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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編34 真彩の奮戦

 ーーお前が倒せ。

 確かにそう聞こえた。

「……分かったよ、お兄ちゃん」

 大地と鬼女が交戦する寸前、遠く離れたこの空の上で、真彩は確かに大地の声を聞いた。

 現状は予定と大きく違う。全く想定外の事態である。

 真彩を追う怪鳥は、本来ならば今頃川の中から放たれた異能によって撃ち落とされているはず。

 真彩は自らを囮にし、川の上までたたりもっけを誘導する。それだけ終わるはずの作戦だった。

 それが未だ成されていない。何か想定外のことが起きたのは真彩にも分かった。

 きっと大地たちの身に、何かがあった。

 ならば自分のするべきことは、このまま逃げることでも、助けを求めて声を上げることでもない。

 大地たちの救援に向かいたいとも思ったが、他でもない大地たちが手こずるほどの事態に、自分が赴いたところで何ができるものか。

 だから真彩は、自分の成すべきことを成す。

 大地に託されたことをやり遂げる。

 お前が倒せ、そう言われたのだから。

「あなたは、あたしが倒す!」

 口にしたことで、覚悟が決まった。

 真彩は空中で急停止し、追ってくる怪鳥、たたりもっけの姿を見据える。

 大きい。自分よりも遥かに大きい。

 無音の羽ばたきと不気味な双眸。そして、羽根の内側で狂気の笑い声を上げる、子どもの幽霊。

 怖い。たまらなく、怖い。

 羽根の中に保存されている幽霊は、みんな子ども。自分より歳上の子、歳下の子、同じくらいの子。色んな子がいる。

 自分ももうすぐあの中の一員になるのではないかと思うと、泣き出したくなるくらい怖かった。

 でも、畏れない。任されたから。

 大地の期待に応えるために、恐怖を乗り越えて、打ち勝ってみせると決めた。

「ーー飛んでけ」

 イメージするのはボール。サイズは両手に余る程。バスケットボールくらい。

 自身の体を構成するエネルギーを、両手の中に集めるイメージ。

 ぼんやりと、手の中で異能が形を成す。イメージ通りの大きさの球体。

 空中で静止し、両腕を大きく振りかぶる。体を反らせ、ダンクシュートのような形で、溜めた力を撃ち放つ。

「やあぁ!」

 放たれた光球は、異能の塊。純粋な異能。

 それは異能生物にとって、格好の餌である。

『ホォ!』

 ばくん。

「え?」

 真彩が放った渾身の光球は、食われた。

 まるで人に慣れた鳩が手から放られたパン屑を空中で食べるように、鮮やかにたたりもっけの腹に収まった。

『ホォ。モット……モット!』

「うそー⁉︎」

 もっと寄越せ、カタコトの言葉を紡ぎながら、たたりもっけが速度を上げる。

 真彩は、先程の覚悟が嘘のように両手を上げて逃げ出した。

「うそうそうそ⁉︎ 全然効かないじゃん! お兄ちゃんのうそつき!」

 異能のエネルギーとは、それだけではただのエネルギーである。

 人間の異能使いにも、エネルギーをそのまま撃ち出すことは勿論できる。が、純粋なエネルギーはこのように異能生物にとっては餌でしかない。

 だから異能使いは、その純粋な異能のエネルギーを自身の得意とする形に収める。それは先達の編み出した手本であったり、自己流で編み出した切り札。

 その技術を総じて『異能術』と呼ぶ。

 しかし、そんなことは異能使いでない大地も、当の真彩も知る由もなかった。

「来ないで! この!」

 苦し紛れとばかりに真彩は何発も異能のエネルギーを放つが、そのことごとくがたたりもっけに食われて消える。

 異能のエネルギーを撃ち出すということは、真彩にとっては身を削ることに等しい。

 今夜の作戦を前に大地が例のクッキーを食べさせることで内包する異能は増大したが、それでも微々たるもの。際限なく撃てるはずもない。

 体を異能のみで構成されている真彩は、このまま撃ち続ければ体を保てなくなり、いずれ遠からず自壊する。

「ど、どうすれば……⁉︎」

『ホォォ!』

 思案のために気の緩んだ一瞬に、たたりもっけが速度を増した。

 追いつかれまいと慌てて真彩もスピードを上げるが、距離は開かない。いや、むしろどんどん縮んでいる気がする。

 真彩の最高速度は、たたりもっけのそれに引けを取らない。現につい今し方まで、真彩は余力を残してたたりもっけとの距離を保っていたのだから。

「も、もしかして……!」

 体に血は流れていないのに、血の気が引いた思いをした。

 真彩が察した通り、今の数発の光球で、たたりもっけは力を増している。

 真彩が放った光球は、真彩の体を構成する異能のエネルギー。それは同時に異能生物のエネルギー源でもあり、当然吸収効率も非常に良い。

 攻撃のつもりで放った光球により、真彩は自ら、たたりもっけを強くしてしまったのだ。

「どうすればいいの⁉︎」

 混乱しながらも、真彩は光球を放つ。サイズは先程までより、幾分か小さい。身を切ることの危険を考慮してほぼ反射的に異能を節約しようとしてしまった結果だが、そんなものはその場凌ぎにすらならない。

 待ってましたとばかりにたたりもっけは光球に食い付き、また少し速度を増す。

「いや……! いやぁ!」

 乗り越えたと思っていた恐怖が、再び真彩の思考に楔を打った。

 立ち向かえると思っていた。勝てるとおもっていた。

 大地が倒せと言ったのなら、自分はこの怪鳥に勝てると、そんな甘い幻想を抱いていた。

 そんな保証など、どこにもないのに。

「やだぁ!」

 そこから真彩は。がむしゃらに足掻いた。

 全力で飛んで、時折方向を変えて逃げる。

 少しでも距離を開けようと、やたらめったに何発も光球を放つ。

 そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか真彩は眼前の光景が変わっていることに気付いた。

 河川敷の付近にあった運動公園や開けた土地が姿を消し、遠くには東北支部の二人と合流した駅前の繁華街が見えてきた。

 繁華街は川を挟んだ反対側。最初に真彩がたたりもっけを誘導した方向とは真逆である。

 つまり真彩は、大きく迂回することで再び川を超え、大地たちのいる付近を通り過ぎて繁華街側まで戻って来てしまった。真彩の姿は一般人には見えないので目撃される心配は無いが、これでは大地たちに助けを求めることもできない。

『クワセロ……!』

「いやだ……!」

 いい加減諦めろとでも言うようにたたりもっけは速度を上げる。

 泣きそうになりながら放った光球は、真彩の混乱を体現するかのようにたたりもっけの進路から大きく逸れた。しかし、

「……え?」

 たたりもっけはすぐ目の前に迫っていた真彩からコースを逸れて、明後日の方向に飛んでいた光球に食らいついた。

 光球を捕食すると再び真彩を目掛けてコースを戻したが、真彩は今の行動を見逃さない。

「…………!」

 不可思議な行動の中に見えた一縷の望み。それを確かめるために、再び光球を放つ。今度はもっと明確に、遥か上空目掛けて。

『ホォ!』

 空に向けて放たれた光球に、たたりもっけは高度を上げて向かって行く。

「やっぱり!」

 遥か上空でたたりもっけが光球を食らったのを見て、真彩の疑念は確信に変わる。

 知能の高い異能生物。その中でも珍しい過剰個体とはいえ、基本的にはフクロウ。目の前に餌を用意すれば、意識はそちらに向く。

『ホォォォォ!』

 光球を飲み込んで再び真彩に向けて降下するたたりもっけ。しかし、今真彩は恐怖を突破する道しるべを得た。

「こっちだよ!」

 今度は斜め上に光球を放つ。予想通り、たたりもっけは標的を真彩から光球に移した。

「えい! えい!」

 続いて真横、斜め下へと、連続で光球を撃つ。誘導されるがまま、たたりもっけはどんどん高度を下げて光球を食らい続けた。

「これなら!」

 最後に真下に一発の光球を放つ。たたりもっけは旋回し、真彩の真下に移動した。

「っ!」

 そこで真彩は、光球を追うように自身も急降下を開始する。

 自分は幽霊、異能の塊。普通の人間には見えないし触れないが、異能を持つ者ならば見えるし、異能が強まれば触れる。

 自分を捕食しようとするたたりもっけは、当然自分に触れる。

 ならば、自分がたたりもっけに触れるのも当然のこと。

 真彩の狙いは、シンプルな体当たり。

 上空からたたりもっけ目掛けて体をぶつけ、地面に叩き落とそうという作戦だ。

 たたりもっけの能力は幽霊を集めて保存食にすること。戦闘向きの能力は無く、昨晩大地が手こずったのは『空を飛べる』という鳥の特性によるもの。

 どんなに大きくても鳥は鳥。飛ぶために体を軽くし、骨はスカスカで脆い。一撃当てれば勝てるのだと、真彩は大地に教わっていた。

 速度で上回られた以上難しいと思っていたが、光球で位置を誘導できるのならば、この通り簡単に狙いを定めることができる。

 あのたたりもっけが羽根の内側に内包した幽霊によって再生能力を持っていることは分かっているが、それも当然織り込み済み。一時的にでも動きを封じられれば、真彩は逃げて大地たちの元へ向かうことができる。

(あのビルの上なら……!)

 たたりもっけの高度はかなり低くなっており、人が見上げれば気付かれるだろう。

 幸いまだ騒ぎにはなっていないが、それもいつまで保つか分からない。

(この一発で!)

 渾身の光球。狙いは眼下のビルの屋上。そこは立ち入り禁止になって久しいであろう、手入れされている様子のないコンクリートだけの屋上。

 あそこなら人目につかない。叩き落とすには好都合だと思った。しかし、

『ホォ!』

「あっ⁉︎」

 素早く光球を捕食し、すぐに標的が真彩に戻ってしまう。飛行速度も反応速度も、先ほどより遥かに速い。

 たたりもっけは度重なる光球の捕食により、その速度を更に向上させていた。

「え、えい!」

 再びビルの屋上目掛けて光球を撃つが、たたりもっけはすぐに追い付いてそれを食べてしまう。

 そもそもこの光球は遅すぎる。真彩の最高速度よりも遅い。攻撃手段とするならば、自分よりも遅いものなど本来何の意味も持たない。

「だったら……!」

 そこで真彩は、イメージを変えた。

 通常、異能のエネルギーは直接撃ち出すようなことはしない。だから撃ち出す速度を上げることなどやれるか分からないし、やったところで意味は無い。

 でも今は、やらなければならない。

(もっと、もっと速いもの……!)

 真彩のイメージする速いもの。最初はピストルの弾丸のように小さなものを想像したが、あまり小さすぎては食べ応えが無くて標的が移らないかも知れない。

(大きくても、速いもの……!)

 真下に迫るたたりもっけ。これで失敗すれば、もう次弾を作る時間は無い。

「このカタチっ!」

 真彩がその手の中に形作った異能のエネルギー。それは、円錐形。

 無論、異能のエネルギーである光球には空気抵抗などというものは存在しない。どれだけ大きくても小さくても、速いかどうかはイメージの問題である。

 だからこそ、この形のものは速い。幼い真彩の拙い想像力でも分かる、最速の形。

 ロケットやミサイル、科学にも用いられる、速く飛ぶものの形。

「行ってぇ!」

 先程までの投げるフォームではなく、腕を引いて撃ち出すフォーム。

 放たれた異能は光の尾を引いて、たたりもっけの横を通り過ぎる。

『ホォ⁉︎』

 突如すれ違った異能のエネルギーに、たたりもっけは素早く身を翻して降下を始める。

 速く、速く、その力を食らおうと速く。

 しかし、追いつけない。

 真彩の放った光の円錐は、まるで流星のように夜空に一筋の光を描いた。

 そして、ビルの屋上のコンクリートに当たり、光が弾ける。

『ホォ……⁉︎』

 霧散した異能の光に動転したのか、はたまた光の欠片さえも食らおうとしたのかは分からないが、ともかくたたりもっけはビルの上で滞空した。そして、

「やあぁぁぁぁっ!」

 異能のエネルギーを撃ち出すと同時に急降下を始めていた真彩は、右足を伸ばして左足を折り、両腕でV字を作ってたたりもっけに迫る。

 記憶の彼方、生前にテレビで観ていた特撮ヒーローの必殺キックを真似て、たたりもっけの頭を蹴り飛ばす。

『ボォ……⁉︎』

 真彩の接近に気付いて身をよじろうとしたたたりもっけだが、遅い。

 降下の勢いままにたたりもっけを蹴り抜き、硬いコンクリートの屋上に打ち付ける。

「ぅ……!」

 足の裏を伝わってくる鈍い抵抗。生き物の骨が砕ける感触に、生前も生き物など殺めたことのない真彩は顔をしかめた。

 しかし、それでも、目論みは叶った。

 屋上に落とされたたたりもっけは、首がおかしな方向に曲がり、翼も折れて飛べなくなっている。

『ホ……ホォ……』

 言葉を発することもなく、虫の息の鳴き声だけをわずかに漏らすその姿に、真彩はようやく自分の勝利を理解した。

「やった……。やったよ……!」

 異能のエネルギーを放出し過ぎたのであろう、自身の存在が希薄になっているのが分かる。

 早くここから離れて、大地たちに合流しようと飛ぼうとする。が、異能が足りないせいか思うように飛べない。

「やったよ、お兄ちゃん……」

 とっくに止まっているはずの鼓動が早まる。疲労を感じないはずの体でありながら、緊張が解けると一気に疲れが襲ってくる。

 満身創痍の辛勝。しかし、確かに自分は勝った。勝てたのだ。

 お前が倒せ。大地の望みを、自分は成し遂げることができた。


 そして、そんな気の緩みを許すほど、子どもの機転で窮地を脱されるほど、異能とは甘く無い。


『ホォォ!』

「え?」

 背後から上がった奇声に振り向くと、体がズレた。

 周囲の風景は斜めに曲がって、首がおかしくなっているたたりもっけと、ぴったり目が合った。

「あ……れ?」

 真彩は、自分の上半身が落下していることに、頬が屋上のコンクリートに触れてから気付いた。

 左腕はあるが、右腕は肘の辺りから無い。

 視線を向け、隣で崩れ落ちた下半身が霧のように霧散したのを見て、ようやく自分が両断されたのだと理解した。

 ゴキン、という鈍い音と共に首を伸ばしたたたりもっけの、その嘴に自分の右腕が咥えられているのを見て、自分が背後から(ついば)まれたのだろうと想像した。

「い、やだ……。そんなの……」

 たたりもっけの嘴が自分の右腕を咀嚼し、飲み込んだのを見て、涙を流した。

 自分はもうすぐ、食われて消える。それが分かったから。

「こんなのって、ないよぉ……」

 もしも真彩がもう少し早く異能に触れていれば、結果は変わっただろう。

 たたりもっけが真彩の光球を捕食することで、その飛行速度だけでなく、再生のスピードまでも強化されている可能性に気付けていれば、屋上一瞬でも留まろうとはしなかったはずだから。

「いやだよぉ……!」

 コンクリートに左手を這わせ、何とか動こうとするが、体が思うように動かない。

 肉体の損傷が幽霊にどの程度影響するのかは本人にも分からないが、体が両断されたという事実と、体を構成する異能が断面から漏れる感覚が、真彩をその場に縫い付けた。

 ここで消えるのだという事実を、実感してしまった。

「……うそつき」

 抗いたい。消えたくない。心からそう思いながらも、無情にもその存在は希薄になっていく。

「うそつき……!」

 最後に思うのは、大地の顔。

 このまま消えるか、たたりもっけに食われるか。どちらにせよ、幽霊である真彩が消えれば、後には何も残らない。

 だからせめて、想いだけでも残そう。

 例え恨み言であっても、何も一つ残らないよりはマシだ。

「お兄ちゃんに、なってくれるって、言ったのに……!」

 うそつき、うそつきと、怨嗟の声を漏らす。

 でも、憎めなかった。

 いずれ消える自分に、一時でも安らぎを与えてくれた。

 あの優しい人を恨むなど、お門違いもいいところだ。

「……会いたいよ、お兄ちゃん」

 霞む意識と、薄れる体。

 力無く目を閉じた真彩は、最後に笑みを浮かべた。

 たった一日に、ありったけ注いでもらった親愛を噛みしめながら。

「……ありがとう」

 それが、幽霊の少女である蛍原真彩の、最後の言葉だった。

『ホォ……ォ……ァッ!』

 遠く残響するフクロウの鳴き声。

 自分の言葉を聞いた者がその場に居たことに気付かず、真彩は眠るように意識を手放した。

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