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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編33 恐怖の爪痕

「その力と引き換えに我々の仲間になる。それがあなたが大日異能軍と結んだ契約でしょう、矢嶋さん?」

「っ⁉︎」

 三人が声に振り向くと、腐敗女が間近まで迫っていた。

 大地が戦っているはずだった腐敗女は、戦闘の痕跡を一切残さない姿でそこにいた。

 そして、鬼女にかかり切りで大地側の様子を見ていなかった三人は、目を疑う。

「だ、大地君⁉︎」

 腐敗女の背後で、大地が地面に伏していた。

 異能は解かれ、傍にはリルもぐったりと横たわっている。

 大地は腐敗女に敗北し、倒れた。そう思い、八雲が吠える。

「お前、大地くんに……!」

 何をした、そう口にする前に、

「気安くあの方の名を呼ぶな!」

「⁉︎」

 川の水が跳ねるほどの怒声。突如表情を一変させた腐敗女に、一同は言葉を失う。

 憤怒の色に染めた表情から平静を取り戻すように、腐敗女は静かに瞑目する。

「……ダイチ。そう、あの方はダイチという名前ですのね」

 ふう、と長い息を吐き、あろうことか腐敗女は三人に背を向け、倒れた大地の方を振り返った。

 敵に背を向ける、戦場において有り得ない奇行だったが、三人は全く動けないでいた。

 大地を見る腐敗女の目が、異様だったからである。

「ダイチ様はご無事ですわ。あの方にワタクシ本来の能力は効きませんから、少し眠っていただいています」

 敵を見る目ではなく、むしろ逆。その顔からは、まるで長年追い求めた想い人を見るような、親愛の情が伺えた。

「あなたは、一体……?」

 この腐敗女は、大地と敵対していた筈だ。少なくとも大地の方はそのつもりでいた。

 しかし、八雲が鬼女と戦闘をしていた一時を境に腐敗女の心に何かしらの変化があった。

「ワタクシのことは、ダイチ様が分かっておられます。ええ、キチンとご理解されているはずですわ。だってワタクシとダイチ様のことですもの」

 明確な回答をせずに、腐敗女は言葉を濁した。

 その顔は内心の喜びを隠そうともせず、浮き足立っていると言ってもいい。

 腐敗臭を振り撒きながらその場でくるくるとターンし、一転、憂うように頰に手を当てて表情を曇らせた。

「とはいえ、物事には心の準備というものが必要です。ダイチ様にも、ワタクシにも。だから今回は、ここまでにさせていただきます。たたりもっけは好きになさってください。もともとワタクシ個人にとってはどうでもいい存在ですので」

 一同ににこりと笑みを向け、そんなことを言った。

「それに、あまりゆっくりしていると、この不愉快な視線の向こうから余計な方々まで現れてしまいそうですし。撤退させていただきますわ」

 そう言って腐敗女はスッと腕を上げ、空中に見えないカーテンを開くように優雅に腕を振るった。すると、

「っ⁉︎」

 瞠目する三人の目の前に、『闇』が広がった。

 腐敗女が開けた空間。縦二メートル、横一メートルほどの闇。こことは違うどこかへ繋がっている、出入り口。

「空間移動の、異能術⁉︎」

「そんなまさか……!」

 驚愕する三人を一瞥し、腐敗女は笑みを向けて闇の中に消える。

「待て!」

「ダメです、八雲ちゃん!」

 腐敗女を追おうとする八雲をネコメが制する。

「私たちはもう戦えません。引くというなら、引かせるべきです」

「でも……!」

 敵の撤退、それは本来なら阻止すべきことだが、今は状況が悪い。

 まともに戦える者は八雲一人。その八雲も、腐敗女とは明らかに相性が悪い。

 状況を理解し、八雲も足を止めた。

「それでは、ご機嫌よう」

 腐敗女はひらひらと手を振り、闇の端を持って開けていた空間を引き戻す。

 空間が閉じると、腐敗女の姿も闇の中に消えていく後には倒れ臥す大地と、微かな腐敗臭の残り香だけがあった。

「大地くん⁉︎」

 大地の元に八雲が駆け寄り、その呼吸と脈を確かめる。

「……大丈夫、本当に眠ってるだけみたい」

 八雲の声に安堵し、伊勢田とネコメの体から力が抜ける。

「生き残った、んだよな?」

 八雲が大地に肩を貸して起こす様子を見ながらドサっと地面に腰を落とし、伊勢田が呟く。霊官として数々の修羅場を生き延びてきた伊勢田だったが、今回の襲撃はそんな歴戦の猛者を持ってしてもギリギリのものだった。

「ええ。想定外の襲撃でしたが、収穫はありました」

 ネコメの言う収穫とは、勿論鬼女のことである。

 素人紛いとはいえ、大日異能軍のメンバーの一人を捕らえることができた。彼女から得られる情報は、恐らく大きい。

「って、のんびりしている場合ではありません! 真彩ちゃんは⁉︎」

 ネコメの言葉にハッとし、大地の体を手放す八雲。再び地面に落ちた大地を尻目に、慌てて先程真彩が飛んで行った方向を指差す。

「そ、そうだった! ネコメちゃん、あっちから何か聞こえる?」

 当初の目的であるたたりもっけと囮になった真彩の存在を思い出し、一同は再び緊張する。

 真彩とたたりもっけの姿が見えなくなって既に十分以上。手遅れになっていてもおかしくない時間である。

「え、えっと……」

 真彩の声を聞こうと耳を澄ますネコメ。

「ああ、それともう一つ」

 しかし、その耳が捉えたのは、まったく違う声だった。

「っ⁉︎」

 三人は声と、背後に現れた腐敗臭に再び振り向く。

 大地の倒れていた場所とは真逆。ネコメたちの背後に、小窓のような闇がぽっかりと開いていた。

 小窓から覗く半分腐った顔と、伸びる腐った腕。

「こういうの、この国の諺にありましたよね。えっと、確か……」

 伸びた腕は倒れていた鬼女の頭を掴み、その力により腐食が進む。

「い……いやぁぁぁぁぁ⁉︎」

 ぐじゅぐじゅと、ドロドロと、鬼女の顔が腐敗に侵され、耐え難い悪臭を撒き散らしながらその顔が崩れていく。

「いや、こんなの、聞いてな……助け……!」

 顔の肉が腐り落ち、骨が剥き出しになる。発声器官はすぐに使い物にならなくなり、断末魔の声さえ途絶える。

 止めることも助けることも間に合わず、あっという間に、鬼女の顔は崩れ落ちた。

「そうそう。死人に口無し、ですわよね」

 腐食は頭部に留まらず、腐敗女が手を離した後もその体を侵す。

 首から肩、体にまで侵食し、肉が腐ってドロリと地面を汚す。

「それでは今度こそ、ご機嫌よう」

 小窓の闇は閉じ、白骨化した鬼女の遺体を残して、今度こそ腐敗女はその姿を消した。

 四人の異能者を相手に傷一つ負うことなく、未知の脅威はネコメたちの心に深い爪痕を残していった。

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