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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
編入編
18/246

編入編17 開戦


 猫柳瞳、ネコメは自らの所属する体操部の練習を終え、シャワーを浴びてから大神大地の部屋を訪れていた。

(既読、つかないですね……)

 部屋を訪れる前に大地に送った連絡は、返信どころかそのメッセージを見た形跡も無い。

 例えば部屋で眠っていれば、それも当然の事なのだが、ネコメには大地を起こしてでも夕食の前に話しておきたいことがあったのだ。

(色々考えましたけど、やっぱりこれは早く渡しておいた方がいいですよね……)

 ネコメの手には昼間に生徒会室で彩芽に預けられた箱、大地の異能具が抱えられていた。

 霊官の仕事があるまでは渡さないことも考えたが、大地は一刻も早く己の異能に慣れるべきだと、ネコメはそう思った。

 万一の場合でも、自身がそばに居れば暴走した大地を止められる、その確信も、大地に異能具を渡す決断の一因になっていた。

(それにしても、おかしいですね……。ホントに寝ちゃってるんでしょうか?)

 大地に送ったメッセージは未だに読まれておらず、ドアをノックしても返事がない。

(寝ているのを起こすのは気が引けますが……)

 悪いな、と思いつつ、ネコメは念のため力を強めてドアをノックする。しかし、やはり中から返事はない。

 寮の部屋には電子ロックが付いており、部屋の主の学生証でのみ鍵を開けることができる。しかし、ネコメの持つ生徒の霊官手帳に内蔵されたICチップなら、全てのドアを開けることができる。

 これは有事の際に備えて施されたシステムで、霊官以外の生徒は知らないことだ。

 一応異能の件は急を要するものだと判断したネコメは、手帳を使い部屋の解錠を試みる。

「え?」

 そこでようやくネコメは、大地の部屋のドアが施錠されていないことに気付いた。

 不用心だな、と思いながらネコメはドアを開ける。

「大地君? リルさん?」

 真っ暗な部屋に遠慮気味に声を掛けるが、帰ってくる声は無い。

 寝ているのだろうか、と思っていたが、二段ベッドの上段にも下段にも大地の姿は無い。

(なんか、変ですよ……)

 鍵を開けたまま部屋を出るのはおかしいし、部屋中のどこに触れても大地が居た形跡になるような温度を感じない。部屋を出たのはここ五分十分のことではないと、ネコメは確信した。

 改めて大地に電話を掛けてみるが、ケータイ電話はベッドの上で着信音を響かせる。

(ケータイを置いて、鍵もかけずに長時間部屋を留守にするなんて……)

 そこでようやくネコメの予感は、悪い想像をした。

 大地の身に何かあったのではないか。

 そう思ってからのネコメの行動は早かった。

 ベッドの上のケータイを取り、異能を発現させる。

 猫も犬ほどではないが鼻が効く生き物で、猫の妖精であるケット・シーの異能混じりであるネコメも、大地ほどではないが多少は匂いを感じ取れる。

 部屋から大地とリルの匂いを感知し、ドアの付近からは意外な人物の匂いも発見する。

(この匂いは、目黒君⁉)

 鎌倉の取り巻きの一人である目黒が、鎌倉と敵対している大地の部屋を訪れた。その事実に、ネコメは戦慄する。

(マズい……‼)

 大地は異能者として、この数日で格段に強くなった。強くなりすぎてしまった。

 もし鎌倉達とケンカになれば、十中八九負けることはない。

 しかし、異能の加減が効いていない今の大地がその力を振るえば、最悪の場合手加減できずに三人を殺めてしまうかもしれない。

 そう思ったネコメは、大地のケータイをスカートのポケットにねじ込み、異能具の入った箱を抱えて走り出した。

 大地達の匂いは、人の行き交う廊下では辿れなくなってしまった。

 仕方なくネコメは、猫にとって鼻以上に過敏な聴覚に集中する。

 走り、辺りの音を聞く。

 それを繰り返しながら、ネコメは学校の敷地を駆け回った。


 ・・・


「おい、なんの真似だ⁉」

 校庭に鎌倉の怒声が響く。

 鎌倉、目黒、石崎の三人と俺とリルは、里立同様に手足を蜘蛛の糸で拘束され、校庭に転がされている。

 俺たちを縛った下手人、東雲八雲は満足そうにその光景を見下ろしている。

「お前が手ェ貸すって言うから俺たちは大神を潰してやろうと思ったのに、何で俺たちまでッ……⁉」

 叫ぶ鎌倉のみぞおちに、ドスッと東雲のつま先が刺さる。

 鎌倉は激しく咳き込み、目黒と石崎がそれを案ずるように声をかける。

「ピーキャーピーキャーうるせぇんだよ。黙って転がってろバァカ」

 普段の東雲の口調とは似ても似つかない乱暴な言葉遣いに、俺も里立も絶句する。

「大体何が『潰す』だよ。あんな安っぽいリンチしか出来ねぇクセに、口だけは一丁前だよな。やるんなら徹底的にやれよ。一発で殺せよ」

 蔑むような東雲の言葉に、呼吸を整えていた鎌倉は瞠目しながら言葉を紡ぐ。

「こ、殺すって、何言ってんだお前? それ、本気で言ってんのか……?」

 鎌倉の反応を見て、東雲は分かりやすく首をすくめて落胆の意を表する。どうにも芝居がかった仕草だ。

「やっぱり、そんな事だろうと思ったよ。口では殺すだの何だの言っても、切り傷一つで狼狽えるようなハンパな覚悟しか無かったんじゃん。里立の言う通りだったね」

 ハァ、と分かりやすい溜息をつき、東雲は地面に転がる俺たちを見回す。

 そして俺と目があったとき、俺は自分の中の疑問を投げかける。

「……いつからだ?」

「ん?」

「いつからテメェらグルだったんだよ?」

「今日のお昼休みだよ。お前のことグチグチ言いながら廊下歩いてたから……」

「そっちじゃねぇ‼」

 鎌倉と東雲がいつから共謀していたかなど、今は問題ではない。

 問題なのは、東雲の横に付き従うように立っている、鬼の方だ。

「一昨日の夜からテメェはその鬼とグルだったのかって聞いてんだよ‼」

 東雲は一昨日の夜、霊官の仕事でこの校庭の妖蟲を駆除している最中にあの鬼に襲われた。

 交通事故まがいの重傷を負い、その東雲を庇いながら俺とネコメは苦心して鬼を退治したのだ。

「殴られて血反吐まで吐いて、そこまでして何がしたかったんだ⁉」

 俺の言葉に東雲は「血反吐ォ?」と首を傾げ、直後に得心したように手を打った。

「……ゲホォ!」

 突如、東雲が吐血した。

 一昨日の夜と同じように口から血を吐き、激しく咳き込む。

「……なーんちゃって」

「な⁉」

 動揺する俺たちを尻目に、東雲は真っ赤に染まった舌を出して咳き込む演技をやめた。

 そして、自らの腹部に手を当て、グッと強く圧迫する。

「これがタネだよ」

 そう言って東雲が舌の上に乗せて見せてきたのは、唾液に濡れてテラテラと光る白い玉だった。

 一つではなくいくつも口の中でに仕込まれており、人間ポンプの要領で腹の中に隠していたものだろう。

「ミズグモって知ってるか? その名の通り水中で生活するクモなんだけど、そいつらは糸で膜を作って空気の層を作れるんだよ。つまり、蜘蛛の糸を束ねれば防水の玉が出来るってこと」

 そう言って口の中の糸玉を一つ摘み上げ、はみ出ている一本の糸を引いた。

 たちまち糸玉は解け、中に仕込まれていた血がピチャ、と地面に落ちる。

「あらかじめこれを飲み込んどいて、鬼に地面でも叩かせてから倒れたフリをする。そして口の中で糸を解けば完成。『擬死』なんていってね、蜘蛛は死さえ偽る」

 手品のタネあかしのように自慢気に話す東雲に、俺はわなわなと口を震わせる。

「つまり……最初から?」

 一昨日の夜の鬼の出現は、最初から仕込まれていたってことか?

「そうだよ」

 さも当然のように言い放つ東雲に、俺はカッと顔が熱くなった。

「なんの……何のためにそんな事しやがった⁉」

 分からない。

 新種の鬼なんてモノをどこからか調達してきて、それでそいつにやられた演技をする?

 そんな事に何の意味があるって言うんだ?

「……お前のせいだよ、大神」

「なんだと?」

 東雲の声のトーンが低くなり、その目をカッと見開いて俺の首に糸を回す。

 グッと糸を吊り上げ、顔を至近距離まで近づけて、あらん限りの怒声を浴びせる。

「お前があたしのネコメちゃんを取ったんだろ‼ あの子はあたしの一番だったのに、お前なんか助けちまったせいで変な情が移ったんだ‼ あたし達の仲を邪魔しやがって、お前なんか虫に喰われて死んでりゃ良かったんだよ‼ 犬コロ混じりのチンピラが、あの子の心の中に巣食ってんじゃねぇよ穀潰しがッ‼」

「ッ……⁉」

 東雲の剣幕に、俺は首に回された糸の圧迫感も忘れて戦慄した。

 東雲とネコメが仲が良いのは分かっているつもりだったが、まさか東雲がここまでネコメに対する感情を拗らせているとは思わなかった。

 鬼の脅威以上の恐怖を感じる俺に、東雲は低い声で独白のような言葉を投げかける。

「だから……あんたを殺すんだ。あんたを殺して、あたしがネコメちゃんの一番になるんだよ。邪魔するならみんな殺す」

 光を失った虚ろな目で、東雲は地面に転がる全員を見て言う。

「お前の異能が暴走した事にするんだ。そんで皆んな、お前が殺した事にする。あたしが暴走したあんたを殺した事にすれば、全部丸く収まる」

 糸を解かれてドサッと地面に投げ出され、ゆらゆらと体を揺らしながら歩く東雲を、ただ呆然と見ていた。

「ネコメちゃんは優しいから、最初はすっごく悲しむと思うよ。鎌倉達のことだってきっと悼んであげちゃうんだ。だって優しいから。でもあたしがその分も一緒に居てあげれば、きっと立ち直ってくれる。だってネコメちゃんは強い子だもん」

 ヒヒ、ヒヒ、と引きつった顔で、東雲は笑った。

 その狂気に満ちた光景に、鎌倉は「い、イカれてやがる……」と声を漏らした。

「あ? 誰がイカれてるって⁉」

ポツリと零した言葉も看過せず、東雲は鎌倉の胸ぐらを掴んで怒声を浴びせる。かと思いきや、

「なーんてね。今の話信じたー?」

 ケロッと纏う雰囲気を豹変させ、鎌倉から手を離した。

「⁉」

「うっそだよー。ネコメちゃんのことは好きだけど、そういうんじゃないし」

 笑いながらおどける東雲に、俺は寒気を覚えた。俺には、東雲の真意が全く分からなかったからだ。

 普段のふざけた東雲、豹変する東雲、鬼と並び立つ東雲。

(どれが、本当の東雲八雲なんだ……⁉)

 俺は東雲の事を分かっているつもりでいたが、考えてみればたった数日程度の付き合いで、その人間の人となりが分かるはずもない。

 楽しそうにイタズラをする東雲も、ネコメのために怒った東雲も、全部演技だったとでもいうのか?

 普段のふざけた雰囲気に戻った東雲は、クルクルとターンしながら鬼の方に寄って行き、その隣に並び立った。

「あんた達は使えそうだったから成り行きでこうなっただけで、むしろ本当に用があるのはネコメちゃんなんだよ」

 そう言って東雲はおもむろに振り返り、ふるふると手を振った。

「だから、待ってたよ。ネコメちゃん」

 東雲の手を振る先には、異能を発現させたネコメがやって来ていた。

 全力で走って来た様子のネコメは大きく呼吸を乱し、額には玉のような汗を浮かべている。

 ネコメは抱えていた箱のような荷物を地面に置き、カッとその銀色の瞳を見開いて声を張り上げた。

「どういう……どういう事ですかッ、八雲ちゃんッ⁉」

 ビリビリと大気を震わせるようなネコメの怒声に、地面に転がる俺たち一同は身震いする。

 しかし、東雲だけはその声を心地好さそうに受け止め、両手を広げてネコメを歓迎するように声を弾ませた。

「見ての通りだよー。一昨日の鬼と一緒に居るあたし、あたしの糸で縛られた大神くんとその他。この状況見て分からないなら、一人殺そうか?」

 あっけんからんと『殺す』という単語を使った東雲に、ネコメは愕然とその目を見開いた。

 そして次第に表情を悲愴な色に染め、うわごとのように「なんで……どうして……?」と呟いた。

「……分かんないみたいだね」

 東雲はそう言って俺たちの方を振り返り、袖から糸を伸ばして目黒の首を吊り上げた。

「がッ……あぁ⁉」

 吊り上げられた目黒は苦悶の声を漏らし、ジタバタと身をよじって喘ぐ。

「モモッ‼」

「お、降ろせよ東雲‼」

 鎌倉と石崎の声など聞こえないかのように、東雲はネコメの方を見て微笑んだ。

「ほら、これで分かった?」

 そう言って東雲は、ギリギリと糸を操り目黒の首を絞め上げる。

「……ッ‼ ……ッ‼」

 もはや目黒は声を上げることもできず、ビクンッと体を痙攣させ始めた。

「や、やめなさい! 早く下ろしなさい‼」

「んー、どーしよっかなー?」

 おどけながら手の糸を操り、目黒の顔色は蒼白になっていく。

「おい、石崎!」

「な、なに……」

 俺はあまりの事態に涙目になる石崎に檄を飛ばし、顎で目黒の足元を示す。

「デカい壁だ! 目黒を壁の上に乗せろ‼」

 そうすればとりあえず目黒は自重による圧迫からは解放される、そう思ったが、石崎はふるふると首を振った。

「だ、ダメなんだ、俺の壁は、遮蔽物のないとこにしか出せないし、地面から迫り上がるようなもんじゃないんだよ……!」

「な……⁉」

 つまり目黒を壁に乗せようとしても、壁が出せる高さは目黒のいる位置には被せられないってことか?

 それじゃあ逆に目黒の足から壁を生やしても、地面に触れない所までしか出せない。

 このままじゃ目黒は何分も保たない、どうすればいい、と考えを巡らせていると、視界の隅で銀色の影が動いた。

「はぁ‼」

 ネコメが凄まじい速度で駆け寄り、右手に装備した銀の爪で目黒を吊り上げていた糸を切断する。

「……速いなぁ」

 ニヤリと笑う東雲は、スッと手を挙げて鬼に指示を出した。やはりあの鬼は、東雲に従っているらしい。

「大丈夫ですか、目黒君⁉」

「ゲホッ、ゲホッ!」

 ネコメは地面に投げ出された目黒の首の糸を素早く切断し、次いで手足を拘束する糸も切ろうと試みる。しかし、

『ヴォォォ‼』

「ッ⁉」

 ネコメが糸を切るよりも早く、東雲の指示を受けた鬼がネコメに向けて拳を振りかぶった。

 ネコメは目黒を俺たちの方に突き飛ばし、素早くその場から離れる。

 ズドンッ‼

 地鳴りのするほど重い鬼の拳が、地面に凹みを作った。

「石崎君、皆んなの周りを壁で囲ってください‼ とびきり頑丈な壁で‼」

 ネコメの命令を受けた石崎は「あ、ああ」と頷いて異能を発現させた。

 俺たちの四方を囲うように見えない壁が出現した直後、鬼の拳が俺たちに向けて放たれる。

 ドゴォンッ、と交通事故のような衝撃が見えない壁を揺らすが、壁は壊れていないようだ。

「何重にも張ってください!」

 鬼の攻撃は石崎の壁で防げる、それが分かったネコメは、俺たちに背を向けて東雲に視線を向けた。

「おい、ネコメ、隙作って糸を切ってくれ! 俺も戦う‼」

 一昨日の夜、ネコメはあの鬼と同種のものに苦戦を強いられた。俺とリル、二人と一匹で共闘し、ついでに朝礼台を一台オシャカにしてようやく勝ったのだ。

 ネコメ一人で、東雲と鬼を同時に相手取れるとは思えない。

 しかし、ネコメはゆっくりと首を振った。

「……ダメです。大地君の異能は、今は使ってはいけません」

「そんなこと言ってる場合じゃ……⁉」

 俺の抗議を「大丈夫です」と一蹴して、ネコメは一層異能を強め、駆け出した。

「アハ! やる気になったんだね。遊ぼうよ、ネコメちゃん‼」

「東雲八雲、異能による殺人未遂の現行犯で、逮捕します‼」

 そうして、二人の少女は対峙した。

「安心してよ、鬼に邪魔はさせないから!」

 疾走するネコメに対して、東雲はそう言いながらスカートのポケットから口内に隠していたような糸の玉を取り出し、眼前に放る。

 放り投げざまに糸玉から伸びる糸を引くと、たちまち解けて巨大な蜘蛛の巣を形成した。

 ネコメは目の前に現れた蜘蛛の巣を回避せず、振るう右手の銀爪で全ての蜘蛛の巣を両断する。

 ネコメが東雲に肉迫した瞬間、東雲は大きく後ろに跳んだ。そして、その動きに呼応するように地面が隆起する。

「ッ⁉」

 地面の下に隠されていた特大の蜘蛛の巣が、ネコメの体を捕らえてしまう。

 蜘蛛の巣は東雲の操作でくるりと丸まり、ネコメは糸の玉に包まれ宙吊りにされてしまう。

「ね、ネコメ⁉」

 動揺したのも束の間、ネコメは当たり前のように銀の爪で糸を切り裂き宙に踊る。

 東雲目掛けて落下するネコメを、東雲は予期していたようなスピードで眼前に蜘蛛の巣を展開して迎え撃つ。

 空中では身動きが取れない、と思いきや、ネコメは自らを包んでいた巨大な蜘蛛の巣の糸を左手で握っていた。

「⁉」

 左手の糸を手繰り、ネコメは落下を中断する。東雲が新たに展開した蜘蛛の巣はネコメを捉えることなく地面に落ち、新たな糸を放つ前に着地したネコメの右回し蹴りが東雲の脇腹に吸い込まれた。

「ぐっ‼」

 左脇腹を抑えて後退する東雲に、ネコメの追撃が行われる瞬間、

「ネコメ、後ろ‼」

「ッ⁉」

 俺たちへの攻撃を止めた鬼が、ネコメに迫っていた。

 鬼の巨体による突進を寸前のところで回避したネコメは、東雲と自身の間に割って入った鬼を見て距離を開ける。

「鬼に邪魔はさせないんじゃなかったんですか?」

「いっつー、ちょっとタンマだよ。仕切り直しぃー!」

 蹴られた脇腹をさすりながら、東雲は「ハァ」とため息を吐いた。

「やっぱり強いね、ネコメちゃんは。あたしも、このままじゃチョット勝てないや」

 そう言って東雲は、体勢を変えた。

 両手を地面に付いて四つん這いになり、さらに深く体を沈める。

 這い蹲るような態勢になった時、東雲の纏う空気が変わった。

「可愛くないから、あんまりやりたくないんだけどね……」

 そして、その姿が変貌する。

 瞳全体が出血したように赤く染まり、顔を隠すように垂れ下がる明るすぎる長い茶髪は、所々が黒くなり、あっという間に茶色と黒の縞模様になった。

(いや、あれは見様によっては……)

 黒との縞模様になった茶髪は、明るすぎるその色味も相まって黄色に見えなくもない。

 虎のような、蜂のような、警戒色。

 そう、あれはジョロウグモの体色だ。

「久しぶりですね、あなたがその姿を人前に見せるの」

 ネコメはそう言って、じり、と腰を落として東雲の出方を伺う。

 ネコメの警戒する様子から察するに、あれが本気で異能を発現させた東雲の姿なのだろう。

 同じ異能混じりでありながら、ネコメや俺のような身体的な変化を東雲は見せなかった。

 特に見た目が変化しない異能混じりもいるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 考えてみれば、東雲が糸を扱う姿は何度も見てきたが、糸を生み出すところは見たことが無い。

 今の一連の戦いのように、東雲はあらかじめ袖の中や体内に糸を用いた武器を隠し持っていて、それを使うのが常だった。

「だってこんなの……可愛くないじゃんッ⁉」

 言葉を言い終わらない内に、東雲は駆け出した。

(早っ⁉)

 四つん這いという、おおよそ走ることに適した体勢ではないというのに、その速度は今までの東雲のそれを遥かに上回っている。

「かぁ‼」

 走りざま、東雲は大口を開けて大量の白い物体、恐らくは糸の塊と思われるものをネコメに向けて吐き出した。

「っ‼」

 そのあまりの量に右手の爪だけで受けきるのは無理だと思ったのだろう、ネコメは横に跳ぶ形で回避する。

 しかし、東雲はネコメが避けることも、避ける方向を読んでいた。

 糸を吐いた直後にはネコメが避ける方に体重を傾けて、奇怪な動きでネコメに肉迫する。

「ッ‼」

 慌てて銀の爪を振りかぶるネコメだが、東雲の方がわずかに早かった。

 銀爪に触れないよう左手でネコメの右手首を取り、右手を肘に滑り込ませ、関節を決める形で無理矢理肘を折り曲げさせる。

 そして、そこに直接大量の糸を吐きつけた。

「しまっ⁉」

 糸に埋もれたネコメの右腕は、糸を巻きつけられた訳ではないにも関わらず、肘を折ったまま自由を奪われた。

「そうか、粘着性の糸!」

 確か東雲は言っていた、自身の糸は強靭で、粘着性も出せると。

 蜘蛛が自らの巣でに引っかからないのは、蜘蛛の巣を形成する糸には粘着性の有るものと無いものがあり、蜘蛛はそれを自在に使い分けられるからだったはずだ。

 つまり蜘蛛は巣の上では粘着性のない糸にのみ足を乗せて生活している。

 俺たちの手足を縛る糸は強靭だが、粘着性は無い。先程まで東雲がポケットから出していた糸玉の糸も、粘着性の無いものだろう。

 仮に粘着性の有る糸で蜘蛛の巣を作ったとしたら、小さく丸めてポケットに入れておいてもお互いにくっつき合って使い物にならない。地面の下に忍ばせても砂まみれで効果半減といったところだろう。

 東雲は、異能を発現する姿をとって初めて糸を生成できる。

 作り置きの罠には使えない粘着性の糸を、あの姿の東雲は存分に扱えるのだ。

「くっ!」

 肘を折り曲げたネコメは、攻撃のための爪を体に密着させられ、封じられている。

 銀の爪を避けるために手首より上に糸が付着していないが、あれでは文字通り手も足も出ない。

 ネコメは距離を取るために大きくバックステップで後退するが、東雲は速い。本当に速い。

 もともと蜘蛛は機動力に優れる虫だ。八本の足で素早く動くし、高く跳ぶ。巣の糸を踏み分ける器用さも持ち合わせている。

 そもそも、ネコメと東雲の異能には大きな差がある。

「かぁ‼」

 三度、東雲が糸を吐いた。

 今度の糸は先ほどのような大量の塊ではなく、直径一センチ程のロープ状に束ねられたものだった。

「あっ⁉」

 着地を狙って吐き出された糸の先端が、地面に触れる寸前だったネコメの右足首を捉えた。

「獲った‼」

 糸の端を口に咥えたままの東雲は、手の中の糸を操り、地面の下に隠していた粘着性の無い蜘蛛の巣を張った。

 空中に出来た蜘蛛の巣に、糸に絡め取られたネコメが吊し上げられる。

「あいつ、一体いくつ罠張ってやがるんだよっ⁉」

 腹の中にポケットの中、地面の下にも罠が張ってある。

 それに加えて、恐らく空中にもあらかじめ糸が張ってある。

 身長百五十センチにも満たない東雲が、地面に立ったままで人を宙に吊り上げるには、自分の身長より遥かに高い位置に支点となる糸が必要なはずだ。

 支点となる糸は、恐らく校庭の木々と校舎の間に張り巡らされているのだろう。

 ジョロウグモも、建物と木の間に巨大な巣を作る。

 そのジョロウグモを起源にする、妖怪、絡新婦の異能混じり。

 それはつまり、体長百五十センチの蜘蛛に人間の知能が宿ったようなものだ。

「ふふ、捕まえたよ。まあ当然だよね。猫の異能が、蜘蛛の異能に勝てるわけないんだから」

 東雲の、言う通りだ。

 人間の体格と異能にとって必殺の武器である銀の爪を備えたネコメは、言うなれば人間の知能と致死性の猛毒を待つライオン。

 しかし、仮に同じ大きさだとするなら、哺乳類が虫と戦って勝てるわけが無い。

 人間と比べて体が小さいから踏み潰せるというだけで、虫の能力とは本来なら規格外、人間など到底及ぶはずのない化け物なんだ。

「……なさい……」

 俺たちが固唾を飲んで見守る中、吊し上げられたネコメの唇がゆっくりと動いた。

「ん、なに? ごめんなさい?」

「そこに、なおりなさい……!」

「ッ⁉」

 吊し上げられ、手も足も出ないはずのネコメは、それでも毅然と声を張り上げた。

 離れたところにいる俺たちにも聞こえる、校庭中に響くような凛とした声で。

「あんた、この状況分かってるの?」

 スッと真紅の目を細める東雲は、追い詰められてなお気迫に満ちたネコメの様子に明らかにたじろいだ。

「大人しくしなさい‼」

「状況分かってんのかって言ってんだよ⁉ 猫は蜘蛛に勝てないんだよ‼」

 そうだ。猫が蜘蛛に勝てるわけが無い。

 体格以外に優っている点が無い以上、同じ体格で戦えば、猫は必ず蜘蛛に負ける。

「構えなさいッ‼」

「かま……え⁉」

 そう、猫と蜘蛛なら、動物と虫の戦いなら、勝敗は決まっている。

 しかし、この戦いはケット・シーと絡新婦、妖精と妖怪の戦いだ。

 東雲がネコメの叫びを理解しようと思考を巡らせた一瞬の隙に、ネコメは再び叫んだ。

 自らの異能を持って、『命令』を繰り出した。


「掛かりなさい‼」


 ネコメの『命令』が校庭中に響いた直後、東雲の体が宙を舞った。

「な……がっ⁉」

 高く吹き飛ばされる東雲の眼下に、校庭を走る巨大な影。

 獣の王の命令を受けた三頭の大きなイノシシが、土煙を上げて走り抜けていた。




次も明日の昼頃になります。


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