も知らない方がいい。

 だから、俺も忘れることにする。このイカれた両親のことを。

(実際、珍しくはないよな……)

 子どもの死に親が関わる。これは珍しくない。

 虐待による死亡だってニュースで見かけるし、報道されていない事件もあるだろう。

 親が子を殺す、悲しいがそれもまた、ありふれた地獄だ。

 だから俺も、ありふれた言葉をかけてやろう。

 鬼よりも悪鬼な、顔も知らない二人の人間に向けて。

 地獄に堕ちろ、と。

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