小さな幽霊編38 神か否か
「そうは言っても、全部『ヘルが本当に空間に干渉できる』という仮定の話だけどね。私はまだ半信半疑よ」
気休めのようにそう言う諏訪先輩だが、一同の顔は険しいままだ。
「いや、アイツはリルと同じ、神の子どもだろ? 神話でも女神って扱いだし、アイツが神って呼ばれる存在なら、なんと言うか、納得できるし……」
蛙の子は蛙なら、神の子は神だ。
遠い子孫であるリルでさえ『神狼』なんて言われるんだし、ロキの直子であるヘルが神でもなんの不思議もない。
「バカ言ってんじゃないわよ。ロキもオーディンもトールも、神なんて言われちゃいるけど、実際は大昔にいた人間の異能者よ。その子どもが神なわけないでしょ」
「そ、そういや、そうだったな……」
異能者の常識として、神話は実話である。
しかし、記録に残っている全てを鵜呑みにするわけではない。
神話の中で神と呼ばれる存在も、所詮は当時の異能者。異能のメカニズムが今ほど明確でなかった時代に、異能を使って民衆の中に君臨していたに過ぎない。
神とは超越者ではなく、ただの優れた異能者。二千年前に遡れば、ここにいる全員が神になれる。
神話も伝説も宗教も、異能者なら紐解けないことはない。
「つまり、ヘルの空間干渉には、何かしらのトリックがあるってことか」
「無くちゃ説明がつかないのよ」
空間に穴を空けているように見えても、その実は幻覚の類。神を語るペテン師ならいくらでもやりようはありそうだが……
「でも、楽観視するのは危険ではないでしょうか? 大地君があの人をヘルだと感じたのは事実ですし、伝説にあるようなヘルがそんな小細工をするとは……」
「希望的観測をするなって言いたいのかい?」
「そこまでは言いませんけど、最悪を想定することは必要だと思います」
「確かに、本当に空間に干渉できるなら、何か対策を考えないとだよね」
「ンなもん想定したとこで対策しようがねえだろ? だったら考えるだけ無駄じゃねえか」
ネコメ、伊勢田さん、八雲に鎌倉まで加わり、議論がヒートアップする。いくら話し合っても答えの出なそうな小難しい議題に、真彩なんかは困り顔だ。
「ネコメの意見ももっともだけど、光生の言う通りここで話し合っても答えは出ないわ。幸い空間干渉の伝説なら、日本にも有名な……」
諏訪先輩がそこまで言ったところで病室のドアがノックされる。病室の患者である伊勢田さんが『どうぞー』と言うと、ガラッとドアが開かれ、
「あら? お取り込み中だったかしら?」
スキンヘッドに顔には蝶を象ったタトゥー、筋肉質の体をピッチピチのタンクトップとレザーパンツに包んだ長身のオネェが現れた。
「う、上原さん……」
「ヘビ姐でいいわよ。お目覚めね、ウェアウルフちゃん」
バチンッ、と濃いアイシャドーを塗った目でウィンクしてくる、上原スネイク(偽名)さん。応援に来てくれたとは言ってたけど、まだ居たのね。
「入っても大丈夫?」
「いいわよ。どうしたの、ヘビ姐?」
諏訪先輩が答えると、上原さんは入室しながらスッと半身を逸らした。背後には、浮かない顔の遠野イチイさんがいる。
「遠野さん、無事だったんでーー」
「あらー? これはこれは、下北半島校の生徒会長の遠野イチイさんじゃないですかー?」
声を掛けようとした瞬間、諏訪先輩が芝居がかったセリフとともに大仰なポーズで遠野さんを迎え入れた。
「体はもう大丈夫なんですか? ああ、大丈夫に決まってますよね。何しろ昨夜はずっと寝てたんですから。何の役にも立たずに戦いが始まる前にリタイアしたような人を寝かせるほど、特別病棟のベッドに空きはありませんよね」
諏訪先輩、遠野さんの心を折に行ってやがる。
「ぅ…………」
キュッと縮こまる遠野さん。高身長なのに、なんだかすっごく小さく見える。
そんな遠野さんに対し、諏訪先輩は「あらあら」と追い討ちをかける。
「顔が赤いですけど大丈夫ですか、東北支部切っての武闘派の遠野イチイさん? ひょっとしてまだ腐れ水が抜けてないんですか、御三家の次期当主とまで言われる遠野イチイさん? 気分が優れないなら部屋の隅にでも寝てたらどうですか、水中では私より強い(笑)遠野イチイさん?」
笑顔で、容赦無く、諏訪先輩は遠野さんに言葉のナイフを突き立てる。
確かにこの人昨夜は早々にリタイアしちゃったけど、あれは不意打ちなんだし、そんなに攻めてやるなよ。
「諏訪先輩、遠野さんは強いからこそ最初に狙われたんだろ? 確かにクソの役にも立たなかったけど、いくら何でも言い過ぎだと思うぞ?」
「うぅ…………」
あ、やべ。フォローしたつもりだったのに、さらに小さくなってしまった。
「大地は優しいわね。半人前のあんたや元霊官の八雲の足をこれでもかってくらいに引っ張ったクソザコ両生類のことを庇うなんて。先輩として鼻が高いわ」
「クソザコ、両生類…………」
よくここまでスルスルと暴言が出てくるもんだな。
「それで、私のライバルなんて言われておきながら私の後輩に守られて一命をとりとめた挙げ句、その私に治療してもらった情け無い遠野イチイさんは何しに来たのかしら?」
「うぅ……うわあぁぁぁぁぁぁん!」
あーあ。泣いちゃったよ、遠野さん。高校三年生にもなって、人目もはばからず大泣きだよ。
慌てて上原さんと、八雲が椅子を立ってなだめに行くが、泣き止まない。完全に心を折られてしまった。
「泣かすなよ……」
「泣く方が悪いのよ」
いや、泣かせた方が悪いだろ。何だその暴論は。
「お、落ち着いてよ、遠野さん……」
「そうよ。女の子がそんな大声で泣くものじゃないわよ」
子どもをあやすように優しく語り掛ける二人だが、遠野さんは「だって、だって彩芽が……!」と話にならない。
「彩芽ちゃん、あなたイチイちゃんに謝りなさい」
叱るように言う上原さん。諏訪先輩も上原さんには頭が上がらないのか、しぶしぶ車椅子の車輪を回して遠野さんの元に寄って行った。
聞こえないように小さく「チッ……」と舌打ちをし、
「これだから三十位は……」
吐き捨てるようにそう言った。
いや、都道府県魅力度ランキングは関係無いだろ⁉︎




