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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編16 命令

 神になる。

 他の個体よりも多くの異能を取り込める才能を持つあのたたりもっけは、このまま放っておけば土地神を殺すほどの力を持つ、新しい神になる。

 人の幽霊を集めるその生態は、いずれ人間の異能者にも危害を加えるようになる。

 人さえも食らう神、そんなものを生まないためには、たたりもっけが妖怪の領域にいる今のうちに殺すしかない。

「たたりもっけの才能、どの程度まで力を取り込める過剰個体なのかは分かりません。人語の理解や再生能力を持つ今が既に上限という可能性もありますが、まだまだ壁を越えられる才能を持つかも知れない。危険性を考えるなら、そのたたりもっけは放置できません」

 しかし、危険な過剰個体とはいえたたりもっけは敵対禁止指定。俺たちの一存で殺すことは、やはりできない。

 なので俺たちは、上官の指示を仰ぐことにした。それも事態の重大さから、諏訪先輩よりも更に上の人に。

「あ、繋がりました」

 ネコメの部屋のテーブルの上。ノートパソコンを開いて映像を繋ぐ。通話の相手は、俺の知る異能者の中で一番の大物だ。

 液晶画面に表示されたその人は、何やら慌てた様子でウェブカメラの画面外に何かを押しやっている。

『ど、どうしたんだい瞳? 映像を繋ぐなんて珍しいじゃないか?』

 画面越しの柳沢さん、ネコメの保護者にして霊官中部支部支部長の柳沢アルトさんは、なにやら焦っている。

 まるで映像通話を繋いだのはいいが、繋いでから机の上に見られたくない物を置きっぱなしにしていたことに気付いたような。

「……アルトさん、今タバコ吸ってたよね?」

 気まずそうに何かを取り繕っている柳沢さんを、ネコメの容赦無い視線が射抜く。

『吸ってないよ?』

「灰落ちてる」

『え⁉︎』

 慌てて机の上を手で払う柳沢さんだが、もちろんそこには灰なんて落ちていない。支部長がこんな簡単に図られていいのかよ。

「もう、また隠れてタバコ吸ってた! 体に悪いからやめなさいって何度も……!」

 途端にガミガミと怒り出すネコメ。嫌煙家だったんだな。

 お冠なネコメだが、そんな様子がどこか普通の親子っぽくて微笑ましく思ってしまう。

 もう少し見ていたいとも思うのだが、生憎とそんなことのためにわざわざ支部長まで連絡を取り次いでもらったわけではない。

「ネコメ、すまんがその話は後にして、本題に入ってくれ」

 どこの父親もタバコを吸うのは娘に咎められるようにできてるんだな。うちと同じだ。

「そ、そうでしたね……」

 改めて画面に向き直ると、柳沢さんは今の醜態を誤魔化すように咳払いをしてから口を開いた。

『久しぶりだね、大神君、東雲君。それにリル君と……そちらの幽霊のお嬢さんは?』

 カメラ越しでも幽霊は見えるらしく、柳沢はすぐに真彩に気付いた。

「この子は真彩。駅前で保護した幽霊です」

 ネコメに代わり、真彩を保護した当人の俺が説明すると、柳沢さんは驚いたように目を見開く。

『幽霊を保護とは、大神君は面白いことをするね』

 咎めるでも忌避するでもなく、言葉通り純粋に面白いと思っている様子だ。

『しかし、幽霊か……』

 幽霊を保護という話に何か思い当たる節があるように、柳沢さんは思案顔を浮かべる。

「単刀直入に聞きます。昨夜俺たちは巨大なたたりもっけに襲われて、交戦しました。人語と再生能力を持つ、過剰個体です。何か聞いていませんか?」

 下手に隠しても意味が無いと思いズバズバと言い放つと、柳沢さんは一度深く頷いてから嘆息気味に答えてくれた。

『一週間ほど前に東北支部から注意喚起が届いたよ。複数のたたりもっけが所在不明となり、それに伴って青森、次いで隣県から幽霊がどんどん減っていると』

「複数?」

 たたりもっけの過剰個体は一体じゃなく、複数体いるのか?

 目を丸くする俺たち一同に、柳沢さんは通話しているパソコンとは別にタブレット端末を取り出し、何やら操作し始める。

 カメラに映してくれたタブレットの画面には、東北地方の地図が表示されていた。

『たたりもっけは敵対禁止指定の妖怪。絶滅危惧種をイメージして貰えば分かり易いと思うが、その数や位置を細かく管理されているんだ。所在不明となったたたりもっけからは位置を管理する認識タグのようなものが外され、破壊されていた。これはタグの信号が途絶え、残骸が発見された場所だ』

 地図上には青森で五つ、秋田と岩手で二つずつ。計九つのバツ印が書かれている。

『この通り所在不明となったたたりもっけは全部で九体。東北支部が把握するたたりもっけの総数の約二割だ。東北支部はこの内五体を既に発見していて、いずれも過剰個体として敵対禁止指定を解除後に殺処分している。現状残る四体も過剰個体である可能性が高いというのが、霊官全体の見解だ』

「な⁉︎」

 九体だと?

 過剰個体はとびきり潜在能力の高い個体が過剰な異能を取り込むことで生まれる。いわば特別な存在だ。

 そんな個体が九体なんて、どう考えてもおかしい。

「有り得るんですか、そんなこと? 過剰個体が九体も一編に現れるなんて……」

『有り得ない。たたりもっけは人間に害が無い妖怪である証明として長年研究もされてきたが、こんな事例は霊官の発足以来初めてだ』

 キッパリと言い切る柳沢さんに、俺たちは更に混乱した。

「でも現に……」

『ああ。現に九体の過剰個体は現れた。自然発生では有り得ない以上……』

 含みを持たせる柳沢さんの言い方に、俺はまさかと思いながらも画面に詰め寄って問いかけた。

「人為的に、過剰個体を作った?」

 俺の言葉にネコメと八雲が瞠目し、画面の向こうで柳沢さんは頷いた。

「そんな、有り得ませんよ! 過剰個体を、才能や素質を人為的に作るなんて……!」

「有り得ない可能性を排除して残ったものは、どれだけ受け入れ難くても真実、だっけ?」

 シャーロック・ホームズの言葉だったと思う。うろ覚えだけど。

「実際に過剰個体が現れたんだ。現れるはずないなんて話じゃなくて、どうして現れたのかを考えるべきだろ?」

 希少な存在であるはずの過剰個体が同時に複数体現れる。それは有り得ないことだが、現実問題として現れてしまっている。

 ならばそれは自然発生ではない、人為的に生み出されたと考えるしかない。

 そして、そんな方法に俺たちは心当たりがある。

「資質によって偶発的に生まれる存在を、後付けで量産する。どっかで聞いた話じゃないか?」

 俺が苦々しく口にした答えをネコメと八雲も悟ったのだろう。絶句という表現がピッタリの顔で固まってしまった。

「柳沢さん、この件には異能結晶が絡んでんだろ? 多分、大日本帝国異能軍も」

 俺の導き出した答えに、柳沢さんは頷いた。

『その通りだよ、大神君。仕留めたたたりもっけの体内から、異能結晶と思われる物体が摘出された』

「やっぱり……」

 藤宮が作り出した、異能者を量産する最悪の異能具。

 藤宮の死とともに製法が失われたのではと期待していたが、どうやら奴らは藤宮の脳味噌からその製法を掠め取ったらしい。

『この件は東北支部の霊官を中心に、各支部の幹部が先導して収束に向けて動いている。しかし、恥ずかしい話だが霊官は幽霊の存在をそれほど重要視していなかったため、たたりもっけが狙う幽霊の所在を把握し切れていない』

 それは仕方ないことだろう。

 霊官にとって幽霊も、それを餌にするたたりもっけも脅威ではなかった。警戒していなかったのも当然だ。

『しかし、今君たちの側にはその子がいる』

「え?」

 その子とは、まさか、真彩のことか?

「ちょっと、アルトさん⁉︎」

 柳沢さんは俺たちを、いや、俺を真っ直ぐ見て、命令を下した。

 中部支部支部長として、非情とも思える命令を。

『大神君、それに瞳。二人にはその幽霊でたたりもっけの過剰個体を誘き出し、それを討伐して貰う。作戦はこちらが指示するので、それに従うように』

「なっ⁉︎」

「ちょっと……!」

 二の句を告げないでいるネコメと八雲だったが、俺はある程度この返答を予想していた。

 霊官にとって幽霊の重要度は低く、今回の標的であるたたりもっけのために『使える』のなら、それを使わない手はない。

 だから俺は、柳沢さんに連絡を取ると決めた時点でこの状況になることも考えていた。

「……分かった」

「ちょ、大地くん⁉︎」

「なにを言っているんですか!」

 二人の反応は、まあ当然だろう。

 さっきまで真彩を見捨てることを真っ向否定していた俺が、真彩を餌にする作戦なんて容認するはずがないからな。

 でも、見捨てるのと作戦に組み込むのでは、天と地ほどに意味が違う。

「ただし、こっちからも条件がある」

 ピクッと眉を動かす柳沢さん。

「真彩を作戦に入れるなら……」

 相手が支部長だろうと、引いたりしない。

 真彩を守るのは、もう決めたことだ。

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