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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編20 集う者

 日の長い夏の空も薄暗くなる午後七時。埼玉県の大宮駅を出発する新幹線に一組の男女が乗り込んだ。

 搭乗時間は出発ギリギリで、自由席は既に満員。二人は仕方なく多くない荷物を背負ったまま車両の連結部分にあるトイレの前に陣取った。

「はあ、なんでオラたちの移動が自由席なのかねぇ? グリーン車とは言わないけど、せめて指定席くらい取ってくれてもいいと思うんだけど」

 ゲンナリした顔で文句を言うのは、スーツ姿の男。

 中肉中背で頭は黒髪の天然パーマ。新幹線の車内だというのに丸いサングラスをかけている。見るからに胡散臭い男だ。

「急なことだったんです、仕方ないでしょう。この時期は学生の夏休みで、新幹線の乗車率は高いんですから」

 嗜めるのは身長が百七十以上ある細身の女。少女と女性の中間の未成年。

 どこかの学校の制服と思しきスカートとワイシャツ。ボブカットの黒い髪は定規を引いたかのようにピッチリと揃えられており、シャープな顔立ちから高圧的に見える。

「真面目なのはイチイちゃんのいいとこだけど、もうちっと文句言っても良いと思うよ? 上の連中は下の事なんてなーんも考えてねえんだから」

「……伊勢田さん、私は一応あなたより先輩です。ちゃん付けはやめてください」

 伊勢田勝之助と遠野イチイ。東北支部に所属する霊官である。

 厳しい面持ちで諌めてくるイチイに、勝之助は飄々とした態度で肩を竦め、思い出したようにポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。

「支部長から連絡来てるよ。トンネル入る前で良かったね」

 二人が乗り込んだのは長野新幹線あさま。盆地である長野に着くまでの間はトンネルが多く、基本的に電波は届きづらい。

「……なんで私ではなく伊勢田さんに連絡が行くんですか?」

「だってイチイちゃんガラケーでしょ。仕事では使いやすいスマホの方が良いと思うよ?」

 文句を言いながらも勝之助がひらひらと見せてくる液晶画面を覗き込み、イチイはピクッと眉を吊り上げた。

「現地協力者主導で任務を遂行……。たたりもっけは我々の管轄なのに、中部支部は随分と横柄ですね」

 メッセージアプリで送られてきた任務の内容に釈然としないものを感じたイチイだが、勝之助は再び肩を竦めてヘラヘラと笑う。

「まあこっちの監督不行届ってことにもなり得るし、上同士でも揉めてるんじゃないかな。良かったよ、オラはヒラの霊官で」

 気楽なことを言う勝之助に対し、イチイは眉間にシワを寄せて歯噛みした。

「伊勢田さん、あなた真面目にやる気があるんですか?」

「もちろんあるよ? たたりもっけはオラの地元の妖怪だし、よそ様に任せる気なんか無い無い」

「じゃあさっき買ったその本は何ですか?」

 ビシッと指差されたのは、先程乗り換えの際に買った本。長野の観光ガイドブックである。

「いやー、この時間からじゃどうしたって泊まりでしょ? せっかくだから観光くらいしないと勿体ないじゃない」

「私たちは任務で行くんですよ⁉︎ そんな浮ついた気持ちで……」

「長野って何が有名なのかな? 蕎麦とかあるのは知ってるけど……」

 憤るイチイを無視して勝之助はガイドブックを開く。目ぼしい店の紹介ページの端を折り、すっかり観光気分だ。

「長野なんて別に何もないでしょう! 田舎ですよ田舎!」

 仮にも長野に向かう新幹線の中でこの暴言。勝之助は席に座れなくて良かったと思ってしまった。

「そんなこと言ったら青森(うち)岩手(そっち)も都会じゃないよ。まあ岩手は中の下の三十位で、青森の二十位は中の上。それに比べたら長野なんて十位だから上位よ? あんまり失礼なこと言うもんじゃ……」

「都道府県魅力度ランキングは関係無いでしょう!」

 東北支部は日本の異能を統治する組織、霊官が誕生するよりも前から強大な勢力を誇っており、異能の御三家の一つでもある岩手の遠野家、すなわちイチイの家は、諏訪家と並ぶ異能の名家。

 諏訪家は長く同郷の烏丸家と争っていたが、青森と岩手はかつての異能の勢力争いの際に隣県同士で敵対することを愚策と考え、早々に手を結んだ。

 名家である遠野家が筆頭とはなったが、拠点になったのは全国有数の強力な異能場を有する青森である。

 諏訪家と烏丸家ほど血生臭いものではないが、その関係は子孫たちに僅かなしこりを残した。

 早い話、遠野家の次期当主と目されている遠野イチイは、地元にコンプレックスがある。

「何よ、何で長野が十位なのよ……。長野なんて蕎麦しか無いじゃないの……。蕎麦なんてコンビニでも売ってるわ……」

 ブツブツと恨み言を漏らし、ついには親指の爪を噛みだしたイチイに、勝之助は開いたガイドブックの写真を見せつける。

「あと『おやき』って郷土料理が有名みたいだよ。でも駅の周りには有名なお店無いみたいだな……」

「……海の無い内陸の料理はイモ臭いのよ。海産物なら負けないわ……」

「信州サーモンって鮭の改良種が有名みたいだね。あとは川魚にキノコと……おっと、この国の味噌の二大メーカーは両方とも長野だ。こりゃ味噌を使う料理は全部長野のものと言っても過言じゃ……」

「長野の回し者かお前は!」

 客席にまで聞こえたのではないかと思う程の金切り声。

 コンプレックスを刺激されたイチイは、『目』に出てしまった。

 縦に割れた空色の目。人間のものとは明らかに違うその瞳は、異形の証。

 自分の目が変わったことに気付いたイチイは慌てて目を覆おうとするが、勝之助はその手を取って顔を寄せる。そして、サングラスの奥の瞳を弓形に細め、低い声色で告げる。

「……そうそう、それで良いんだよ。これから命のやり取りしようって時に真面目の皮被ってちゃ、示しがつかない」

 バッと手を振り払うイチイ。感情によって異能が漏れやすい体質とは言え、簡単に挑発に乗ってしまったことを恥じているらしい。

「初対面の相手に舐められないようにするには、どれだけ第一印象でこっちがイカれてるかを植え付けられるかだよ」

 口元は笑っているのに、その瞳は全く笑っていない。

 そんな勝之助を頼もしく思い、同時に恐ろしくも感じるイチイもまた、縦に割れた目で笑った。

 遠野イチイと、伊勢田勝之助。

 東北支部随一の、武闘派霊官である。

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