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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編17 大人になれない人

 アルトとの通話を終え、大地とリルと真彩が立ち去ったネコメの家。

 八雲と二人きりになったネコメは、テーブルの上に頭を突っ伏してため息を漏らした。

「はあ……」

 のそりと頭を上げ、飲みかけの紅茶のペットボトルに口をつける。温くなった琥珀色の液体がゆっくりと喉を通り過ぎる感覚は、今のネコメにはいささか不快に感じられた。

「どうしたの、ネコメちゃん? 大地くんが支部長出した条件のこと?」

 先ほどの会議の最後、たたりもっけの過剰個体を討伐するために真彩を作戦に組み込む。その引き換えに大地がアルトに提示した条件は、無謀極まりない内容だった。

 しかし、ネコメの心労の原因はそれではない。

「いいえ、その……」

 今になって重く心にのし掛かる、暗くてどんよりしたモヤモヤ。

「怒らせてしまったなって……」

 眉間にシワを寄せ、懺悔するように呟かれた言葉に、八雲は「ああ……」と苦笑いを浮かべる。

「確かに、あんなに怒る大地くんは珍しかったよね」

「はい……」

 真彩の身の振り方を話し合っていたとき、大地は激怒した。

 ネコメが言った「大人になれ」という、その一言を契機に。

「私、自分がそんなに悪いことを言ったなんて思いませんでした。深く考えもせずに、つい……」

 つい口から出た言葉が、大人になれだった。

 大局を見ずに目の前のことだけを考え、自分の行動がどういう結果をもたらし、周りにどこまで影響を及ぼすのか。その考えが欠如した大地の発言を、ネコメは子どものわがままのように感じた。

 しかし、その言葉は大地の逆鱗だった。

 相手を対等と思っていれば、決して出てこない言葉。

「大地君の言う通りですよ。私は、大地君のことを軽んじていたんです」

「ネコメちゃんの方が霊官としては先輩なんだし、後輩が間違ったことしようとしてたなら止めようとするのは当然だと思うよ?」

 大地は未だ経験が足らず、子ども扱いとまでは行かなくとも、ネコメの立場からすればあの発言は当然のものだったと八雲は思う。

 少なくとも、あの時点での大地はあのように言われても仕方のない振る舞いをしていた。

「でも……」

 ネコメが霊官として大地の行いを咎めようとしての発言ならばそこには正当性があるが、実際は少し違う。

 ネコメは自らのトラウマ、幽霊に関わったが故の悲劇を大地と真彩に重ね、自分の幽霊に対する忌避意識を大地に押し付けようとしていた。

 無意識とはいえ、大地の意思よりも自分の感情を優先しようとしていた。

 霊官は感情で動くものではないと偉そうに高説垂れておきながら、自分は感情で動いてしまっていた。

 その棚上げ行為が、ネコメにはどうしても許せなかった。

「……大地くんは子どもだよ。あたしもそう思う」

「え?」

 自責の念に顔を曇らせるネコメを後ろからそっと抱き締め、八雲は耳元でゆっくりと口を開く。

「大地くんはまだまだ子ども。物事を大きい目線で見れないし、すぐ感情的になって突っ走っちゃう。危なっかしくて見てられないから、ネコメちゃんみたいにしっかりした人がちゃんと手綱を握ってあげないと、いつか取り返しのつかないことになるかも知れない」

 大地は未熟で、その考えは拙い。十六歳という年齢の問題だけでなく、未だに霊官という立場を正しく認識していない。八雲の目から見てもそれは明らかだった。

「でも、それでも大地くんは、その感情に任せたわがままで、あたしを守ってくれた」

 宝物を自慢するように、八雲は言葉を紡ぐ。

 友達だから、大好きだからという理由だけで自分のことを信じ、裏切り者であるはずの自分を抱き締めてくれた時のことを思い出して。

 あの時の感動を、八雲は一生忘れない。

「大地くんにはわがままを、理想を通すだけの強い心があるんだよ。自分が正しいと信じた方向にがむしゃらになって走って行ける。子どものまま強くなっちゃったんだよ」

「そんなの、結果論ですよ。そんなことを思っていては、いつか絶対に後悔します。理想だけで動くなんて……」

 理想は所詮理想。今までは確かに感情で動くことで事態を解決に導いてきた大地だが、いずれ理想は現実の前に折れる。それは当然のことだ。

 理想は誰もが思い描き、誰もが現実の前に折られていく。そんなことは、それこそ子どもでも分かりそうなものだ。

「でも、結果は知ってるでしょ? 大地くんの理想は、そのわがままな感情はネコメちゃんも悟史くんも巻き込んで、あたしとお姉ちゃんを救ってくれた。だからあたしは、今もここにいられるの」

「…………」

 霊官は感情で動いていけない。そう思いながらも、あの時のネコメは八雲のために、感情で動いた。

 理屈を超越するだけの強い思い。たったそれだけで無謀とも思える戦いに赴き、結果として八雲は救われた。

 きっと、大地がいなければ、八雲は今ここに居ない。それは八雲だけでなく、ネコメも理解していた。

「みんな本当は、理想が好きなんだよ。理想通りの結果が欲しくて、でも現実は理想通りにはいかなくて、諦めることを知って、大人になるの」

 それはなんて、つまらないことなのだろう。八雲は自分で言いながらそう思った。

 大人になるということは、現実と向き合い、諦めを知ること。

 誰もが通る道で、誰もがいずれ大人になる。

 誰もが、諦めて生きていく。

「だったらさ、大地くんは無理に大人にならなくてもいいんじゃないかな? 諦めることなんか知らないで、現実なんかに折れないで、感情的なわがままだけで周りの皆んなも巻き込んで、理想だけを欲しがる。そんなの、もう子どもって言わないよ、きっと……」

 誰もが大人になる。

 現実を知って、諦めを知って、理想は所詮理想だと理解する。

 しかし、諦めることを知らずに、現実をぶち壊して理想を貫く者がいたなら、人はそれを『子ども』とは言わない。

 その行いがどれだけ荒唐無稽な子どものわがままでも、理想を貫き通したなら、それは現実を凌駕する理想だ。

「大人になれない人がいて、その人が子どものまま、理想のままに走り切ったなら、それって多分……」

 ネコメに目を合わせ、八雲は笑みを浮かべる。

 宝石よりも輝いて見える、理想に生きるその人を思い。


「多分その人は、ヒーローって言うんだよ」


 少なくとも、八雲の中で大地はヒーローだった。

 どうしようもない現実に押し潰されそうになっていた自分を、暗い闇の中から引っ張り上げてくれた。

 とびきりカッコいい、最高のヒーローだ。

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