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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編30 腐乱の半身

「ネコメ、ちゃん……?」

 背後で八雲が、俺が最も聴きたくなかった名前を口走る。

 腐敗女が投げ捨てた手。

 見間違える筈もない。それは異能具を装備したままの、ネコメの腕だ。

「あちらの方でお二人とも倒れていますよ。ゆっくりたっぷり撫でさせて頂いたので、もう人間の形をしているのは、最初に落としたその腕だけですけど」

 笑いながらそんなことを言う腐敗女。その声は、本当に愉しそうだ。

「う……うあぁぁぁぁぁ!」

「落ち着け八雲!」

 真紅の瞳を揺らし、半狂乱になって駆け出そうとする八雲を、声と視線で制する。敵から目を離すのは危険だが、八雲が向こう見ずに突っ走る方がリスクが大きい。

「惑わされるな! ネコメの匂いも伊勢田さんの匂いも残ってる! コイツの言う事が本当なら、腐敗臭で匂いが掻き消されてる筈だ!」

「っ!」

 そうだ。どれだけ言葉で惑わそうとしても、ウェアウルフの嗅覚は誤魔化されない。

 俺たちを惑わすために腕を拾ってきたのだろうが、ネコメの匂いも伊勢田さんの匂いも、腐敗臭が混ざってはいるが、まだ確かに感じられる。

 それも、こっちに向かって動いている。

「俺のハウルか鬼女の悲鳴か知らねえが、それを聞きつけて援護に来たんだろ。二人を放ってな」

 とはいえ、匂いで分かる二人の足取りは、遅い。

 恐らくこの腐敗女と戦闘になり、大きなダメージを受けたんだ。腕を落とされるほどの。

 特にネコメは近接戦闘を得意とするスタイル。触れるだけで腐らせる異能なんてのは最悪の相性だ。

「……いいお鼻ですね。それに報告通り、頭も回るようです。不要な戦闘と殺生は禁じられているのですが、貴方は放っておくと厄介なことになりそうです」

 言いながら外套に手をかける腐敗女に、俺はピンと来た。コイツの発言からは、鬼女同様に貴重な情報が得られる。

「語るに落ちたな。嗅覚はともかく、俺の頭がどうこうなんてのはテメエらが知り得る情報じゃねぇぞ」

「……?」

「誰から聞いたんだって言ったんだよ。俺の頭が回るなんて話」

「っ⁉︎」

 俺と大日異能軍の接触は、藤宮の事件でのほんの一時だけ。藤宮が大日異能軍に見限られる前に俺のことを話したのかとも思ったが、それにしてはコイツらは俺のことを知らなすぎる。

 鬼女は俺を『生きた異能生物との異能混じり』というだけで、その異能生物が北欧神話の神狼フェンリルの末裔であることには一切触れなかった。

 藤宮は俺を、俺とリルの持つフェンリルの能力を欲しがっていた。フェンリルの異能結晶を作るために。

 しかしフェンリルの異能結晶は、さっき鬼女が言っていた情報によれば『失敗作』に当たる。つまり、藤宮と大日異能軍の間には、異能結晶に対する認識の乖離があるってことだ。異能軍に対して藤宮がフェンリルのことをわざわざ言わないのも納得できる。

 にも関わらず、嗅覚や頭の回転といった俺の上っ面のスペックは知らされていた。

 あまり考えたくないことだが、ここから導き出される答えは一つ。

「内通者がいるんだな。恐らく、異能専科か霊官の中に!」

 俺が生きた異能生物との異能混じりであるということは、霊官は元より異能専科で少しでも俺と関わりがある人間なら誰でも知っている。

 対して、フェンリルという異能の正体を知る者はそうはいない。

 俺に近過ぎず遠過ぎない、そんな絶妙な位置にいる人間が、大日異能軍に情報を流しているんだ。

「……ダメですね。この人は危険すぎます」

「お、おい、命令じゃ殺すなって……!」

 制止しようとする鬼女に、腐敗女は左手を眼前まで迫らせて逆に動きを止めさせる。

「簡単に負けた役立たずが、ワタクシに意見しないでください。足の筋を痛めてるようですし、耳もおかしいのでしょう? 戦えないなら黙って見ていてください」

 そう言って腐敗女は、外套を脱ぎ捨てた。

 突如強烈に臭う腐敗臭。

 おぞましいその姿に、俺はもちろん、背後で八雲も息を呑んだのが分かる。

 服装は鬼女よりも軽装。下着や水着ほどしか布面積の無い地味な色の胸当てとパンツ、それと布で編まれた足袋のような形状の靴だけだ。

 体の特徴としては長い金髪に、透き通るような青い瞳。豊満な胸は俺が今まで目にした誰のものよりも大きく、惜しみ無く晒している手足もギリシャの彫刻のように美しい。日本人には見えないな。

 顔立ちも美しく整っており、背が小さいというのに、まるで絵画から抜け出たように完璧な美貌を誇っている。

 しかしそれは、全て体の右半分に限った話だ。

 腐敗女が笑みを浮かべると、顔の左側が()()()

 青紫色の肌は熟れた果物のようにぐちゃぐちゃ。表面を血やリンパ液が濡らし、臭いを嗅ぎつけた蝿が卵を産みつけに集り出した。

 腐敗女は、体の左側の全てが、()()()()()

「そ、その体は……⁉︎」

 あまりの衝撃に声を震わせると、腐敗女は不快そうに口をへの字に曲げる。

「女性の体をそんなに凝視するなんて、本当に不躾な方ですね。神に呪われたこの体が、そんなに面白いですか?」

「神に、呪われた……?」

 コイツの体は、明らかに普通じゃない。異能者の肉体が変質するのはよくあることだが、こんなのは異常だ。

 触ったものを腐らせるのではなく、腐った肉体が伝播していたってことらしいが、それだけではなく腐敗女の体は、()()()()()()()

 グジュグジュになった左目がドロリと液状化して地面に落ちる。すると、虚になった目の奥から新しい目が出てきて、それもすぐに腐る。

 腐敗と再生を永遠に繰り返す半身。

 こんな異能があるのか?

「皮膚も骨も内臓も、ドロドロに腐らせて差し上げますよ」

 ゆらりと体を脱力させ、直後、腐敗女が動いた。

 構えることも走ることもせず、ただゆっくりと歩く。

 腐った肉がべちゃりと地面を汚し、耐え難い悪臭を撒き散らしながら。

「ワタクシと同じようにね」

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