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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編23 奔走

「走るのかよ!」

 たたりもっけ発見場所への移動手段。それは車でも電車でもなく、自走。

 各々が異能を発現して自力で走るという、何とも原始的な移動方法だった。

 足音もなく先頭を疾駆するのはネコメと、空を飛べる真彩。そのすぐ後ろを地面に手を付いて這うように走る八雲。一見走り辛そうだが、蜘蛛の異能混じりとしてはあれが一番速いらしい。

 東北支部の二人は俺より少し後ろにいるが、遅れることなくついて来ているのが匂いで分かる。

「もっと専用の車とか用意してくれてもいいだろ!」

「仕方ないでしょ。あたしたちじゃ運転できないし、車よりも走った方が小回りが利くし、結局一番速いもん」

 そうかなぁ?

 ホントにそうかなぁ⁉︎

 仮に速かったとしても、これじゃたたりもっけと戦う前にスタミナ尽きてへばっちまいそうだけど。

「にしても、よくこんな人のいない道ばっかり通れるもんだな……」

 公園を出てから数分、俺たちは誰ともすれ違っていない。

 夜といってもそれほど遅い時間ではないし、この辺はまだ駅の周辺。人っ子ひとりいないなんて考えられない。

「人払いの異能術とかか?」

「さすがにこんな大規模で人目を無くす異能術なんて無理だよ。ネコメちゃんのスマホにマップが届いてるの」

 先頭を走るネコメは手に持ったスマホを見ながら皆を先導してくれている。歩きスマホ、もとい走りスマホだが、そんなことを咎めている場合ではないのはさすがに分かる。

「マップって、人のいない道が分かるのか?」

 確かに、目的地への最短距離を走っているというよりは、多少入り組んだルートを通って人目につかないようにしているっぽい。

 衛星写真のように、市内を俯瞰して人のいない道を教えてくれているってことか?

「幹部の方の能力です。その人は町中に常に多くの使い魔を監視カメラの様に放っていて、今は人のいない道とたたりもっけの位置を把握してくれているんです」

 町中に使い魔とは、大仰だな。一体どれほどの数の使い魔を使役しているんだ。

「そんな人がいるなら、真彩を使って誘き出さなくてもたたりもっけを探せるんじゃないのか? 今もどこにいるか分かるんだろ?」

「その人の能力は鳥の異能と相性が悪いんです。場所も大まかなもので、細かい位置までは分かりません」

 少しペースを上げてネコメの隣に並び、手の中のスマホを見せてもらう。

 画面の地図には俺たちが通るべきルートが複雑な道順で表示されており、その先に赤く色付けされた丸いエリアがある。

 この赤いエリア内にたたりもっけがいるのだろうが、広い。

 周辺にある畑なんかと比べても、恐らく半径二キロ以上。市内をしらみつぶしに捜索するよりは楽だろうが、それでも結構大変そうだぞ。

「この丸の中のどっかってことか?」

「はい。移動する姿を捉えれば随時場所を送信してくれます」

「……嫌な場所だな」

 赤い丸が示す場所は、俺にとって嫌な思い出のある場所のすぐ近くだった。

「ああ、この河川敷でしたね……」

 そう、ネコメがスマホを持つ親指で撫でる画面に表示されている場所は、河川敷。

 そこは奇しくも、俺がリルと出会って異能混じりになった、あの河川敷だ。

 出会いの、運命の場所とでも言えば聞こえはいいが、ここで俺は妖蟲に手足を食われて危うく死にかけた。トラウマスポットだ。

「おい、河川敷と聞こえたが、たたりもっけの周囲に河川があるのか?」

 苦い思い出を記憶の彼方に閉じ込めていると、並走する俺とネコメの隣に後ろから追い上げて来た遠野さんが並んで問いかけてくる。

「ああ、デカくて長い川ですよ。それがどうかしましたか?」

 俺の答えに遠野さんはニヤリと笑い、すぐ上を飛ぶ真彩に向かって声を張る。

「真彩さん、たたりもっけを発見したら、川の付近まで誘導して欲しい。できるか?」

「は、はい、大丈夫です」

 素直に頷く真彩。作戦の説明もまだなのに、何を勝手に真彩に指示を出してるんだこの人は。

「ちょっと、作戦の主導は俺ですよ」

「飛行する相手に対して有効な作戦は限られる。大方待ち伏せをメインにした作戦だろう?」

「そ、そうですけど……」

 遠野さんの言う通り、今回の作戦は待ち伏せだ。

 索敵の得意な俺とネコメが真彩を連れてたたりもっけを誘導し、八雲の罠にかけて仕留める。

 最も確実な作戦がこれだと思ったのだ。

「いい作戦だ。というより、他に無いと言うべきか。私が同じ立場でも似たような作戦を立案するだろう」

 遠野さんは俺の作戦では不満なのかと思ったが、そうではないらしい。

 ただ一つ、その作戦に要求をしてきただけだった。

「作戦はそのままでいい。私の待ち伏せ場所を川の中にしてくれればな」

「か、川の中⁉︎」

 川の中って、水中ってことか?

 確かに水中なら待ち伏せで最も重要な『隠れ場所』には困らない。姿どころか匂いも、流水の音によってこちらの音も掻き消える。これ以上無い最高の待ち伏せスポットと言えるだろう。

 無論、人間が水中で活動できればの話だが。

「いやいやいや、水の中でどうやって待ち伏せするんですか? 待ち伏せって言っても一分や二分じゃないんですよ?」

 魚のようなエラでもあればともかく、肺で空気を取り込む人間が水中で呼吸できるはずない。できたとしても、水の中で陸上生物がまともに動ける訳ない。

 俺の至極当然なツッコミに、遠野さんはスッと目を閉じた。

「……大神君、キミが知っている最も強い異能者は誰だ?」

「はあ?」

 強い異能者って、戦闘能力の話か?

 異能者の能力は単純な力では測れない。

 例えば、筋力という意味では俺はかなりのものだと自負しているが、ネコメは動物の異能に対してワイルドカードとも言える優位性を持っている。

 隕石のような巨大な石をイメージしたところで、ジャンケンではパーに勝てないんだ。

 しかし、それでも『一番強い異能者』は誰だと聞かれれば、俺の中には三人ほど候補が浮かぶ。

 それは無論、諏訪彩芽と烏丸叶と雪村ましろ。生徒会の三人だ。

 実のところまともに戦うところを見たことはないが、それでもやはりあの三人は別格だと思う。

「私の知る限り、この中部支部で最も強い異能者は、腹立たしいことだが諏訪彩芽だ。あの憎たらしい女は、恐らく日本でも五本の指に入る。それは他の支部でも共通の認識だろう」

 言葉の端々に諏訪先輩への怨恨が見え隠れする。遠野さんに何かしたのかな、あの人。敵が増えそうな性格してるのは分かるけど。

「じゃあやっぱり諏訪先輩ですね。俺はあの人が負ける様子なんて想像できませんし」

 俺の返答に満足したように、遠野さんは目を閉じたまま頷いた。

「だろうな。私もあの女には散々辛酸を舐めさせられてきた」

 やっぱり何かされたんだな。あの人いつか背中から刺されるんじゃないかと思ったが、あの人の後ろには常に烏丸先輩がいるから無理だな。

 呆れる俺の前で、あろうことか遠野さんは、ワイシャツのボタンを外し始めた。

「おっ!」

「おっ、じゃありません!」

 突然降って湧いたサービスシーンに目を見開くと、横からネコメに怒られた。

 いや、仕方ないじゃん。いきなりこんなとこで服脱がれたら、そりゃ見るって。

 俺の視線など意に介した様子もなく、遠野さんはどんどんボタンを外していく。

 半分ほどボタンを外したところで目に入ったのは、紺色の地に極彩色の差し色が入った、生地の多い下着。かと思ったら、それは水泳選手なんかが着る競泳水着だった。

 なんでワイシャツの下にそんなものを、と思ったのも束の間、遠野さんはスカートまでも器用に脱ぎ、ワイシャツとまとめて後ろを走っていた伊勢田さんに放り投げた。

「覚えておけ、大神君。確かにあの女は強いが……」

 そして、次の瞬間、ずっと閉じられていた目を開けると、

「私は水の中なら、あの女より強い」

 その瞳は、黒目が両生類のように縦に割れた、空色の瞳に変わっていた。

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