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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編37 非干渉

 邪神ロキがアングルボザとの間に作った子どもは、三体の怪物だった。

 地を揺らす狼、フェンリル。

 世界蛇、ヨルムンガンド。

 そして、地獄と同じ語源を持つ死の支配者、ヘル。

 北欧神話の最終決戦、ラグナロクにおいて、フェンリルはオーディンの息子ヴィーザルに討たれ、ヨルムンガンドは雷神トールと相討ちになる形で死んだ。

 しかし、ヘルには死んだという記録が存在しない。

 それも当然、ヘルは生まれながらにして、半分死んでいる。

 彼女は死者を冥界に向かい入れ、同じように冥界から送り出すこともできたという。

 史実に基づくなら、人の死と生なんて、アイツにしてみれば起きているか寝ているか程度の違いでしかないのだろう。

「……ヘル。北欧神話の、異能混じりか……」

 額に汗を浮かべながら、思案するように呟く諏訪先輩。しかし、その認識は少し違う。

「諏訪先輩、アイツは異能混じりじゃない。間違いなく、ヘル本人だ」

「はあ⁉︎」

 重ねた言葉に目を見開き、諏訪先輩らしからぬ大口を開けて驚く。

「な、何言ってるの、大地くん?」

「そうですよ。北欧神話は今から千年以上も昔の話で……」

「時間なんて関係無いさ。何せヘルは元々半分死んでるんだ。北欧神話の中でヘルは冥界に残ったとされてるが、死後の世界にいるやつがどうやって死ぬってんだ?」

「それは……」

 北欧神話の神には、他の神話に見られるような不老不死がいない。神でも戦って負ければ死ぬし、恐らく寿命だってある。

 これは神話の元になった大昔の異能者の情報が忠実に残っているからだろうが、その中にあってヘルは異質だ。

 そもそもロキの三体の子どもは『怪物』なのに、ヘルは形だけは人間のそれに近い。つまり、その性質が怪物なんだ。

 ラグナロクの後、ヘルは長い時間を死後の世界、ヘルヘイムに在り続け、今は大日異能軍に与みしている。

「大地の感じたものが確かなら、相手は北欧神話で最も異質な存在。でも、それがどうして大日異能軍に……」

「それが分からねえんだよな……」

 アイツの正体がヘルであることは間違いない。半身が腐っているという見た目だけでなく、その存在、純度とでも言うべきものが、異能混じりのそれとは全く違っていた。それに、俺はヘルとの戦いを本能的に忌避していた。まるで身内に武器を向けるような後ろめたさがあった。

 しかし、ヘルの目的が分からない。

 北欧の怪物が、なぜ日本の異能テロリストになったのか。そこでアイツがなにを得られるというのか。それが分からない。

「まあ、大日異能軍の目的も大して分かってねえのに、その中のメンバーの目的なんて分かりっこねえだろ」

 思考を放棄するような鎌倉の物言いだが、正論だ。適当に予想することはできるが、なんの確証も無い予想なんて考えるだけ無駄だろう。諏訪先輩も「それもそうね」とため息混じりにボヤいた。

「それにしても、異能の三大非干渉対象にまで触れられるとは……。北欧神話の存在がそこまで優れた異能だとは思いませんでした」

「だよね。あんなの完全に反則だよ」

「あー、ダメだ。オラみたいな一介の霊官には話の規模が大き過ぎるよ、怖い怖い。さっさと青森に帰りたいね」

 ネコメ、八雲、伊勢田さんが続けざまにそんなことを言う。その会話を聞いて、頭上にハテナマークを浮かべた真彩が俺に問い掛けてきた。

「ねえお兄ちゃん、さんだいひかんしょうってなに?」

「いや、俺も知らない。諏訪先輩」

 三大非干渉対象。聞いたことのない言葉だ。分からないことは、とりあえず諏訪先輩に聞いてみよう。

「異能でも干渉できない、三つの概念のことよ。この世界の絶対のルール、未来永劫干渉することのできないもの。このルールを破れるものがあるとすれば、それはもう奇跡と言っていいわ」

「奇跡……。それは、死んだ人間が生き返ったり、とか?」

 大昔の異能者の中には死んで生き返った者もいたそうだが、それはあくまでも当時の人々にそのように思わせただけのこと。異能で死んだと見せかけただけの、言い方は悪いがインチキみたいなものだ。

 死んだ人間は生き返らない。それは紛れもなく絶対不変のルールだろう。

「『命』、それも非干渉対象の一つよ。あとの二つは分かる?」

「……『時間』か?」

 時を巻き戻したり、時間を止めたり、タイムスリップしたり、フィクションの世界ではありがちな能力だが、実際にそこまで強力な異能は無いと思う。

 そもそも時間が戻せるなら、やりようによっては死人を生き返らせることも可能だからな。

「正解。時は止まらないし、戻らないわ」

 なるほど。ネコメと八雲がヘルを反則と表現した理由が分かった。

「確かに、ヘルは死者を蘇らせたって言うし、千年単位で生きてるなら時間の概念の外にいるとも言えるな……」

 異能が干渉できない、三つの概念。そのうち二つを掌握しているとなると、それは理外の化け物だ。

 勝手に納得した俺だが、諏訪先輩は「違うわよ」と即座に否定する。

「死者の蘇生なんていくらヘルでも不可能のはずよ。神話にある『死者を蘇らせた』の記述は、恐らく死体を操る類の能力のことでしょう」

 なぬ?

「そうなのか?」

「そりゃそうよ。だって本当に死んでも生き返るなら、ラグナロクでロキが負けるはずないじゃない」

「……そりゃまあ、確かに」

 死んでも生き返る、残機無限なら、殺されても生き返って何度でも戦い、いつかは勝てる。それができずにロキがヘイムダルに敗れたなら、死者の蘇生なんてできなかったってことになる。

「時間に関しても、不老であることが時間を超越した存在とは言えないわ。見た目と実年齢が比例しない異能者なんて珍しくもないし、生きてる限り鼓動も代謝もある。それは時間を超越したことにはならない」

 確かに、ヘルの体は腐敗しながら再生もしていた。時間を超越し、体の時間が止まっているなら、肉体は不変であるべきだ。

「じゃあ、ヘルが触れられる非干渉って……」

「三大非干渉対象の最後の一つ、『空間』よ。アイツは空間に穴を開けるようにして、そこに消えて離脱したからね」

「空間……」

 何というかそれは、先の二つに対して反則感が薄いと言うか、本当に非干渉なのかって感じだな。

「空間に干渉できないってのは、どういうことなんだ? ワームホールみたいな穴は空けられないってことか?」

「ワームホールもそうだし、瞬間移動、物体転移、召喚、そういった空間を飛び越えること全般よ。どこでもドアはもちろん、取り寄せバッグも実現できないわ」

 それは、実感が湧かないな。

 瞬間移動はともかく、物を手元に引き寄せるくらいなら、時間を止めたり死人を生き返らせるよりは容易な気がするんだが。

「伊勢田さんの空間固定はどうなんだ? 空間に対する干渉に当て嵌まるんじゃないのか?」

 空間を固定して武器や盾、足場として利用する伊勢田さんの異能術。あれこそまさに空間への干渉だと思ったのだが、伊勢田さんは「とんでもない」と首を振った。

「空間固定なんて呼ばれちゃいるが、オラの異能術はあくまでも『その場』という物理的な概念を異能で固定する術だよ。強い衝撃を受ければ壊れるし、固定しようとした座標に異物が生じれば失敗もする。でも、空間干渉は『そういうものを全部含めて』上書きできるんだ」

「えーっと……」

 なんだか、分かるような分からないような話だ。

 机上の空論というか、何一つハッキリと分かるものが無い。

「大地、アンタもしもここにフリーザが居たとしたら、戦って勝てる?」

「勝てるわけねえだろ⁉︎」

 何言ってんだよ急に。

 だってアイツその気になったら地球ごと壊せるし、強さの次元が違うだろう。

「ええ、多分私でも勝てないわ。百回戦ったら、九十九回は負けるでしょうね」

 マグレでも一回勝てるつもりなのかよ、フリーザ様に。

「でも、実際フリーザを倒すのは簡単よ。単行本を閉じれば、フリーザなんていないんだから」

「…………は?」

 何言ってるんだ、このお人は?

「いや、そりゃいないだろ。そもそも漫画のキャラなんて二次元なんだし、次元が……」

 次元が違う。そう言いかけて、気付いた。

「次元が、違うのか……?」

 死んだキャラクターも、生きた状態を描けば生き返る。漫画での時間なんて、作中で進んだところでページを戻せば巻戻るし、シーンごとの時間は止まっている。

 二次元ってのは、文字通り俺たちが生きる世界とは次元が違う。

 二次元の中でどんなに強いキャラクターも、三次元の俺たちを傷つけることはできない。次元の壁を越えることは絶対に有り得ない。

 これは、そういう話なんだ。

「その通り。三大非干渉に干渉できる存在があるとすれば、それはもう次元が違う相手になる。漫画のキャラが読者や作者の胸三寸で殺せるように、私たちなんて歯牙にも掛けないでしょうね」

 俺たちが二次元のキャラクターに干渉され得ないように、三次元の俺たちは、別の次元のヘルに干渉できない。

「別次元……」

 次元の壁を越えるモノ。

 次元を超越するモノ。

 違う次元のモノ。

 そんなモノが在るのだとすれば、それは正しく、『神』と呼ばれるだろう。

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