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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編32 鬼の拳

お久しぶりです。

長らく間が空いてしまいましたが、また投稿を再開します。

今編完結までは毎日更新します。

 ボクシング。その起源は古代ギリシャにまで遡るとされ、世界で最も古い格闘技の一つである。

 固く握った拳、ボックスで打ち合う、殴りの競技。

 本来人間の拳というのは手首の可動により柔軟性が高く、相手に触れる瞬間に力が逃げる。対してボクシングの(ボックス)は指を丁寧に折り曲げ、バンテージで作った芯を握りにして固める。不思議なことにそのように握られた拳は、手首が曲がらず力が逃げない。

 すなわちボクシングの拳とは、肘から先を硬い一本の棒に仕上げたもの。殴るというより、突くに近い。

(下段を狙う。さっきの大地くんみたいに……!)

 先ほど大地が行ったように、ボクシングは下段が弱点である。肘から先が棍棒になった状態では、足元は非常に殴りづらいからだ。

 対して八雲の戦闘スタイルは、蜘蛛を模す。両手を地面に付き、地を伏せて這う。

 鬼女にとって絡新婦の異能混じりである東雲八雲は、この上なく戦い難い相手である。

「伊勢田さん、続けて!」

「おう!」

 伊勢田はイチイとネコメの元まで後退しながら、鬼女に向けて異能術による牽制を続ける。

 本来伊勢田の異能術、空間固定は直接攻撃に使う異能術ではない。

 広い射程を持つ空間固定は相手の体をその場に固定するのに使い、固定した箇所に強化した身体能力で物理攻撃を加えるのが、本来の伊勢田の戦闘スタイルである。

 例えば肩や膝などのバネになる部分を固定されると、可動部分に力が乗らない為、人も異能生物も本来の筋力を発揮できない。

 今伊勢田がそれをしないのは、鬼女の筋力が並外れているからである。

 肩や膝を固定しても、鬼女は無理矢理拘束のための固定を破壊してしまう。重機のような馬力で暴れる鬼女が相手では、今の満身創痍とも言える伊勢田が近づいたところで、即座に蹂躙されるのは目に見えていた。

 しかしそれも、伊勢田と鬼女が一対一の場合である。

「シッ!」

 河川敷の背の低い草をかき分け、八雲は鬼女に肉迫する。そして、大地のアドバイス通りに、鬼女の足をローキックで狙う。

「バカの一つ覚えかよ!」

 当然、鬼女も素人ではない。大地が八雲にアドバイスしたのは聞こえていたし、八雲はイチイの護衛をしながら大地と鬼女の戦いを見ていた。足元を狙ってくることは容易に想像できる。しかし、

「っ⁉︎」

「バカじゃないんだなあ、生憎!」

 跳んで後退しようとした鬼女の右足が、伊勢田の異能術で地面に固定される。

 伊勢田の異能術は目に見えず、伊勢田本人でさえ『多分そこら辺』という程度にしか場所を把握することができない。その上一度発動させたが最後、壊されるか込められた異能が霧散して自然消滅するまでその場に留まり続ける。

 つまり、体を固定されても、動くまでは気付けない。

「しゃらくせえ!」

「遅いよ!」

 後退の勢いのまま固定を壊そうとする鬼女だが、それを破壊するまでの僅かなタイムラグは、素早い八雲にとっては十分過ぎる隙となる。

 固定されていない左足をローキックで払い、体勢を崩した鬼女の腹部に、低い姿勢から跳ね上がりながら、掌底に構えた両手を叩き込む。

 腕の力と膝の屈伸運動と併用した掌撃。ボクシングでいうカエルパンチの形で放たれた両手の掌底は、八雲の筋力と膝のバネ、そして鬼女の自重と倒れる力がプラスされ、鬼女の体をくの字に折り曲げた。

「っがぁ⁉︎」

 膝を折って地面に吐瀉し、えずく鬼女。しかし、倒れない。

「痛っいなもう! 腹筋までバッキバキだよ」

 攻撃を成功させた八雲だが、鬼女の腹部のあまりの硬さに手を痺れさせた。

「この、くらいで……!」

 足を震わせながらも鬼女は立ち上がり、こみ上げてくる吐き気を飲み込んで八雲を見据える。右足を前に、体を反らせ、構えをとる。

 掌底突きというのは体の内側に衝撃を与え、臓器などにダメージを与える技。今のは常人が相手ならば致命傷にもなり得る一撃で、鬼女の体にも軽くないダメージを与えたが、その体を守る筋肉に衝撃はかなり妨げられた。

「散れぇ!」

 振りかぶり、未だ腕の痺れが取れない八雲に向けて放つ、渾身の右ストレート。

 鬼に比肩する筋力によって放たれる拳。防御しても意味がないことは、先ほどの大地との一戦を見ていた八雲にはすぐに分かった。

「……恨まないでね」

 だから八雲は守らず、ほんの僅かに足を伸ばした。

 鬼女の拳に力が乗り、体重が後方の左足から前方の右足に移動したタイミングを見計らい、足を蹴る。

「⁉︎」

 力というのは、真正面から受け止めなければ、簡単にその方向を逸らすことができる。

 鬼女の体重は右足を通して地面に向いており、今八雲は真下に向かう力に対して、真横から蹴りを入れた。

 体重を支えるために折り曲げられていた膝は一瞬真っ直ぐに伸ばされ、掛けられていた体重と拳に乗っていた重さが、足に力の奔流を起こす。

 ゴキンッ!

 鈍い音が鬼女の膝から響き、関節が本来曲がらない方向に捻れる。

 折れた骨が皮膚を突き破って右足から飛び出し、血の赤に彩られた不気味な白を覗かせる。

 力の逃げた拳が宙を舞い、そのまま鬼女は崩れ落ちた。

「ぎっあぁぁぁぁぁ⁉︎」

 自分の足の惨状を目にし、鬼女は激しく取り乱す。

「いやだ! なんで、こんな、あたしの足を……⁉︎」

「…………」

 自分の蹴りによって引き起こされた惨劇に、八雲は僅かに目を細めた。

 八雲が行った技は、通称関節蹴り。競技としての格闘技の世界でなら、使った者は永久追放されてもおかしくないほどに危険な技である。

 体重を乗せた膝に正面から蹴りを入れるだけの簡単な技だが、その効果は絶大。

 行き場を失った自重と拳の重さで膝が破壊され、そこを通る神経や靭帯にも大きなダメージを与える。

 それは単純な怪我ではなく、完治不可能な後遺症を残す。すなわち、競技者ならば選手生命を諦めなければならないほどの重症である。

 力が乗っていれば乗っているほど、強ければ強いほど、自分の体重と力によって体が壊れる。カウンターというにもあまりに残酷な技。

「……鬼の筋力なら膝は折れて、そこより下は粉砕骨折してると思うよ。靭帯も切れてるから、多分もう杖なしでは歩けないね」

 それでも八雲は、鬼女に同情したりはしない。

 これほどの破壊をもたらす力ならば、先程のパンチを受けていた場合、八雲は間違いなく絶命していたからだ。

 殺すつもりで攻撃しておきながら、殺される覚悟の無い相手。そんな相手に、八雲は情を持ったりしない。

「ふ、ざけ……! あたしの、足っ!」

「足の一本で騒ぐな! ネコメちゃんは両腕が……!」

「八雲ちゃん」

 激昂する八雲を、ネコメがそっと制する。伊勢田に支えられながら立ち上がり、八雲の元まで歩み寄る。二人の顔は、負傷とは無関係に仄暗い。

 無残に破壊された足を見て、年長者である伊勢田が代表し、諭すように口を開く。

「お嬢ちゃん、異能の戦いは命懸けのやり取りだ。素人が首突っ込めば怪我をする。その足は、授業料だと思いな」

 憎々しげな顔で睨む鬼女を見下ろし、三人は同じことを思っていた。

 この子はまだ異能と遭って日が浅い。初心者であると。

 鬼女は、鬼と比肩する力を持ちながら、戦い方が人間のそれだった。ボクシングという人間のスポーツを用いて、それ以外を一切使おうとしない。否、使えない様子だった。

 ボクシングを使う異能者ではなく、異能者にされたボクサー。そんな印象を受けた。

 だから八雲も大地もボクシングの弱点を突くことができ、鬼女は競技者としての欠点により敗北した。

 決して訓練された異能者ではない。異能者になって三ヶ月に満たない大地よりも、まだ未熟な者だ。

「事情は支部で聞かせてもらいます。内容によっては、その足も治療できるかもしれません」

 何か事情がある。そう思ったネコメは、そんな提案をした。

「な⁉︎」

 ネコメの言葉に鬼女は目を見開き、次いでその表情が揺らいだ。

 自分の足はもうダメだ。この怪我は完治しない。直感的にそのことを理解していた鬼女にとって、それは朗報だった。

「ほ、本当か……?」

 その顔には、明らかな歓喜があった。

 やはり、とネコメは確信する。

 この少女は矜恃や信念で大日本帝国異能軍に加担していたわけではない、と。

 様子からして脅迫ではないであろうが、交渉か誘惑、何らかの策略によって大日本帝国異能軍に使われていただけだ。

 それならば説き伏せることができる。

 大日本帝国異能軍から抜けさせることも可能だと、そう思った矢先、

「ダメですよ、そんなこと。それは契約違反です」

 未知の脅威は、そんなことを許しはしなかった。

自分の力の至らなさのため、構成に時間を要してしまいました。

ブックマークを外さずにいてくれた方、本当にありがとうございます

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