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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
171/246

小さな幽霊編26 誤算

「マズいな……」

 霊官中部支部の支部長室に緊張した声が響く。

 声の主、小早川オサムは手で覆っていた両目から片方の手だけを外し、支部長である柳沢アルトに向き直る。

「遠野イチイがやられた。生きてはいるみたいだが、昏睡状態だ。このままだとたたりもっけに逃亡を許す」

 オサムの口から告げられた状況にアルトは歯噛みし、諏訪彩芽は目を見開いた。

「あのイチイがやられたって、相手は何物よ⁉︎ イチイは川の中じゃなかったの⁉︎」

 この中で遠野イチイの強さを一番理解しているのは、他ならない彩芽自身である。

 共に御三家の息女として生まれ、歳も一つ違い。幼い頃から周囲の期待を背負い、その実力を比べられることも多かった。

 その異能の特性から、水に関することを除いてほとんどは彩芽の方が良い結果を残してきたこともあり、イチイは彩芽のことを強烈にライバル視していた。

 嫉妬も憎悪も、尊敬も友好も、彩芽はイチイから感じていた。

 幼馴染みで、自分に比肩し得る稀有な存在。

 だから彩芽もまた、油断していた。

 川の付近でイチイが味方なら、万に一つも失敗は有り得ないと。

「川の水に何か入れられたようだ。症状は呼吸困難と、毒素による痙攣。即時戦線復帰は不可能、それどころか、毒の正体と解毒方法を見つけないと命に関わるぞ」

 端的に解説しながらも、オサムは決して見失わないように己の眷属を通して河川敷の状況を見届ける。

 片目だけの視界にはフードを脱いだ『敵』と、それと対峙する大地と八雲の姿があった。

「……報告にあった服装と一致する。大日本帝国異能軍だ。フードを脱いだ途端に見えた。感知系の感覚器官だけでなく、僕の目のような異能による干渉を全て阻害する外套のようだな」

「っ!」

 オサムの言葉を聞き、彩芽は即座に動こうとした。

 車椅子を反転させ、それを押していた少年を置き去りにして、一も二もなく現場に駆け付けようとした。

「行ってはいけません! 戦闘にも救命にも、ここからでは間に合わない!」

 中部支部が偽装しているビルは駅近くの繁華街。大地たちのように徒歩ならば現場への最短距離をナビゲーションすることは可能だが、車椅子の彩芽ではどうしても車での移動になる。それでは何も間に合わないと、アルトは判断した。

「君はすぐに病院へ向かってください。河川敷へは救急車と、すぐに動ける霊官を何名か手配します。オサム、君が援護に向かうことは可能か?」

 幹部で武闘派でもあるオサムが行けるのならそれが一番だったのだが、オサムは片目を塞いだままゆっくり首を振った。

「難しいな。監視の目が疎かになればたたりもっけを逃すことになるし、戦闘用の子たちは連れていない。監視用に放っている子だけじゃ、戦力としてはいないのと同じだ」

「となると、すぐに向かえる戦闘向きの霊官は……」

 アルトはしばし記憶を辿り、心当たりのある何名かの顔を思い浮かべる。

「上原君の店はこの近くだったな。それと、雪村君は?」

「ヘビ姐は大丈夫ですけど、ましろはあと二週間くらい連絡つかないと思います。叶と悟志は明日まで県外だし……」

 霊官は常に人手不足。事の発端となった大地の霊官資格交付も、事件に対応できる人材が不足していたから行われた緊急措置だ。当然、中部地方が管理する九つの県内にはそれなりに人数はいるが、今すぐここに来られる者など片手の指で数えられる程だろう。

「いざとなれば、私自ら行くしかないか……」

「バカなことを言うな!」

 沈痛な面持ちで発せられたアルトの提案だが、即座にオサムが否定する。

「支部長に万一のことがあれば、それは国の危機にもなり得るんだぞ! 自分の価値を計り違えるな!」

 声を荒げるオサムに、アルトは「分かっている……」と返すだけだった。

 無論、支部長であるアルトは異能者としての実力も一級品だ。

 その役職に求められるのが人間関係での立ち回りや他支部との交渉であるが故に軽視されがちだが、霊官にとって戦闘能力は前提条件の一つ。アルトが河川敷に赴けば戦力になるのは間違いない。

 しかし、アルトは日本に八人しかいない支部長の一人。軽々に戦場にでていい人物ではないし、そこでの負傷や、命を落とすなどもってのほか。

 アルトが倒れるということは、すなわち中部支部が落ちるということ。 

 異能の砦の一つが崩壊すれば、そこから算出される被害は想像もつかない。

 場合によっては、アルトの命は支部の霊官全員よりも重い。能力も実力も不明な相手に対して切るには、支部長というのはリスクが大き過ぎるカードなのだ。

 例え大地たち全員を見殺しにしてでも、動かせないほどに。

「俺が……」

 アルトと彩芽が方々に連絡を飛ばす中、成り行きを見守っていた少年が口を開く。

「俺が行くのは、ダメっすか?」

 連絡のために操作していたケータイから顔を上げ、彩芽は少年の顔を見る。

 ほんの数日、たった数日の間稽古をつけてやった少年は、夏休み前とは違った面構えをしていた。

 もともと確固たる信念も無くフラフラしていた彼は、数ヶ月前に己の信じていた薄っぺらいプライドを壊された。

 危うく、どこか気の抜けた彼には、あるときを境に特別な存在ができた。

 そこから彼は、強くなった。

 心が強くなり、人として一回り大きくなった。

 彩芽はその心の成長に合わせて、彼の異能をちょっとシゴいてやったに過ぎない。

 そして彼は、こんなに頼れるようになった。

「……いつかの借り、まだアイツに返してないんでしょ?」

 少年は頷き、笑う。

 和やかとは言えない、どちらかと言えば凶悪な笑みで。

「行ってきなさい。今度はアンタが、アイツを助けてやるのよ」

「ウッス!」

 不遜な返事と共に、少年は身を翻す。

 支部長室の窓、換気用の僅かにしか開かないそれを開け、狭い隙間に無理矢理体をねじ込んで、飛び降りる。

「おい、ここ何階だと……⁉︎」

 驚愕し、窓に駆け寄ったオサム。その半分の視界には、ビルの外壁を蹴って駆ける少年の姿が映った。

 ビルを蹴り、落下の勢いをそのままに少し低い隣のビルの屋根に跳び移る。

 屋根から屋根への移動を繰り返し、少年の姿はあっという間に見えなくなった。

「……若いな。羨ましいとは思わないが」

 侮蔑を込めた言葉を最後に、オサムは再び両目を塞いだ。

「アルトさん、私は病院に行きます」

「ああ。上原君には僕から連絡しておくよ」

 いそいそと頭を下げ、彩芽は車椅子を反転させて支部長室を出る。

「間に合ってよね……」

 幼馴染みを憂いながら、後輩たちを案じながら、彩芽は病院に向かった。

 部屋に残されたアルトとオサムは、各々のやるべきことを続ける。

 手当たり次第、方々に連絡を取り付け、すぐに駆けつけることのできる霊官を探すアルト。

「……おい、マズいぞ」

「何がだい、オサム?」

 オサムが漏らす緊迫した声。今度は片目も視界を戻さずに、オサムは震える唇から声を漏らす。

「敵は、二人いる……!」

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