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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編19 思惑

「どういうつもりだ、柳沢」

 市内某所、大手企業の支社に偽装されたビルディングの最上階。霊官中部支部の支部長室に、怪訝な声が響く。

 声を掛けたのは背の高い痩せ過ぎの男。支部長の柳沢アルトは通話を終えたばかりのノートパソコンを畳み、椅子に体を預けて男に向けて含みを持たせた笑みを向ける。

「何がだい、オサム?」

「……僕はお前のその顔が嫌いだ。こっちの考えが分かっていながら問いで返すその人間性も嫌いだ。お前のタバコも嫌いだし夏でもキッチリ着込むスーツとか真面目そうなメガネとか全部嫌悪しかない。もう本当に嫌いだ。お前の全てが嫌いだ」

「嫌われ過ぎじゃないかな⁉︎」

 支部長であるアルトに対して嫌いを連呼し嫌悪を露わにするのは、痩身痩躯の不健康そうな体をシワだらけのワイシャツで包み、長い髪で目線を隠した猫背の男。

 中部支部幹部の一人、小早川オサム。性格は根暗で、大の人間嫌いである。

「……なんでガキの出す条件なんか飲んだと聞いているんだ。大神というのは生意気なガキだと聞いた。これで増長すればまた更に生意気に拍車が掛かって、やがて手に負えないほど調子に乗ったガキになる。ああ、嫌いだ」

「よくそこまで会ったことのない人を嫌えるね。尊敬するよ」

 苦笑いを浮かべるアルトに対し、オサムは下唇を突き出してチンパンジーのように馬鹿にした顔をする。

「軽々しく尊敬なんて言葉を使うな。思ってもいないことを口から吐き出す、その軽薄さも嫌いだ」

「……僕はオサムに何かしたかな? お互いのことを大して知らないと思うんだけど?」

「知ったら余計に嫌いになる。人間なんてお互いに知らない方が幸せなんだよ」

 吐き捨てるオサムにアルトは頬をひくつかせた。さすがにイライラしてきたらしい。

「小早川さん、あまり私の後輩の悪口を言わないでくれるかしら?」

 二人のやり取りに割って入ったのは、制服姿の少年に車椅子を押してもらいながら支部長室に入ってきた少女。

 異能専科鬼無里校の生徒会長にして中部支部の準幹部、諏訪彩芽である。

 彩芽はにっこりと笑い、オサムに向かって思いっきり中指を立てて見せた。

「その死神みたいな顔で後輩のことを悪く言われると呪いのように感じます。黙りやがらないと張り倒しますよ?」

「諏訪の姫巫女……。相変わらず口も性格も悪い、ツラと才能だけで成り上がった女。ガキのくせに幹部の僕とまるで対等のような口を聞く。ああ、嫌いだ」

「良かった、好かれてなくて。それと顔のことは可愛いって褒めてくれたのかしら? だとしたら気味悪くて夢に出そうです」

「今日のお供は烏丸じゃないんだな。女というのはケータイを買い換える感覚でコロコロと男を変える。その若さでビッチとは救い難いな」

「叶も彼もそういう関係ではありませんし、それってセクハラですよ。自分は三十過ぎて結婚はおろか彼女も出来たことないからって人のことやっかむのはやめて下さいな。まあ、あなたの趣味に付き合える奇特な女性なんてのは徳川埋蔵金より探すのが難しいと思いますけど」

「……アバズレ」

「あんだと、童貞死神?」

 前髪の隙間から侮蔑の視線を向けるオサムと、笑顔の仮面を外して嫌悪を剥き出しにする彩芽。

 彩芽の車椅子を押していた少年は、二人の怒気に当てられて本気で帰りたくなった。

「その辺にしなさい」

 一触即発、今にも異能を使ってケンカを始めそうな二人をアルトはピシャリと一喝する。

「彩芽君、目上の人間を敬わないのは感心しないよ。オサムもすぐ人に毒を吐く癖を治さないと、いずれ一人きりになってしまうよ」

 この二人が本気で暴れたら支部長室がめちゃくちゃになる。そう思ったアルトは強めに部下二人を嗜めた。

「すみませんでした」

 スッと頭を下げた彩芽とは対照的に、オサムは露骨に嫌な顔をする。

「一生一人で充分だ。僕は誰にも頼らないし、それだけの強さがあるつもりだよ」

「オサム……」

 彼の言うことは決して強がりではない。

 中部支部幹部という立場のオサムは異能者として折り紙付きの実力者である。が、いかんせん性格に難があり過ぎる。

 単独の任務が多い上に人に合わせることを極端に嫌うせいで、仲間と呼べる者は霊官内に一人もいない。オマケにその能力の奇特さも相まって、霊官の中にも彼と一緒に仕事をしたがる人間はいない。

「僕のことは今はどうでもいいだろ。大神ってガキの話だ」

 全く自分の態度を改めるつもりのないオサムに辟易しながらも、アルトは一応の笑みを浮かべてその場にいる三人を見渡す。

「大神君の話をする前に、彩芽君。ここに連れてきたということは、後ろの彼は君の眼鏡に適ったということでいいのかな?」

 アルトの言葉に彩芽はコクリと頷き、自分の後ろで車椅子を押させている少年の方に目を向ける。

 少年は目の前で繰り広げられた舌戦、彩芽とオサムの罵倒合戦に冷や汗を流しつつも、中部支部支部長と幹部をしっかりと見据えていた。

 相応の胆力、この場にいても気圧されないだけの根性はあるのだろうとアルトは認めた。

「大地の方が場慣れしてるし、悟史の方が実力は上。でも、それを補って有り余るくらいの潜在能力を秘めています。もともと才能にあぐらをかいて努力するタイプじゃなかったけど、その分伸び代は人一倍。まだまだ荒削りでムラだらけだけど、今後の活躍は私が保証します」

 彩芽の太鼓判に少年は照れ臭そうに会釈し、アルトは満足げに笑った。

「彩芽君が真っ先に霊官資格を与えたほどだ。当然期待しているよ。それで、大神君の条件だったね」

 アルトはメモしておいた大地が出した条件を改めて眺め、その内容に苦笑した。

「東雲君の作戦への参加と、霊官資格再交付。これは問題ないが、幽霊の女の子に学校の籍を与えるというのは意外だったね」

「あいつロリコンだったのね。ネコメや八雲もちっちゃいけど、やっぱり本当の子どもの方がいいのかしら?」

 中部支部の支部長室で誹謗中傷されているなど、当の大地は知る由もなかった。

「いや、そういうことじゃないと思うよ。多分その幽霊に感情移入してしまったか、そうでなければ我々の知り得ない事実を発見したのかもね。幽霊の存在は軽視されているし、彼は頭が切れるから」

 アルトの考察に彩芽は納得した。

 ただ感情移入しただけなら、大地は作戦に真彩を巻き込むことを良しとしないだろう。

 作戦を成功させて、幽霊の少女の立場を確固たるものにする。そうするだけの理由があると考える方が自然だ。

「オサムの疑問に答えるなら、僕は大神君に期待しているからだよ。彼に任せればきっと事態は面白い方に転がる。まあ……」

 アルトはそこで言葉を切り、手元の資料に目を落として再び苦笑する。

「好転するかは分からないけどね」

 資料には、大地がこの二ヶ月で行ってきた命令違反と独断先行がビッシリと書き込まれていた。

「……やっぱり生意気なガキじゃないか」

 吐き捨てるように呟き、オサムは手で前髪に隠れた目を覆った。

 市内に散った『目』を用いて、事態を事細かに観察するために。

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