小さな幽霊編35 目覚めたときには
目が覚めると、ボンヤリとした視界に知ってるような知らないような壁が映った。
そう、壁である。すぐ側にはドアもある。どうやら俺は枕も無しで横向きに寝ているらしい。
「……どこだ、ここ?」
鼻をひくつかせると、臭ってくるのは嗅ぎ覚えのある消毒臭さ。
体を預ける寝具は少々硬い。というか、この感じは寝具ではない。多少のクッションは効いているが、寝るには些か心許ない感触。
「病院、の廊下?」
ここは市内の大病院、その異能者専用の特別病棟。そこの廊下の四人掛けのベンチに寝かされているらしい。
清潔感のある病院内とはいえ、廊下。一応お情けのようにボロい毛布が掛かってるが、廊下。今までのパターンだと病室だと思ったのに、廊下って。
ベンチの下を覗き込むと、毛布を敷いた床の上にリルが寝ていた。なんでだろう、リルの毛布の方が俺に掛かってるやつより綺麗なんだけど。
なんだか俺の扱いが雑じゃないかな、と悲しくなっていると、ベンチの前のドアが開き、意外な奴が病室から出てきた。
「やっと目ぇ覚ましたかよ」
「はあ⁉︎ な、何やってんだ、お前⁉︎」
現れたのは、短髪にガラの悪い目付き。耳にはオシャレなのかイマイチ判断のつかない十字架のピアスをつけたチンピラ。制服姿のクラスメイト、鎌倉光生だ。
「何やってんだはこっちのセリフだボケ。肝心なときに眠りこけやがって。呑気なもんだな、オイ?」
「はあ?」
眠りこけてって……
「っ⁉︎」
思い出した。
俺たちは河川敷で大日本帝国異能軍のメンバー、鬼女と腐敗女の二人と戦った。
そして、戦いが始まった途端に妙なことが起きて、あの女が妙なことを言い出して、妙な異能術を掛けられて……。
「あの後、どうなったんだ……?」
「…………」
鎌倉は答えない。
あの時あの場にいたのは、俺とネコメと八雲。そして東北支部の遠野さんと伊勢田さんの五人。その中でマトモに戦えたのは、俺と八雲の二人だけだ。
八雲一人で鬼女と腐敗女を相手できたとは思えないし、何よりあの腐敗女はモノが違う。
それに何より、あの場にいなかった真彩。
大日異能軍の元々の目的は、真彩が引き付けてくれていたたたりもっけだ。
真彩はそのたたりもっけに追われ、俺の知る限り救援に向かえた者はいない。
まさか、と最悪の可能性が頭をよぎる。
「答えろよ鎌倉ッ! あの後、皆はどうなったんだ⁉︎」
「……病室で待ってろ。諏訪先輩を呼んでくる。お前が知り得た限りの話を、あの人にするんだな」
「ッ⁉︎」
答えになっていない答え。
ベンチから立ち上がり、鎌倉のワイシャツの襟を掴んで詰問する。
「答えろっつってんだよ! あの場にいた皆はどこだ⁉︎ 真彩はどうしたんだよ⁉︎」
グッと俺の腕を掴み、鎌倉は低い声で呟いた。
「……離せよタコ。何も知らねえでグースカ寝てた奴が、今更ウダウダ騒いでんじゃねえよ」
「んだと、この……!」
自分なんてあの場に居もしなかったクセに、後から出てきて勝手なことを。
「そもそも何でテメェがここにいるんだよ⁉︎ 一体何の用で……!」
「猫柳たちは生きてるよ。この病棟にいる。……あの幽霊は、手遅れだったよ、俺が着いたときにはな」
「て、おくれ、だと……?」
鎌倉は、何を言っているんだ?
一体何が、手遅れだってんだ?
俺の手を振り払い、吐き捨てるように鎌倉は口を開いた。
「俺は諏訪先輩と一緒に中部支部に居た。そこで先輩に言われて、お前らの援護に向かったんだよ」
「お前が、支部に……?」
まさか、俺とトシの他にもう一人、霊官になりたいと言って諏訪先輩を頼ったのって、鎌倉だったのか?
「河川敷に向かう途中で、奇妙なもんを見た。花火みてえにポンポン光の球が飛んで、それをデケェ鳥が追っかけてた」
「それは……!」
それは、真彩だ。
その光の球は、俺と練習して出せるようになった真彩の切り札。異能のエネルギーを直接撃ち出す光球のことだ。
「……異能のエネルギー弾なんざ、異能を食うあの鳥にしてみりゃただの餌だ。撃てば撃つほどあの幽霊は疲弊して、逆に鳥は力を増した。そんなこと、少し考えりゃ分かるだろうよ?」
「っ⁉︎」
なんだよ、それ?
真彩が覚えたあの技は、たたりもっけには何の効果も無かったってことか?
むしろたたりもっけは光球のエネルギーを吸収して、力を増した。
それじゃあ、真彩は……
「……言っとくが、間に合わなかったことをとやかく言われる筋合いはねえぞ。俺は河川敷に向かっていた所を、機転を効かせて幽霊の所に行ったし、目的の鳥は俺が始末した。テメェはその時、河川敷でオネンネしてたんだからな」
鎌倉の言葉の一つ一つが、俺の心臓に杭を打つ。
俺は真彩が危険な目に合ってるときに、一人で戦っていたときに、馬鹿みたいに眠っていた。
異能術を掛けられたなんて言い訳は通用しない。そんなこと言っても何の意味も無い。
全ては結果。
結果として俺はここにいて、真彩はここにいない。
「……真彩は、どうなったんだ?」
体から力が抜けた。
寝かされていたベンチに腰を落とし、俯いて鎌倉の言葉を待つ。
そして、鎌倉は言った。
考え得る限り、最悪の答えを。
「……真っ二つだったよ。胴体から食われてな」
「ぁ…………」
小さく声を漏らした。
ジワッと視界が霞む。
指先が震える。
「そんな……そんなのって……!」
今すぐ自分の首を掻っ切ってやりたかった。
力の限りぶん殴って、殺してしまいたい衝動に駆られた。
「俺が……俺が……!」
俺が余計なことを教えなければ、真彩は逃げることに専念できたかも知れない。そうすれば、鎌倉は間に合ったかも知れない。
切り札なんて嘯いて余計な技を教えなければ、自力で逃げ切れたかも知れない。
俺の迂闊な考えが、真彩を殺した。
「ま、あや……!」
怖かったはずだ。恐ろしかったはずだ。
怖くて震えていたのに、俺のために頑張るって、そう意気込んで飛んでくれた。
あの小さな真彩に散々プレッシャーをかけて、挙げ句に『お前が倒せ』なんて無責任なことを言った。
俺が守らなきゃいけなかったんだ。
何を置いても駆けつけるべきだった。なにをしてでも守ってやるべきだった。
兄貴になってやるって、約束したのに。
俺はまた、救えなかった。
俺が殺した。
俺は真彩を、二回殺した。
「……大神」
打ちひしがれる俺に、鎌倉は静かに語りかける。
「あの子はお前に、『ありがとう』って言ってたよ」
「…………なんだよ、それ」
なんで皆、似たようなこと言うんだよ。
奈雲さんも真彩も、ありがとうなんておかしいだろ?
救えなかったのに。
助けられなかったのに。
罵倒して欲しい。
罵って欲しい。
むしろ殺して欲しい。
「それと、『会いたい』とも言ってた」
「うっあぁ……!」
堪らず、涙が溢れた。
俺だって会いたい。
会って抱き締めてやりたい。
よく頑張ったなって、褒めてやりたい。
ごめんって謝りたい。
でも、もうできない。
「真彩……!」
歯を食いしばり、頭を抱えて髪を掻き毟る。
叫び声を上げる、その寸前、
「だからホラ、会ってやれよ。マジでずっと会いたがってたからな」
鎌倉がコンコンと壁を叩き、その壁をすり抜けて真彩がひょっこり顔を出した。
「……………………は?」
真彩だ。真彩がいる。
俺を見るなりパァっと顔を輝かせ、スルッと壁を抜けて現れた。制服姿の真彩。
「大地お兄ちゃん、おはよう!」
「…………オハヨウ、マアヤ」
思わずカタコトになってしまった。
「あのね、光生さんがあたしのことたたりもっけから助けてくれて、それでなんだかパァっと体が光って……」
言葉を遮り、真彩の顔に手を伸ばす。すり抜けた。
異能を強めると『わぁ⁉︎ なんだよダイチ!』とリルが騒いだ。ゴメン、うるさい。
改めてそっと触れてみると、触れる。
「真彩、生きてる、のか……?」
「え? 死んでるよ?」
うん、そうだよな。真彩は会った時からずっと死んでるよ。
ギギギギ、と錆びた機械のようにぎこちない動きで首を向けると、鎌倉は腹と口を抑えてプルプル震えていた。時折「ひっ、ひっ……!」と過呼吸のような押し殺した笑いを漏らしながら。
「まったく、いくら何でも趣味悪いよ?」
「ええ。こういうのは感心しませんよ、鎌倉君」
ガラッと引き戸を開けて、病室からネコメと八雲も現れた。病院内に充満する薬品の臭いでドアが開くまで中にいるとは気付かなかったな。
たしなめるような言い方をする二人に、鎌倉は涙目になりながら胸ポケットからケータイを出して見せる。
『うっあぁ……!』『真彩……!』
今の一連のやりとりがムービー録画されていた。
「け、傑作だぜオイ! あの大神が、こんな情け無く泣きながらヨォ……!」
堪え切れなくなったのか、大口を開けて爆笑しながら画面を見せつけてくる鎌倉。録画モードにしたままワイシャツの胸ポケットに入れて盗撮していたのか。
「なぁ見ろよ大神ィ! お前、頭抱えてこぉんなに悲しんじゃってるよ? あの強い強ーい大神くんが、お目々に涙溜めて、プルプル震えちゃって。あーかわいそうでちゅね……ぼぶらぁっ⁉︎」
感情のままに、極限まで異能を強めて鎌倉の顔面をぶん殴る。
軽く五メートルくらい廊下をすっ飛び、床をゴロゴロ転がって動きを止めた。
「これは鎌倉くんが悪い……ぷふっ!」
「私もそう思います……クス」
偉そうなことを言いながらもソッポを向いて吹き出す二人。
「止めねえ時点で同罪だ!」
絶叫し、ゆっくりと床を踏み締めなが、鎌倉の方に向かって行く。
「かぁまぁくぅらぁくぅん? おン前やってくれたなぁオイ。強い強ーい大神くんはひっさし振りに頭にキちゃったよぉ?」
指の関節をバキボキ鳴らしながら、起き上がろうとする鎌倉との距離を詰める。加減無しで殴った割に妙な手応えだった。咄嗟に後ろに飛びやがったなコイツ。
「ハッハー! う、後ろに飛んだからダメージねえよバァカ……!」
強がる鎌倉だが、鼻っ面は赤く腫れ上がり、鼻血も出ている。チョットは食らってんじゃねえかこの野郎。
「いーい度胸だなぁテメェ! いつかのボコられた借りも含めて、二度と里立の前に出られねえツラにしてやるよォ!」
「四季が見てくれで人を判断するかよ! テメェが四季を語んなボケェ!」
「サラッと惚気てんじゃねえぞゴラァ⁉︎」
「羨ましいのか、アァン⁉︎」
まるで昔のチンピラ時代に戻ったかのようなドスを効かせ、廊下を駆ける。
ボコる。もう絶対ボコる。泣くまで殴る。泣いても殴る。
おちょくられた鬱憤が解消するまで、しこたまぶん殴る。
バァン! キュルルルッ!
突如、背後で力強くドアが開かれ、車椅子が病室から飛び出す。有名なアニメの赤いバイクみたいなドリフト走行に車椅子の車輪が唸り、摩擦で煙を上げる。
「うるっさいのよアンタ達! 病院で騒いでんじゃないわよ!」
ズベシッ!
「がぁ……⁉︎」
「ぐふっ……⁉︎」
病室から出てきた諏訪先輩の異能術で、俺と鎌倉は揃って壁に叩きつけられた。
「じゃれあってないで大人しくサッサと病室入れ! 四肢切断して懸糸傀儡の手足と入れ替えるわよ⁉︎」
だから出来んの⁉︎




