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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編27 手管

 動かない遠野さんを庇う八雲。俺は八雲の前に立ち、川を背にして敵を睨む。

「アンタの話は聞いてるよ、大神大地だよね?」

 ニタリと笑うそいつは、敵意を剥き出しにして俺たちを舐めるように見据える。

 フードの下から現れた顔は、女。それも俺たちと大差ない年頃に見える。

 赤っ茶けたボサボサの短髪に気の強そうなツリ目。

 外套を脱いで地面に放ると、下は部屋着のように露出の多い黒のタンクトップと短パン姿。足は裸足。

 野生児という表現がぴったりの、そんな女だった。

 外套を脱いでようやく匂いを感じられたが、そんなことよりも注目すべき点がある。

 両手と、額。

 額にはぐにゃりと歪んだ角が一本。両手は膝から手首にかけてトゲのある赤い甲羅のようなもので覆われており、握られた拳にも硬い手甲のようなものがある。

「テメェ、鬼か?」

 どう見ても人体を構成するものには見えないが、異能具と違って体の一部に見える。

「あれは『鬼成り』。人間が鬼になりかけている姿だよ……」

 女の代わりに背後からかけられる八雲の説明を聞き、俺は納得する。

 鬼とは人の異能。人間が異能を取り込みすぎた、言わば過剰個体のような状態だ。

 人と鬼の境界線があるとして、カブトムシのように一気に完全変体するとは考え難い。

 鬼に成りかけの人間、鬼成りか。

「八雲、遠野さんを守ってやってくれ。敵がコイツ一人とは限らない」

 遠野さんはまだ生きている。それは当然喜ばしいことだが、状況は最悪に近い。

 味方に負傷者が出ることは、場合によっては死者が出るよりも被害が増える。

 敵が健在で味方が負傷すれば、まず第一に負傷者を救命する役。第二に直接敵と対峙する役。そして第三に、負傷者と救命役を他の敵から守る護衛役が必要になる。

 敵がこの目の前の女一人とは限らない。むしろ遠野さんが居ると分かった時点でこちらの戦力は把握されているはずだ。ならば集団で襲って来ていると考えるのが妥当だろう。

 俺たちの現状で救命は困難。ならば八雲には遠野さんの護衛役をしてもらい、俺が速攻でコイツを倒して遠野さんを病院に連れて行く。それが一番だろう。

「ふーん、案外頭回るんだね。察しの通り、アタシは一人じゃないよ。他にも仲間がいる」

「テメェは口が回るみたいだな。敵にそんな余計なこと教えて何になるんだよ?」

 これは、悪くないぞ。

 こっちの考えをあっさり肯定。この鬼女は口が軽いのかもしれない。

 人数や能力といった情報は隠すのが定石。図星を突かれたからとあっさりと頷くなんてのは愚の骨頂だ。

「勘違いしないで欲しいんだけど、アタシは何もアンタ達とやり合うために来たんじゃないんだよ? 異能者同士で戦うのはアタシ達の望むところじゃないし、上もそういうのはなるべく禁止してる」

 予想通り、口が軽いぞ。

 無論こんな奴の言うことを鵜呑みにするつもりは無いが、ここは話を伸ばして出来る限り情報を引き出してやる。

「アタシ達ってのは、大日本帝国異能軍のこと言ってんのか? 確かに、俺達を殺したいなら先月の山ん中でとっくに殺してるわな」

「そーいうこと。あとその呼び方長いから、アタシらは大日異能軍って呼んでるよ」

「呼び方なんざどうでもいいだろ。それで、戦う気が無いんなら、お前は何しに来たんだ?」

 ここからが正念場だ。出来る限りの情報、大日異能軍の目的を聞いておきたい。

「たたりもっけを見逃して欲しいんだよ。せっかくアタシらが育てたのに、殺されちゃ今までの苦労が水の泡。ただでさえもう五匹も殺されちゃってるんだから、残りは回収させて貰わないと」

 いいぞ。段々と聞きたいことが聞けてきた。

「だ、大地くん……」

「……分かるだろ、八雲。アイツに戦う気が無いなら、俺たちは無理に戦う必要はない。分かってくれ」

 振り向き、片目で不自然にまばたきを繰り返す。八雲ならこれで俺に意図があって話を引き伸ばしていると通じるはずだ。

「う、うん……」

 遠野さんを庇う素振りを見せながら、一瞬指で丸を作る。了解のサインだ。

「話を戻すぜ。わざわざたたりもっけの過剰個体を作って、お前らは何がしたい? まさか幽霊が怖いから数を減らそうとした、なんて言わねえよな?」

「たたりもっけの能力で幽霊を集めたかったんだよ。幽霊ってのは純粋な異能の塊だから、根こそぎ捕まえて材料にするの」

「材料? なんのだ?」

「異能結晶。妖蟲集めるよりずっと効率いいし、純粋だから余計な能力も付かない。知ってる? 異能結晶の材料は異能者でも妖蟲でもなんでもいいんだけど、元にした異能の能力が発現しちゃうの。だから幽霊みたいな純粋な異能じゃないと、本来の使い方ができない」

「っ⁉︎」

 これは、とんでもない情報が出てきたぞ。

 異能結晶は藤宮が創り出した危険な異能具。その力は異能の資質に関わらず異能者を作り出すものだと思っていたが、それは本来の使い方じゃないってことか?

「い、異能結晶ってのは普通の人間を異能者にするもんだろ? それが……」

「それは不純物を取り除けなかった失敗作の話だよ。本当は元の異能を取り除いて純粋な異能の力そのものを物質化したもの。そんなもの異能混じりが使ったら、二つの異能の拒否反応でぶっ壊れちまうよ」

 そこで鬼女は俺から視線を外し、八雲を見る。

「ああ、アンタが使った時のは例外。絡新婦の異能混じりが絡新婦の異能結晶使ったら、本来の使い方と同じ効果が出る。でもそれじゃ使い勝手が悪いから、純粋な異能結晶を作りたいの」

「そうか……よく分かった」

 充分だ。値千金、役に立つ情報が山ほど貰えた。

 異能結晶の材料。異能結晶の使い方。

 これだけ知ってるのだから、コイツはもっと知っている。

「たたりもっけを見逃せば、俺たちは戦わないで済むんだよな。そのために色々教えてくれてありがとう。余計な戦いをしたくないのは俺も同じだ」

 笑い、両手を空に向けて友好をアピールする。戦う意思は無いと印象付けるために。

「? 分かってくれたならいいよ。さっさと病院に連れていかないと、遠野イチイが死んじゃうから」

 何か釈然としないという感じだが、鬼女は俺の言葉に頷いてくれた。

(こいつ、バカだ)

 口だけじゃなくもう少し頭が回れば、俺の態度の変わり方に違和感を覚えたはずだ。

 遠野さんの安全だけでは足りない。俺が引き下がる理由が分からない、と。

「ああ。俺たちは何も見てない。あのたたりもっけがどこに行こうと、見えないし聞こえない」

 ちょっとわざとらしいが、目を瞑って耳を塞ぐ。背後から俺たちの様子を見ている八雲にだけ伝わるように、頭の横に当てた手の指でサインを送りながら。

 サインは単純。指で五を作ってから側頭部を何度か挟む。

(五秒後に、耳を塞げ)

 ネコメから昨日のアレを聞いていたなら、これで伝わる。

「あっははは! キミの耳は頭の上じゃないか」

「ああ、そうだったな。ところで、アンタは遠野さんのことを心配してくれるのか?」

「当然だろう。優秀な異能者を殺すなんて怒られるよ。まあ仕方のない場合なら、仕方ないけど」

(このヤロウ……!)

 仕方ないで、人を殺すってのかよ。

「そうか。それじゃあ……」

 瞬時に、異能を強める。

 二回目だから昨日よりもスムーズだ。

 ひと息で肺を膨張させ、振り返って八雲がサイン通り耳を塞いでいるのを確認してから、吠える。

神狼咆哮(リル・ハウル)ッ!)

「ァオオオオオオオオッ!」

 流れる川の水音を掻き消し、周囲を震わせる爆音。

 土手の草が揺れ、水面には波まで立った。

「っ⁉︎」

 当然、鬼女はこの奇襲に対応できていない。

 真正面からモロに俺のハウルを浴び、慌てて耳を塞いだのは耳の穴から血が吹き出してからだった。

「あとの聞きたいことは、テメェを叩きのめしてから教えてもらうぜ!」

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