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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編36 反省会

 壁に体の半分が埋まっていたところを引っ張り出され、ゴミでも棄てるかのように二人揃って病室に放り込まれる。

 室内のベッドには、顔まで含めて全身を包帯でグルグル巻きにされた伊勢田さん(と思われるミイラ男)がリクライニング機能に背中を預けながらこちらに手を振っていた。

「やあ、大神君。おはよう」

「おはようっす。って、そういや今って朝なんですか、志々雄さん?」

 眠らされていたせいで時間の感覚が曖昧だ。

「いや、全身火傷の幕末の亡霊じゃないからね。オラだよ、伊勢田」

 まあ匂いで分かるけど。あまりにもそれっぽい包帯の巻かれ方してたから、思わずそう見えてしまった。

「今は朝ですよ。昨夜の事件から、九時間といったところです」

 言いながら八雲の肩を借りてパイプ椅子に座るネコメ。その様子を見て、俺はようやくネコメが羽織るカーディガンの下、あるべきはずの両腕が欠損したままなことに気付いた。

「ネコメ、お前、腕が……」

「昨日は私よりも遠野さんの方が優先でしたから、私の腕は今日これから治療していただく予定です」

 肌の所々に見られた腐敗の痕跡は消えているが、大規模な手術になる腕の付け替えはしている暇がなかったってことか。

「それにネコメには悪いけど、腕のストックが足りないのよ。普通は腕を丸ごと付け替えるなんて半年に一回あるかないかの大手術なのに、最近はどっかの馬鹿がポロポロ腕をぶっ壊すからね」

「へー。そんな馬鹿がいるのか……」

「アンタのことよ、この馬鹿」

 ですよね。サーセン。

 でも俺だって好きでそんな大怪我してるわけじゃないからね?

 どうせ治してもらえるから、なんて気持ちで戦ってるわけでもないし。

「しかし、まだ九時間か……」

 昨夜は夜遅い時間に動いたわけでもなかったから、まだ早朝と言って差し支えない時間だな。

 ネコメに倣って俺と八雲、鎌倉もパイプ椅子を引っ張り出してきて座り、伊勢田さんのベッドの周りに輪を作る。リルは椅子の下、真彩は俺に会えたのが嬉しいのか背後から首に腕を回してくっついてくる。可愛い。

 話し合いっぽい雰囲気が出来上がったことだし、早速昨夜の顛末を聞かせてもらおう。

「それで、昨夜はあの後どうなったんだ?」

 たたりもっけは鎌倉が仕留めたとか言っていたが、鬼女との戦闘の結果や、腐敗女のその後が気になる。

「大地くんが眠らされてすぐに、支部から応援が来たんだよ。ヘビ姐と雪村先輩のお父さん。それと、少し遅れて鎌倉くんが真彩ちゃんを連れて来てくれたの」

「俺がこの子の光球に気付いて助けに行ったのはさっき言ったろ。その時はマジで酷かったんだぜ?」

 苦々しげにそう言う鎌倉。真彩を見ると、真剣な顔で頷いた。

「よく覚えてないんだけど、その、あたし、たたりもっけに食べられちゃったみたいで……」

「なっ⁉︎」

 食べられた、だと?

「言っただろ、真っ二つだったってな。ありゃ嘘じゃねえよ。食い尽くされる寸前で、本当にギリギリのタイミングだった」

「そう、だったのか……」

 俺が眠っている間に、真彩はそんな目に遭っていたのか。

「ありがとうな、鎌倉……」

 タチの悪い嫌がらせを受けたが、鎌倉が駆け付けてくれなかったら、真彩はここにはいなかった。それは確かだ。

「やめろよ、気色悪りぃ」

 べー、と舌を出しながら吐き捨てる鎌倉。やっぱりコイツとはこういう関係が丁度良いな。

「それで、やっぱり諏訪先輩が真彩を治してくれたのか?」

 この中で傷の治療ができるのは諏訪先輩だけ。当然真彩のことも先輩が治してくれたのだと思ったが、諏訪先輩はゆっくりと首を振った。

「違うわ。病院に来たときには、真彩の体は元通りだったもの」

「え?」

 真っ二つにされた体が、元通り?

 鎌倉に治療なんて繊細な芸当ができるとは思えないし、幽霊の傷は自然に治るものなのか?

 混乱する俺に、鎌倉が「それなんだが……」と切り出す。

「俺がたたりもっけを叩き切ったら、死体が光ったんだ」

「死体って、たたりもっけの?」

 こくり、鎌倉が頷く。

「そんで、その光がこの子の中に吸い込まれるみたいに消えて行って、光が収まったと思ったら、体が治ってたんだ」

「それは……」

 その光は十中八九、異能のエネルギーと見て間違いないだろう。

 たたりもっけは幽霊を保存食にする妖怪で、幽霊は大日異能軍が欲しがるほどの純粋な異能のエネルギー。たたりもっけが溜め込んでいた異能が、真彩の体に吸収されて真彩の体を治したってことか。それも、過剰個体として溜め込んだ、膨大な量の異能を。

 異能者は自然治癒可能な程度の外傷なら、異能のエネルギーを外部から分け与えられることで治癒能力を活性化させ、あっという間に傷を治すことができる。これが基本的な異能者の治療で、以前俺も諏訪先輩にやってもらったことがある。五月に初めて鬼と戦った夜の保健室でのことだ。

 真彩も同じように、膨大な異能のエネルギーを得ることで体が治ったってことなのか?

「……夢を見たの」

 ポツリと、真彩が口を開く。

「夢?」

「うん、夢。食べられて、消えちゃうのかなって思ったときに、たくさんの子どもがあたしに話しかけてきたの」

 たくさんの子ども、それは、たたりもっけが溜め込んでいた、子どもたちの幽霊か。

「その子たちは、『僕たちも消えたくない。だから一緒にいよう』って言ってきて、あたしも消えたくなかったから、いいよって。そうしたら……」

 光に包まれて、体が治っていた。

 似た境遇の子どもたちが、真彩を助けた。

「ただ助けて、ただ治したわけじゃないわ。少し気を張れば分かるでしょ?」

 試すような諏訪先輩の物言いに、俺は頷いた。

「……ああ、分かる」

 真彩の体から感じる存在感のようなもの。つまり、真彩の体を構成する異能が、昨夜別れた時よりも遥かに強くなっている。

 幽霊とは、異能の才能がある人間の死後の残留思念で、純粋な異能そのもの。他のどの異能者よりも異能に近い、人の形をした異能。

 俺はそれを『意志のある自然エネルギー』のようなものだと解釈し、幽霊の、真彩の有用性を示そうとした。真彩が異能術を覚えれば、類を見ない強力な異能使いになれると思ったからだ。

 目論みは外れて、真彩に生兵法を仕込んで危険な目に合わせることになったが、その結果はとんでもないことになった。

 しかし、人間一人の幽霊でさえ、異能術を覚えれば強大な戦力になるという考えは、大きく間違っていないと思う。そんな幽霊を、真彩は数十人分も取り込んだ。

 数十人の幽霊を取り込んだ、複合霊。幽霊の過剰個体とでも言うべき存在。

「異能のエネルギーを扱える量は、当然個人差がある。異能場のような異能が濃い場所なら多少は増えるけど、混ざった異能や生まれ持った異能、鍛え上げた異能の生成量を大きく超えることはない。もちろん、扱える異能の量が実力と直結するわけじゃないけど、無関係というわけでもない」

 異能のエネルギーは、当然エネルギーだ。

 異能者は異能を使うと疲労し、極端に腹が減る。つまり、体内の熱量を異能に変換して戦っているってことだ。

 そのエネルギー、しかも極めて純度が高いものを、数十人分。

「つまり、今の真彩が持っている異能は……」

「一般的な異能者の数十倍。とんでもないエネルギーを秘めた、異能のプールよ。今の真彩は、もう幽霊なんて言える存在じゃない。巨霊……いいえ、『神霊』と言っても良いわ』

 神霊。一般的な異能者の、数十倍の力を持った霊。

 よく勘違いされることだが、人の実力とは単純な倍率で表せるものではない。先ほど諏訪先輩は俺と鎌倉をまとめてぶっ飛ばしてくれたが、あれは諏訪先輩の射程内に俺たちがまとまっていたというだけのこと。

 例えば、中学時代の俺は不良とのケンカに明け暮れていて、それなりに有名人だった。ケンカ慣れしていて、しかも性格は割と容赦無い。『五対一以下なら大神と目を合わせるな』なんて不名誉な言われ方までしていた。

 しかし、俺のケンカの実力がその辺の不良の五倍もあるのかと問われれば、答えは否だ。

 中坊なんてのはまだまだ体も発育途中。いくら体格に恵まれていたとしても、三人同時には相手にできない。二人掛かりで羽交い締めにされれば、後の一人にフルボッコにされる。

 にも関わらず、俺は何人もの相手に囲まれたケンカでも、そのことごとくを返り討ちにしてきた。

 答えは単純。同時に相手にしている訳ではないからだ。

 一人ずつ相手にすれば自力の差で勝つことができるし、仲間が一人やられれば、少なからず残りの奴らも動揺し、力を出しきれなくなる。

 ケンカに限らず、戦いというのは足し算のように簡単なものではない。

 拙い連携では実力以下の力しか出せない。チームプレイを訓練された者でなければ、お互いに足を引っ張り合う結果に終わる。

 しかし、真彩は単純に膨大な力を持ってしまった。

 仮に真彩が諏訪先輩と同じ異能術を覚えたとするなら、数十倍の出力でその異能術を撃てることになる。

 諏訪先輩が俺と鎌倉をぶっ飛ばした感覚で真彩が異能術を使えば、一撃でこの病院くらい更地にできてしまいそうだ。

「大地、真彩はしばらく私に預からせてちょうだい」

「……理由は?」

 諏訪先輩の提案に、俺は警戒心を隠そうともせずに問う。

「真彩に異能術を教える。異能使いになってもらうわ。学校の籍の件なら柳沢さんが夏休み明けまでに準備してくれる」

 真彩に異能術を教える。それは願ってもない話だ。

 俺はもともと真彩が無事に過ごせる環境を作るためにそうするつもりだったし、教えるのが諏訪先輩なら文句なんて出ようがない。

「真彩をどうするつもりだ?」

 しかし、現状で真彩の処遇が安泰とは思えない。

 一般的な異能者の数十倍の異能を持つ真彩を、霊官がどう扱うのか。それだけは聞き出さないと。

「悪いようにはしない。それだけは約束する。でも、今の真彩をこのままにしておくことはできない。もしアンタがやったみたいに中途半端な形で異能を教えて、それで暴発でもしたら、被害は想像もつかないわ」

 中途半端な異能、確かに、俺が教えたことは何の意味もなかったからな。それどころか逆効果だったみたいだし。

「大地お兄ちゃん……」

 自分の処遇についての話に、真彩が不安そうに俺の顔を覗き込む。俺は真彩を安心させてやろうと笑みを浮かべた。

「大丈夫だ、真彩。諏訪先輩は信頼できる。情けないが、俺じゃ真彩に色々教えてやることはできないからな」

「うん……」

 不安が晴れた訳ではないだろうが、真彩はそれでも頷いてくれた。真彩は頭がいいから、それが最善だと分かってくれるのだろう。

「お祭りは、また次の機会だな」

 きょとんと、何のことか分からない顔をする真彩。俺の言う『お祭り』が先日約束した夏祭りに連れて行くことだと思い至り、また少し寂しそうに笑った。

「安心しなさい、真彩。その役立たずなお兄ちゃんと違って、私がちゃんと異能術を教えてあげるわ」

 役立たずって、確かに昨夜は大して役に立ってなかったけどさ……。

「それに、祭りならドデカイのが待ってるわよ。夏休み明けたらすぐにね」

「え?」

 祭りと聞き、真彩の顔が明るくなる。

「夏休み明けに祭りなんてあったか?」

「アンタ、仮にも生徒会のメンバーでしょ。学園祭を忘れたの?」

「あっ!」

 そういえばあったな、ドデカイ祭り。

 夏祭りとは随分と違うが、学園祭は学生の一大イベント。それは異能専科でも同じだ。

 休み明けからは真彩も異能専科の生徒なんだし、きっと楽しめるはずだ。

「大地君、学園祭のこと忘れてたんですか?」

「……バカ言うなよネコメ。忘れるわけないだろ?」

「本当ですか……」

 ため息を吐くネコメ。俺は気まずさをリセットするように咳払いを挟み、次の話をすることにする。

「ま、真彩のことは分かった。それで、あの二人はどうなったんだ?」

 あの二人、鬼女と腐敗女。

 俺が眠らされた後、あの場でまともに戦えるのは八雲一人だった。

 鬼女はともかく、あの異質な腐敗女を相手にするの話が違う。

 ネコメの負傷は俺が知ってる時と同等だし、八雲に至ってはほぼ無傷だ。戦闘が行われたとは考え難い。

「……鬼女は、死んだわ。腐敗女が口封じのために殺した」

「ッ⁉︎」

 仲間を、口封じのために、殺したのか。

 まあ、アイツの正体が俺の思った通りの奴なら、そのくらいはするだろうな。

 俺の予想が正しければ、アイツは人の死なんて何とも思っていない。

 そもそも生まれてこの方、『死』なんて概念とは無縁のやつだからな。

「……あの女は、大地くんに妙に執着してた。まるで、好きな人を語るみたいに」

 ギュッと自分の腕を抱き、八雲は畏れるようにそう言った。

 きっと、アイツから何かしらの狂気を感じたのだろう。

「……好きな人、か。まあ、それに近い感情があっても不思議じゃないさ。久しぶりに会った身内って意味ではな」

 俺の言葉に、諏訪先輩の目がスッと細まる。

「大地、あなたやっぱり、アイツの能力が分かっているのね?」

「能力もそうだし、名前も分かるよ。俺というより、リルが感じてるみたいだが」

 椅子の下でピクンッと耳を揺らし、警戒するような低い声を出すリル。

「半身が腐った、腐敗を操る異能。昨夜から霊官の記録を当たってもらってるけど、該当する能力は見つかっていないわ」

 そりゃまあ、そうかもな。

 何しろアイツは生まれてすぐにこことは違う世界に行って、そのままなんだから。名前も出自も有名だが、異能混じりの能力という記録で残ることはないだろう。

 アイツは、神話そのものだ。

「……半身が腐っていることは、死と生の垣根を超えた存在の証。死後の世界を支配する力を持った女神」

「……っ⁉︎」

 俺の語ったアイツの正体に、その場にいた全員が息を飲む。

 当然だ。アレの登場する話はあまりにも有名で、だからこそ、有り得ない話だから。

「死後の世界と現世を自由に行き来できる唯一の存在、アイツの名前は……」

 いつか誰かから聞いた、一つの言葉が俺の中に残響する。

『君の妹を、頼んだよ』

 誰から言われたのか、いつ言われたのか、思い出せない。

 でも、確かに言われた。

 確かに、託された。


「ヘル。邪神ロキと女巨人アングルボザの第三子。神狼フェンリルの、妹だ」


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