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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編41 その後の話

「で、ヤクザの取り引きを潰してきたと……」

「ウン、ソウダヨ」

 病室に入ってきたトシと烏丸先輩から事情を聞き、引いた。ドン引いた。

 トシは全身の所々に生傷を作っており、その顔は疲労困憊。目はどこか虚で数日前より若干老けて見える。よっぽど怖かったのだろう。

 取り引きの検挙は隣県の県警に引き継ぎ、二人はついさっきまで支部で押収品の事後処理と逮捕した異能者の勾留手続きをしていて、今し方病院に着いたらしい。

「お手柄だったわね、叶。それに悟志も、ご苦労さま」

「ありがとうございます」

「アリガトウゴザイマス」

 滑らかにお辞儀をした烏丸先輩に対し、トシは虚な目のままぎこちなく頭を下げた。

「なあ、この病院って心療科あったか?」

「無かったと思います……」

 そりゃマズいな。トシの状態はどう見ても即入院レベルなのだが。

「軟弱な奴だ。人間相手など、鬼を相手にするよりは楽だろうに」

 嘆息しながら烏丸先輩はポン刀の鞘でトシの頭を小突く。やめてあげて、かわいそうだから。

「……先輩、トシに何したんすか?」

「大したことはしていない。円堂は相手の動きを読めるから、敵の中でも放っておいただけだ。ああ、相手も飛び道具だったから、何度か弾除けに前に立たせたな」

「鬼より鬼だよ、あんた……」

 エアガンで実銃相手に前線に立たされるとか、そりゃ心に傷を負うって。

「いつまで腑抜けている。シャキッとしろ」

 べちん、後頭部をポン刀の鞘で引っ叩かれ、トシが椅子から転げ落ちる。

「いってぇな! あんたマジでその内張り倒すからな⁉︎」

 あ、戻った。

「うむ、私を張り倒せるようになれば優秀だな。中部支部も安泰だ」

 向けられる敵意など意に介した様子も無い烏丸先輩。良かった、俺の担当がこの人じゃなくて。

「つーか、実際相当凄えことしてきたんだよな、トシ。取り引き邪魔して連中を逮捕したなら、大日異能軍の奴も何人か捕まえたんだろ?」

 俺たちは一人には逃げられ、捕まえたもう一人は口封じに殺されてしまった。それに比べ、大日異能軍の構成員を逮捕できた二人は大手柄だ。

「いや、それが取り引きしていた連中の中には、異能軍の奴はいなかったんだ」

「え?」

 異能結晶の取り引きをしていたのに、連中がいなかっただと?

「取り引きしていたのは末端も末端。ヤクザ同士の取り引きだったのよ。異能軍は最初に大きな組織に大量の結晶を流して、それがヤクザの間で取引される。組では自分の組織に必要な分を確保したら、後は金に換えるってこと」

「そういうことかよ……」

 これは思った以上に、根が深い。

 そんな末端の連中にまで異能結晶が出回ってるってことは、すでに大きな組織には大勢の異能者がいることになる。結晶の有用性が浸透すれば、町のチンピラや海外に出回るのは時間の問題だぞ。

 それに、既に大日異能軍が異能結晶の出荷を止めていて、出回っているのが末端だけだとしたら、売買のルートから奴らに辿り着くのは難しい。

「どうすんだよ? このままじゃその辺のチンピラがナイフチラつかせる感覚で異能使うことになるぞ?」

 そんなことになれば警察では対処しきれない。今回の俺たちのように特例で霊官が増えたとしても、焼け石に水だろう。

「それもそうですけど、もっと問題なのは海外ではないでしょうか? 特に異能後進国であるアメリカでは、異能の取り締まりが日本より遥かに緩いと聞きます」

「海外も問題だけど、まず目の前のことじゃない? 異能結晶は拳銃よりずっと持ち運びが簡単だし、今回みたいに分かり易い取り引きだけとは限らないんじゃないかな?」

「問題の大きさなら、絶対に海外でしょ? 日本製の異能者量産異能具なんて、即国際問題になりかねないわよ?」

 俺の疑念にネコメ、八雲、上原さんが各々の意見を述べるが、これは難しい。

 人員不足、問題の規模、取り締まりの困難。対処すべき項目が多すぎて、即座に答えが出せない。

 一応この中で一番立場が高い諏訪先輩に自然と視線が集まり、先輩は溜め息と共に苦々しく口を開く。

「ここで議論しても、ハッキリ言って無駄ね。柳沢さんと幹部を交えて正式に会議を開く必要があるわ」

 そう言って遠野さんに目配せし、察したように遠野さんも頷く。

「大丈夫だ。ウチの支部長には、私から伝える」

「お願いねイチイ。各支部への伝達は、小早川さん、お願いできますか?」

 諏訪先輩の呼んだ名前に、俺は首を傾げる。

 小早川さん、そんな人はこの場に居ない。というか俺はそんな人知らない。

 諏訪先輩の視線の先にいるのは、ベッドのリクライニング機能で体を起こしている伊勢田さんだ。

「誰だよ、小早川さんって?」

 そう尋ねると、俺と同様に首を傾げるトシ以外の全員が同じ方を見た。

 伊勢田のいる、ベッドの下。伊勢田さん本人までが身を乗り出してベッドの下の闇を覗き込んでいる。すると、

 ワサ、と『手』が出て来た。

 より正確には、人の手と見紛うほどに巨大なクモが。

「いぃ⁉︎」

「妖蟲⁉︎」

 そのクモは、普通ではなかった。

 二十センチを超える体長に、関節部分に鉤爪の様な突起。八本の節足はタランチュラのように体毛に覆われている。

 俺は慌てて腰の異能具に手を回し、トシも胸のホルスターからエアガンを抜く。

「やめなさい。あれは妖蟲じゃないわ」

 諏訪先輩に制され、俺たちは動きを止める。

「中部支部の幹部、小早川オサムちゃんの使い魔よ。オサムちゃんは虫を使う異能者で、中部支部が管理する地域全体にああやって目や耳として虫をばら撒いてるの」

「む、虫使い……」

 ありそうな能力だなとは思ったが、実際目の当たりにすると結構怖い。

 能力の説明をする上原さんに、寄って来たクモが脚をあげて威嚇のポーズを取る。人の能力をペラペラ喋るな、とでも言いたげなその動きは、確かに自然なものではない。このクモを介して、どこかで俺たちの会話や映像を知覚しているんだ。

 しかし、広い中部地方全体に使い魔を配置するとは、さすがは幹部と言わざるを得ない能力の規模だな。

「それじゃあ、今日はこれで解散しましょう。ネコメはこれから、伊勢田さんは午後から手術だから、二人とももう一日入院ね」

「はい、ありがとうございます」

「迷惑かけるね」

 二人は重症だし、入院は仕方ないだろう。俺は寝てただけだから、当然このまま帰宅だ。

「ところで、俺は何で廊下で寝かされてたんだ?」

「役立たずを寝かせるベッドは無いわ」

 そういうことですか。

 遠野さんは伊勢田さんが退院するで駅前のホテルに滞在することになり、ネコメの付き添いの八雲を残して、俺たちはまとめて駅前まで送ってもらえることになった。

「円堂は家まで、大神は駅前まででいいんだな?」

「駅前に原付き置きっぱなしなんで」

 無料駐輪場ならしばらくは停めていても撤去されたりしない。地方都市のいいところだ。

「アタシはバイクで来てるから、送ってくれなくていいわよ」

 そう言って上原さんはウィンクをして「チャオ〜」と手を振りながら病室を出て行った。未だにあの人には慣れる気がしない。

「一番遠いのは鎌倉か。新潟だったな」

「うっす」

 鎌倉は新潟行き。身寄りのない鎌倉だが、夏休み中は目黒の実家が経営している旅館で泊まり込みのバイトをするとか言っていたな。

 新潟までは、場所にもよるが大体車で一時間ほど。往復する烏丸先輩は結構な長旅だ。

「あ、そういやお前らいつ来るんだ?」

「あ?」

 話も纏まってさあ帰るか、という雰囲気になった途端、鎌倉が変なことを言い出した。

「来るって、どこに?」

「旅館だよ。早目に言っといてくれねえと部屋の都合がつかねえって女将さん、モモのお袋さんが……」

「待て待て待て。何の話だ?」

 いきなり旅館の部屋の都合って、何を言ってるんだコイツは?

 トシに目配せするが、俺と同様に首を傾げるだけだ。心当たりはないらしい。

「八月十七日から三泊だよ。人数は八人と一匹、あと真彩ちゃんもだね」

 問われた俺の代わりに、八雲が横から口を出す。指を折って人数を数えているが、八人と一匹に真彩だと?

「少し話しましたよね。夏休みの旅行の計画ですよ」

 ネコメの注釈に「ああ!」と手を叩く。

「そういや言ってたな、計画してるとかなんとか」

「はい。夏といえば海ですから、目黒君のご実家の旅館にみんなでお泊りです。メンバーは私と八雲ちゃんと大地君と悟志君。それと諏訪先輩と烏丸先輩と雪村先輩。あとは四季ちゃんです」

 それで八人、リルと真彩を加えて九人と一匹か。

 里立が入っているのはちょっと意外だったが、あいつもクラスの中では気の知れた友人だ。恋人である鎌倉の意向か、いつの間にか名前で呼び合う仲になったネコメの計らいかは知らないが、一緒に旅行に行くのになんの問題も無い。問題があるとすれば……

「烏丸先輩も行くんすね……」

「私はお嬢様の護衛だ。当然だろう」

 烏丸先輩の恐ろしさを俺以上に理解しているっぽいトシが引きつった顔でボヤく。確かに海で遊ぶ人には見えないよね。

「そもそも私は運転手だ。お嬢様を電車で移動させる訳にはいかんからな」

「今更なんすけど、免許持ってるんですね?」

「私は五月生まれだ。十八になってすぐに取った」

 へー、そうだったんだ。まあ祝う気も無いけど。

「ちょうどいいし、十七日まで真彩は私のところで預かるわ。それまでに異能術の基礎くらいは教えといてあげるから」

「そう、ですね。よろしくお願いします」

 少し寂しい気もするが、真彩にとっては絶対に必要なことだ。一緒に旅行には行けるんだし、しばらく我慢だな。

「真彩、しっかり諏訪先輩の言うこと聞いて、しっかり勉強してくるんだぞ?」

「うん。よろしくお願いします、彩芽さん」

 緊張に少し赤くなった顔で頭を下げる真彩。諏訪先輩もしっかりと頷き返してくれる。

「それじゃあ行くぞ。お嬢様、また後ほど」

「ええ。よろしくね、叶」

 手を振る真彩に手を振り返し、俺とトシ、鎌倉と遠野さんは、烏丸先輩に続いて病室を出た。

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