小さな幽霊編15 過剰個体
認識が間違っていた。
たたりもっけは高い知能を持ち、人間の言葉も解する妖怪だと思っていた。
「はい……。そうですか。はい、ご協力感謝致します」
でも違った。
本来のたたりもっけは、多少知能が高いだけで本質的には普通のフクロウの延長線でしかない。そういう妖怪らしい。
そもそも動物の声帯では、人間のような言葉は話せない。会話のできる異能生物は、リルのように相手に直接意思を伝える、念話と呼ばれるもので話すものだ。
「ええ、あなたの情報はとても役に立ちました。私だけでなく、もちろんお兄さんのためにもです」
ネコメは今、俺のケータイで小月と電話している。
小月は一般人だが、あの場にいた事件の当事者でもある。
たたりもっけが異能者の俺にだけ聞こえたものなのか、それとも一般人にも影響を及ぼす高度な念話なのかを確認しているらしい。
「はい、構いませんよ。……えぇ⁉︎ いえ、私はお兄さんとは、その、クラスメイトで、友達で……。決してそのような関係では……!」
どうやらたたりもっけと関係無い話もしてるっぽい。
しばらくしてネコメは通話を終え、俺にケータイを返してきた。わざわざティッシュで画面を拭いてから返してくる辺りがネコメっぽい。
「ま、間違い無いようですね。大地君が交戦したたたりもっけの声は、小月さんにも聞こえていたそうです」
「ネコメちゃん、なんか関係無い話もしてたよね?」
「本題には本当に関係無いので、それはどうでもいいんです!」
何話してたんだよ、小月のやつ。ネコメ動揺してんじゃねえか。余計なこと言うなよ。
「それで、どういうことなんだ? あのフクロウはたたりもっけとは違う妖怪だったってことなのか?」
敵対禁止指定の妖怪ではないなら遠慮なくぶっ倒せるんだが、残念ながらネコメは首を振った。
「いいえ。子どもの幽霊を集めるフクロウの妖怪なら、それはたたりもっけで間違いないです」
「じゃあ結局何なんだよあのフクロウは? 喋ってたのは確認できただろ?」
顎に指を当ててネコメはしばし考えるように沈黙し、やがて真剣な面持ちで口を開く。
「喋るたたりもっけ、ということですね。確認しますが大地君、たたりもっけの大きさはどのくらいでしたか?」
「どのくらいって、結構デカかったぞ。体長は二メートルはあったし、翼を広げたら、多分四メートル近く……」
フクロウとしては規格外の大きさだったが、それも異能生物ならとりわけ珍しい訳でもないので大して気にしていなかったが。
「それは、大き過ぎます。私は一度たたりもっけの実物を見たことがありますが、普通のフクロウと同じくらいか、せいぜい一回り大きい程度でした」
なんだなんだ? ずいぶん俺が見たやつと違うぞ?
本当に昨夜のアレは、たたりもっけだったのか?
「ねえ大地くん、他には何か特徴無かった? 火を吹いたとか、本来フクロウが持ち合わせないような能力」
喋ったり幽霊集めたりも本来フクロウはしないと思うのだが、特殊能力っぽいのは確かにあった。
「そういやアイツ、再生能力を持ってた。石を投げて体に風穴空けてやったんだが、羽の内側の幽霊を取り込んであっという間に傷を治してた」
胸糞悪くなる光景だったが、確かに覚えている。蠢いて取り込まれる、子どもの顔を。
「……決定的ですね。たたりもっけはあくまでも幽霊を保存食、長期の食糧不足に備えた備蓄にする妖怪です。幽霊を、純度の高い異能を直接取り込んで傷を治すなんて、そんな高度な異能術のような能力は持ち合わせていません」
「じゃあ、やっぱり……」
引きつった顔でげんなりとする八雲に、ネコメは神妙に頷いた。
「『過剰個体』。それも未確認の能力を獲得するまでに至っている、非常に危険な個体だと思われます」
「……厄介だね」
ネコメの言葉に対してため息を吐き、八雲は四肢を投げ出すようにして床に寝転んだ。
「どーすんのよ、過剰個体なんて! あたしたちじゃ手に負えないんじゃないの⁉︎」
駄々をこねるようにジタバタと暴れ回る八雲。真彩が真似したら困るからやめて欲しい。
ガキのような八雲の行動に辟易していると、Tシャツの裾がくいくいと引っ張られた。見ると、リルを抱えた真彩が不思議そうに首を傾げている。
「お兄さん、『かじょーこたい』ってなに?」
「さあ、俺も知らん」
察するに異能が過剰に増えた異能生物のことを指してるんだと思うが。
「内包する異能が過剰に増え過ぎた異能生物のことです。これは非常に危険な現象で、規模によっては支部の幹部クラスが動くことになります」
「支部の、幹部が?」
察しの通りの意味だったのだが、その危険度は予想外だった。
支部の幹部なんてのは霊官の中ではかなりの大物。異能専科の生徒会役員は支部の準幹部扱いになるらしいので、俺より遥かに強い諏訪先輩や烏丸先輩、マシュマロよりも更に格上の異能者が動くほどの事態だ。
「そんなに危険なのか、その過剰個体ってのは?」
「単純な強さもそうですが、それ以上に過剰個体は成長する可能性が高いんです」
「成長?」
そりゃ異能生物は異能とはいえ生物。生物なら生きてる限り成長くらいするだろう。
「えっと、異能者って才能による所が大きいんだけど、それって何も人間に限った話じゃないんだよ。異能場の鬼無里でも全部の虫が妖蟲になるわけじゃないし、逆に異能と相性が良くてすぐに妖蟲になる虫もいるし」
そりゃあまあ、そうだろう。
異能場生まれの虫が全部化け物になってたら、今頃鬼無里の生態系は地獄みたいになってる。
「それと同じで、異能生物の中にも異能の上限、能力の壁のようなものを超えてしまう個体が稀に現れます。他の個体よりも沢山食べられるから、体も大きくなるってことです」
それも人間と同じだな。
食うことや体重を増やすことも一つの才能。相撲取りなんてその最たるものだ。
「種の限界を超えて異能を取り込める、取り込んで成長してしまうのが、過剰個体。妖蟲の過剰個体は、凄まじい速さで妖怪化します。そういった個体が出ないためにも、異能専科では定期的に妖蟲を駆除しています」
俺たちの日課にはそんな背景があったのか。
しかしそうなると、妖怪の過剰個体ってのは……
「妖怪の過剰個体ってのは、どうなるんだ? 要は異能生物の中でもエリートの中のエリートってことだろ?」
妖怪、たたりもっけの過剰個体。
本来よりも多くの幽霊を取り込んで、アイツはどうなるんだ?
「……過剰個体の行き着く先は、より強い異能を倒し、食べる。その繰り返しです。たたりもっけなら、幽霊を食べるよりも高効率に異能者を、それ以上を求めれば、土着の過剰個体、諏訪の龍神様のような土地神を殺してしまうかも知れません」
「なっ⁉︎」
土地神とは、その地に住んで信仰を集める強力な異能生物。
今の話と総合すれば、土地神というのも元は普通の妖怪で、その中の過剰個体が成長した存在なのかも知れない。
そんな土地神さえも殺す。つまり、
「過剰個体は、放っておけば神になります」




