小さな幽霊編18 討伐作戦会議
「切り札?」
「ああ。この作戦には、絶対に切り札になる隠し球が必要だ」
ネコメの家から実家に戻り、俺は真彩に作戦の概要と、それに伴ってやっておきたい事前準備の話をしていた。
作戦決行は今夜。急な話だが、遅らせてもいいことはない。
ちなみにリルは夜に備えて寝ている。今は飯を食って眠って、体力を温存するのがリルの一番大事な仕事だ。
「この作戦で一番危険が大きいのは、間違いなく真彩だ。それは分かるよな?」
真剣な俺の言葉に、真彩も真剣に頷き返す。
幽霊である真彩を使ってたたりもっけの過剰個体を誘き出す作戦。それには当然真彩の身の危険が付き纏う。真彩もそのことは理解してくれているらしい。
「大丈夫だよ。お兄さんの為になるなら、あたしも頑張る!」
頼もしい真彩なる言葉だが、俺の為というのは少し違う。
俺がこの作戦に前向きなのは、全て真彩の為だ。
幽霊を好んで食う化け物が野放しにされてたんじゃ真彩の身が危険なことに変わりはないし、真彩という存在の有用性が証明できれば、今後の扱いだって絶対に良くなる。
まあそんなことを言って士気を下げても意味は無いし、真彩の為だというのは俺のエゴでもある。俺の為というのも的外れではない。
「気持ちは嬉しいが、気負い過ぎるなよ。これは本当に危険なんだ」
柳沢さんの提案した作戦は至極単純なもので、俺やネコメのような感覚の鋭い異能者が真彩を連れて市内を練り歩き、たたりもっけの存在を感じとったら人気の無い場所に誘き出し、これを撃つというもの。
作戦に際してはたたりもっけを管理する東北支部の霊官が同行し、東北と中部の合同で討伐を行う。中部支部の管轄内にたたりもっけが現れたという情報は既に東北支部に届いており、夜には向こうの霊官が到着するらしい。
見ず知らずの霊官と合同で作戦に臨むという不安は正直言って大きいが、これを乗り越えればそれ以上に大きなものを得ることができる。
この作戦に真彩を組み込むことと引き換えに、俺が柳沢さんに出した条件は全部で五つ。
一つ、作戦に八雲を協力者として参加させること。
二つ、作戦は俺が主導で行うこと。
三つ、作戦が成功した暁には、真彩に鬼無里校の籍を与えること。
四つ、働き次第で八雲に再び霊官の資格を与えること。
五つ、敬語が苦手な為、今後柳沢さんにタメ口で話してもいいということにすること。
はっきり言って無茶苦茶、自分で言うのもなんだがとんでもない交渉だった。いや、交渉にすらなっていない。
元霊官である八雲を作戦に参加させることは可能だとしても、その霊官資格を再交付することなど、支部長とはいえ柳沢さんの一存で叶うはずがない。
作戦の主導を未だ正規の霊官ではない俺が行うというのも無茶だし、幽霊である真彩に籍を与えるなどはもはや正気を疑われる発言だっただろう。実際いつネコメが止めに入ってくるか心配していた。
二番と五番は落とし所として撤回しても良かったのだが、俺の思惑とは裏腹に柳沢さんは全ての条件を二つ返事で了承した。
作戦に関してはもちろん、真彩と八雲の待遇にしても確約してくれた。タメ口に至っては「今からでも構わないよ」なんて言って笑っていた。
「なんであんな簡単にって思わないわけじゃないが……」
俺の出した条件は無論荒唐無稽なものだ。
作戦の対価としても到底釣り合うものではないし、何よりそれがどんな控えめな条件だったとしても、柳沢さんには俺が出す条件など受け入れる理由がない。
極端なことを言えば、柳沢さんはその支部長という立場で強権を使い、真彩の身柄を無理矢理俺から奪って作戦に利用することもできたのだ。
しかしあの人はそれをせずに、無茶苦茶な条件を全て受け入れた。
「あらかじめ俺の要求をある程度予期していたか、あるいは……」
あるいは、条件の横紙破りが叶うと思っているか。
当然だが作戦の後でそんなことをされれば、俺も黙ってはいない。相手が支部長だろうが何だろうが、しこたま暴れ回って条件を飲ませる所存だ。
しかし、俺が死ねばそんなことは関係ない。
死人に口無し。死んだら暴れることも文句を言うこともできなくなる。
「まあ、さすがにそんなつもりは無いと思いたいがな……」
これでも俺は霊官に片足突っ込んだ存在。霊官は人手不足なんだし、その候補を簡単に見殺しにするようなことはしないだろう。
どちらにせよ、俺は約束を果たしてもらう為にも、絶対に死ねない。もちろん真彩もだ。
だから、絶対に作戦は成功させる。
「まず、真彩にやって貰うことは『逃げる』ことだ」
「逃げる?」
「ああ。この作戦での真彩は囮。たたりもっけにあえて狙わせる役だ。そんな役が簡単に捕まったりしたら意味がない。だから真彩は、最高速度で飛び回ってたたりもっけから逃げ続けなきゃいけない」
非常に難しいことだが、まずこれができなければ作戦が破綻するほどに重要なことだ。
同じステージで戦う相手ならまだしも、たたりもっけは空を飛んでいる。
昨夜のように俺たちで常に守っていては囮として成立しないので、俺たちが空を飛べない以上真彩にはどうしても自力で逃げてもらう必要がある。
「真彩は逃げる。そして追いかけるたたりもっけを俺たちで撃つ。これが基本だ。生憎と空飛ぶ相手に追いつけるほどの速さはこっちには無いから、多分待ち伏せすることになると思う」
こくりと頷く真彩。即座に作戦における自分の立ち位置、重要性を理解してくれたのだろう。
その飲み込みの早さから、俺の中で一つの疑念が確信に変わった。
真彩は恐らく、見た目通りの年齢ではない。
小学四年生の十歳ということだったが、それは多分真彩が亡くなったときの年齢。
幽霊が成長するとは思わないが、そこに意思がある以上は不変ということはないだろう。
数年、もしかするともっと長い時間を幽霊として過ごし、見た目に変化のないままその精神だけがわずかに成長した。
見た目相応の子どもっぽさと不相応な頭の回転の速さは、そのアンバランスな成長がもたらした結果なのかもしれない。
ともかく、真彩が自分で考えて行動できるだけの力があるというのは好ましい。
この作戦の肝は逃げる真彩と撃つ役の連携。それにはこちらの人数が多いことも有利に働くだろう。
鳥の頭でどの程度覚えているかは分からないが、さすがに昨夜真彩と一緒にいた俺の姿が見えなければ相応に警戒すると思う。
俺と真彩は揃ってたたりもっけの前に姿を現し、他の誰かが待ち伏せをする。
待ち伏せ場所の数も人数の分だけ増やせるし、仕留める確実性が増すはずだ。
しかしこの作戦は、やはり真彩がたたりもっけから逃げ続けられることが前提だ。
追いつかれたらそれでお終い。逃げられたとしても、待ち伏せ場所に誘導できるだけの余力がないといけない。
「だから真彩には、単純に強くなってもらう」
そこで俺は、とっておきの秘密兵器を取り出した。
それを見て真彩は僅かに顔を顰めたが、我慢してもらおう。
この案が上手くいけば、真彩は囮なんかじゃなく、立派な戦力になるからな。




