小さな幽霊編22 合同任務開始
荷物を駅のコインロッカーに預けてから人通りの多い駅前を離れ、移動して来たのは駅から程近い公園。
駅近くの公園なんて夜でもそれなりに人が居そうなものだが、好都合なことにこの駅東口側は区画整理を行っていて人通りが少ない。
まあ行っていると言うか、ずっとやっている。
それこそ俺が生まれる前からずっと道を広げる工事をやっていて、未だに完成の目処が立っていない。サグラダ・ファミリアかよ。
「あなた、いくら何でも非常識じゃありませんか?」
「すいま……うぇっぷ!」
出会って二秒でトイレに駆け込むという暴挙を行った俺に厳しい叱咤の声が飛ぶ。
未だに残る喉の違和感をコンビニで買った水で流し、こみ上げてくる不快感と一人格闘すること数分。ようやく落ち着いた頃には、俺はすっかり白い目で見られていた。東北支部の女だけではなく、身内であるネコメと八雲にまで。
「お兄さん、大丈夫?」
「ああ、ありがとう、真彩……」
なんかここ最近俺に優しいのは真彩だけな気がするな。気のせいだと思いたいけど。
「つーか、ごめんな、真彩……」
「ごめんって、何が?」
何を謝られているのか分からずキョトンとする真彩。本心から俺のことを心配してくれる、こんな天使のような子に、俺はあんなグロいものの加工品を……
「うっぷ!」
再びこみ上げてくる吐き気。俺は一体一人で何と戦っているんだ。
「……大地君、私が離れた一瞬の間に何があったんですか?」
「いやー、それは聞かないであげてよ、ネコメちゃん」
訝しげなネコメと、呆れとバカを見る目と僅かな優しさが絶妙に混ざった八雲の表情。他人事だと思いやがってコンチクショウ。
「あっはっは! ニイちゃん面白いね。初対面でゲロ吐かれたのは初めてだよ!」
青い顔をする俺を見て笑っているのは、天パにグラサンという胡散臭いスーツ姿の男だけだ。
「オラは伊勢田勝之助。青森出身で、東北支部所属の霊官だ」
くいっとサングラスを上げながら男はそう名乗った。大分矯正してくれているが、言葉の端々に津軽弁のイントネーションが残っている独特の話し方だ。青森出身というのは嘘ではないだろう。
年上っぽい伊勢田さんが先に名乗ったのもあり、横の女は俺に対する苛立ちが収まっていないながらも、嘆息気味に名乗った。
「岩手出身、東北支部所属の霊官、遠野イチイです。一応異能専科下北半島校の生徒会長をさせてもらっています」
その名乗りと肩書きに、俺たちは少なからず動揺した。
下北半島と言えば、青森県の霊峰、国内有数の異能場でもある『恐山』のある場所だ。
東北支部の前身は岩手と青森の共同戦線。同じ県内で揉めた諏訪と烏丸とは違い、土地の代表を青森、異能者の代表を岩手に定めたのが霊官発足前の東北支部。
その土地の代表が恐山なのは正直言って予想通りだが、その名前も衝撃だ。
遠野、彼女は遠野の名乗った。
諏訪先輩に聞いた話によれば、岩手の代表である遠野は異能の名家。御三家まで言われてる家だ。
つまりこの人は、諏訪先輩と同格の大物ってことになる。
「お、お会いできて光栄です、遠野さん。私は中部支部の霊官、猫柳瞳と申します」
敬礼し、緊張を誤魔化しながらまずはネコメが名乗る。
「元中部支部所属霊官、東雲八雲です」
「中部支部霊官……見習い、大神大地です」
続けて俺と八雲も名乗るが、どうにも肩書きが弱い。弱過ぎる。
「それと、俺……自分の相棒のリルと、保護している幽霊の真彩です」
制服姿に変身している真彩を促し、俺の隣でペコリと頭を下げる。
「ほ、蛍原真彩です」
足元でお座りしているリルと隣を浮いている真彩を見て、東北支部の二人は明らかに怪訝な顔になった。異能専科の制服姿の幽霊なんて初めて見ただろうし、狼を相棒と称する異能者も初めてだろうから、仕方ないが。
「えっと、その犬の異能生物はあなたの使い魔か何か?」
「言った通り、リルは相棒ですよ。それに犬じゃなくて狼です。俺は生きた異能生物と混じった異能混じりなんです」
今度は二人ともはっきりと驚いた表情を見せた。伊勢田さんなんかはグラサンなのに目を見開いているのが分かるほどに。
二人は霊官未満の俺の言葉を信じ切れないのか、この中で唯一正規の霊官であるネコメに視線で真偽を問いかけた。
「彼の言っていることは本当です。極めて特殊な例ではありますが、前例が無い訳では無いのはご存知と思います」
肯定するネコメに遠野さんは口を引き結び、伊勢田さんは手を叩いて笑い出した。
「はははっ! こりゃ驚いた。まさかそんな特例中の特例と一緒に任務に当たることになるとはね。いやいや、頼もしいじゃないの」
俺のことを受け入れてくれている様子の伊勢田さんだが、やっぱりどうにも胡散臭いんだよな、この人。
「それで、そっちの幽霊が今回の任務の囮ということでよろしいですか? 子どもの幽霊はたたりもっけの最も好む餌ですし、適任と思います」
予想していたことだが、遠野さんは真彩に対する扱いがぞんざいだ。
これから協力して任務に向かう訳だし、あまり懐疑心を植え付けるのは控えたいのだが、これは最初にはっきひさせておかなければいけないな。
「半分正解です。真彩は協力者ではありますが、囮なんて扱いをするつもりはない。俺は真彩の身の安全も確保した上で、たたりもっけを討伐するつもりです」
二人は今度は、違った反応を見せた。
遠野さんはキョトンとし、伊勢田さんは先ほどとは打って変わって俺を値踏みするような視線を向けてくる。
「正気ですか? 幽霊の身の安全なんかを、どうして任務に……」
「遠野さん、幽霊ではなくこの子は真彩です。今ちゃんと名乗ったでしょう?」
食い気味で重ねられた言葉に、遠野さんは不快そうに眉間にシワを寄せた。
できるだけ友好的に話を進めたいところだが、ここは引けない。絶対に引くわけにはいかない。
「真彩の身の安全は最優先です。たたりもっけを引き付けるという最も危険な役をやらせるのだから、当然ですよね」
「幽霊の安全など考慮していては、」
「真彩だ。幽霊なんて一括りにするな」
敬語を取っ払って語調を強めると、遠野さんは不承不承といった感じで言い直した。
「真彩さんの安全を考慮していては、討伐任務に支障が出る可能性があります。あなたはまだ理解しきれていないのかも知れませんが、霊官は既に亡くなっている方に重きを置くような考え方をしていません」
「その考え方は近いうちに改めることになると思いますよ。いや、今日あんたが自分で改めるかも知れない」
俺の含みを持たせた言い方に、苛立ち半分、不可解半分といった感じで遠野さんは押し黙る。俺の言い方はムカつくが、関係を荒立てたくないのはやはり向こうも同じらしい。
「それに、今回の討伐は俺が主導で行うことになっています。聞いていませんか?」
畳み掛けるように重ねると、遠野さんは小さく頷いた。
「中部支部主導とは聞いていますが、まさかそれが正規の霊官資格も持たない方だとは思いませんでした」
「必要なのは肩書きよりも実力だと思いませんか? 俺は確かに正規の資格はまだ持ってないし、異能と出会ってから日も浅い。でも、それなりに濃い経験を積んでいるつもりですよ」
「……ああ!」
俺の反論に反応したのは、遠野さんではなく伊勢田さんの方だった。
手を打って何度もしきりに頷き、遠野さんに笑いかける。
「イチイちゃん、彼だよ彼、大神大地君」
サングラスをズラしてしげしげと俺を見回し、とびきり人の良さそうな笑みを浮かべる。
「聞いた覚えのある名前だと思ったが、君がそうか。異能混じりになって数日で新種の鬼の討伐。藤宮の悪事を暴いたパーティーの一人で、逮捕の立役者だって聞いてるよ」
「そりゃ、どうも」
どうやら俺の名前や戦績は霊官の一部では共有されているらしい。
俺は見ず知らずの人間に名前を知られているということを気分良く思うタイプではないが、これはこの場では有利に働きそうだ。
藤宮の事件、特に先月の一件は、本来なら霊官のみで特別編成部隊を組織して解決を目指すレベルの事件。俺はそう聞かされていた。
それほどの事件を数人で解決に導いた立役者。そんな風に伝わっているのか。まあ実際は大量の始末書を書かされることになった独断専行だったんだけど。
「遠野さん、伊勢田さん、作戦の指揮を俺が執るということで、納得していただけますか?」
虚勢の余裕を笑みという形で表す俺に、伊勢田さんは大仰に、遠野さんは渋々といった感じで頷く。
「それじゃあ、作戦の概要を説明させてもらいます」
続けて口を開こうとした瞬間、ブリーフィングを遮るようなタイミングで二つの着信音が鳴り響いた。
ネコメのケータイと、伊勢田さんのケータイ。
このタイミングで同時に着信。偶然のはずがない。
「失礼します」
「失礼するね」
胡散臭い伊勢田さんはともかく、ネコメは人の話の最中に電話に出たりしない。よっぽどの急務か、その場の話に関係のある電話でない限り。
やっぱりというか何というか、短い通話を終えた二人は真剣な顔だ。
「ウチの支部長からだ。猫柳さんも、同じ内容だよね?」
「はい。我々の合流の確認と、即時行動を開始せよと」
行動開始。俺たちが動くよりも先に、見つかったってことか。
「中部支部幹部の能力でたたりもっけの姿を捉えました。今すぐ移動して、これを討伐します」
「作戦の説明は、移動しながらにしますか」
こうして、俺にとって初めての他支部と合同の任務が始まった。
ところで、移動するって、車とかは?




