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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編21 真彩の成長

 時刻は夜八時半。駅の東側の出口で、俺たちは間もなく到着する予定の東北支部の霊官を待っていた。

 メンバーは俺とケージの中のリル、ネコメと八雲、そして今回のキーパーソンである真彩だ。

 服装は制服。夏休み中ということもあって少々目立つが、駅前に複数人で集まっていても不自然ではない。

「それで、どんな奴らが来るんだ?」

 新幹線の到着時間はもうすぐ。初めて会う中部支部以外の霊官ということもあり、俺は若干ソワソワしている。

「私も東北支部所属の霊官ということしか聞いていません。任務の内容が内容ですから、多分戦闘に長けた方がいらっしゃるとは思いますけど……」

「まあ急造のパーティーでこなす任務だから、性格とかよりも個別の能力を重視してるだろうね」

「そりゃまあ、急ごしらえのメンバーでチームワークも何もあったもんじゃねえだろうしな」

 俺たちだけならともかく、能力も分からない初対面の相手では連携なんて取れっこない。

 そんなことは東北支部も分かってるだろうし、個人でそれなりに戦える奴が来る筈だ。

「大地くんの方は大丈夫なの? 真彩ちゃんに何か特訓したんでしょ?」

「おいおい、それを聞くか八雲? 切り札は取っておくものだろう?」

 八雲の問い掛けに俺は思わずニヤニヤしてしまう。

 真彩の特訓、俺たちの切り札は、完璧に仕上がっている。

 正直言ってここまで読みが当たるとは思ってもいなかったほど完璧にである。

 チラリと目配せすると、俺たちよりちょっと上に浮いている真彩は自信満々に平らな胸を張ってドヤ顔を見せてくれた。頼もしい限りだ。

「上手くいってるなら良いけど、」

「そんなに言うなら仕方ないか。真彩、ちょっと見せてやろうぜ」

 切り札は取っておくものだが、手の内を知っている方が動き易いのもまた事実。見ておきたいなら仕方ないな。

「真彩、見せてやれ!」

 ニヤリと笑いながら頭上の真彩を指差す。

「ハイ!」

 俺たちの前にポーズを決めて降り立った真彩は、なんと!

「え?」

「はい?」

 ネコメや八雲と同じスカートとワイシャツ。異能専科の制服姿になっていた。

 今の今まで真彩は出会った時と同じ、夏っぽくない私服姿をしていたはずなのにである。

「……えっと、どうして?」

「昨日オヤジに言われて、真彩が履いてた靴を消したんだよ。靴が消せるなら、服も消せる。消せるなら出すこともできるだろうと思ったら、これが大正解。しかもイメージすればこの通り、どんな格好もできる」

 次いで真彩は男子の制服、つまり俺と同じ格好に変身する。それだけではなく、帰宅時間ということもあって駅前を歩いている人は多いので、目についた人を適当に指差すとすぐにその人と同じ格好になってくれる。

 このとんでもない技を目にしておきながら、あろうことか八雲はジト目で俺を睥睨してくる。

「いや、どうやってじゃなくて、どうしてって聞いてるんだけど? 大地くんが小さい女の子に色んな格好させて楽しんでるって認識でおけ?」

「おけ、な訳あるか! この凄さが分からねえのかよ⁉︎」

 これだけで伝わると思ったが、全く伝わっていない。

 八雲は俺を変質者を見るような目で見てくるし、ネコメも「それが何なんですか?」的な感じで困り顔を浮かべている。本当に元を含めて霊官って連中は幽霊に対する認識が甘すぎる。

「あのな、幽霊ってのは意思を保った異能の力そのものだろ? その幽霊の衣服ってのも、つまりは異能だ。それを自由に変えられるってことは……」

 そこまで言ってようやく二人はハッと息を飲んだ。俺と真彩の実験の意味がやっと伝わったらしい。

「だ、大地君、それに自力で気付いたんですか?」

 わなわなと震え、ネコメは口元を覆う。この結果の規格外の成果、その有用性に驚きを隠せない様子だ。

「ああ、ヒントは沢山あったからな。まず幽霊になるような人間は、元々異能の資質が高いってのがポイントだ。異能の資質、才能に恵まれていた人間が、幽霊になることで何物よりも異能そのものに近い存在になる」

 それはつまり、肉体という()()()を取っ払って異能の純度を上げることに等しい。

 ネコメや八雲のような異能混じりより、

 諏訪先輩や烏丸先輩のような異能使いより、

 マシュマロのような半異能より、

 俺のような異能の純度を上げられる例外より、

 真彩は誰よりも、遥かに異能そのものに近い。

 そして、服装を変えるということは、自身の異能を操るということ。

 意思を持った異能の力が、その意思で自らの異能をコントロールできる。

「津波や火山の噴火に、そういう自然のエネルギーに意思があったらどうなる? 意思を持ってその力を振るったら、どんな脅威になる?」

 自然のエネルギーは平等だ。

 その恩恵も災害も、自然に平等に訪れるから、有り難くて恐ろしい。

 異能の力そのものは、自然のエネルギーに近い。

「真彩は意思を持ってエネルギーそのもの。誰よりも才能があって誰よりも可能性を秘めた、そんな異能者にもなれるんだよ」

 俺の宣言に、二人は慄いた。

 当然だ。これは新しい脅威、幽霊に対する考え方を根幹から揺るがすほどの情報だからな。

 だからこれは、ある意味賭けだ。

 この結果で幽霊が、真彩が危険だと判断されれば、問答無用で消されかねない。

 でも、これで真彩が優秀だと、霊官にも引けを取らない存在だと認識されれば、結果はきっといい方向に転ぶ。

 だから今は、あえて戯けて見せる。二人には真彩に対して危機意識なんて持って欲しくないからな。

「とは言っても、まだ真彩にはほとんど力は無い。服装変えるくらいが関の山だ。なあ、真彩」

「うん」

 頷く真彩に、二人は僅かに表情を緩めた。警戒心を解いた訳じゃ無いだろうが、一度和解した相手にあからさまな敵対心を向けるような奴らじゃない。

 俺が今後とも、真彩のことをしっかり監督すれば、それで丸く収まる筈だ。

 見計ったようなタイミングでネコメのケータイが震え、表示されたメッセージに声を上げる。

「東北支部の方々が到着されたみたいですよ」

「お、来たか……」

 まずは一緒に任務に当たる奴らにキチンと説明しないとな。

 真彩を本気で餌扱いするような奴らなら、こっちも相応の対応をさせて貰うとしよう。

「えっと、今改札を出られたみたいですね」

 ケータイと睨めっこしながら先頭を歩き出すネコメを追いかけると、

『ねえ、大地くん』

「ッ⁉︎」

 左耳の耳元で、八雲の声が聞こえた。

 バッと振り返るが、八雲の口は動いていない。

 声が聞こえたのは左耳だけで、右耳では何も聞こえなかった。つまり八雲は普通に発声していない。

『声出さないで。ネコメちゃん耳がいいから聞かれちゃう』

 ジッと目を凝らすと、閉じられている八雲の口元に何か光る物が見えた。これは、糸だな。

 八雲の口元から伸びる糸は俺の側頭部、左耳に向かっている。

 これは多分、以前見せられた糸を使った盗聴の応用。

 口内から伸ばした糸にだけ声の振動を伝え、糸の先に声を届ける。糸電話と同じ原理の技だ。

 小声で話しても耳のいいネコメには聞かれてしまう。つまり八雲は、ネコメには聞かれたくない話をしようとしているってことだ。

『真彩ちゃんの服が変わるのって、技術だけじゃ無理だよね? 真彩ちゃんに、何かしたでしょ?』

 鋭いな、八雲は。

 異能の力そのものである真彩が異能を使う。それはつまり、その力を自ら消費するということに他ならない。

 異能術という技術を身につけたところで、いずれ力が枯渇して、恐らくは消えてしまう。

 妖蟲やたたりもっけに食われるように。

「…………」

 コクリと頷くと、八雲は僅かに顔をしかめた。

『……何か食べさせたんでしょ? 多分、リルちゃんの』

 これも頷く。大正解だ。

 真彩が異能を使うことは、身を削ることと等しい。真彩自身の力を使い過ぎないようにするためには、外部から異能を、異能を含んだものを摂取させるのが一番だ。

 正確にはそれを食わせたら真彩の力、存在感のようなものが増していることに気付いて、この方法を思いついたんだがな。

『リルちゃんのオヤツ、あのクッキーだよね?』

「……そうだ」

 ネコメが十分離れたことを確認してから、念のため小声で肯定する。

『……他のもの用意してあげた方がいいよ』

「やっぱり、危険なのか?」

 懸念はあった。

 アレは異能生物のオヤツ、異能を含んだクッキー。

 俺の異能を暴走させるためにアレをたらふく食ったリルは、力が漲るような感じになっていた。

 栄養の過剰摂取。過剰個体になったたたりもっけのように、真彩自身が異能を取り込み過ぎることで、何か悪い影響が出るのではないかと。

 だからこそありったけ食わせるような真似はしなかったし、その力の増加も随時観察していたつもりだ。

 しかし、八雲の懸念は全く別のところにあった。


『ちゃんと教えてもらわなかったんだね。あのクッキーの主成分、妖蟲だよ』


 そんな重大なカミングアウトを受けた。

「え?」

 目をパチクリさせて、口をあんぐりと開ける。

『当然キチンと精製されてるし、確かにこの辺りには虫食べる文化があるみたいだけど、やっぱり真彩ちゃんも知ったら嫌がると思うし……』

 あれ、妖蟲でできてるの?

 リルはそんなもの美味そうに食って、味が薄いから真彩は美味しくないって言ってたけど俺が食わせちゃって……。

 ていうか、俺も昨日食べちゃってるんですけど?

「ぉんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 喉を抑え、絶叫する。

 通行人が何事かと注目してくるが、知ったこっちゃない。

 吐きたい。今すぐ胃の中身を全部ぶちまけたい。

 昨日のことだし、もうとっくに消化吸収されちまってるんだろうけど、これは精神衛生上の問題だ。

「おえっうっぷっ!」

 喉の奥に思いっきり指を突っ込んだところで、

「何の騒ぎですか⁉︎」

 戻ってきたネコメに叱られた。

 ネコメの背後には一組の男女。スーツ姿の胡散臭い男と、異能専科の制服を着た背の高い女がいる。

「ぇ……こめ……!」

 よだれを垂らしながら涙目でえずく俺を見て目を丸くする二人とネコメ、キョトンとする真彩とドン引きした顔で口元を覆う八雲。

「ちょ……ごめ……!」

 全員を置き去りにして、俺は人波をかき分けて走り出した。

 駅横にある公衆トイレを目指して。

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