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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編14 握った手

「あーもう、ムリ!」

 俺の啖呵で静寂に包まれた室内に、八雲の絶叫が響き渡る。

「もうムリ! ムリムリ! あたしも混ぜて!」

 パッと駆け出し、異能を発現させて、真彩とネコメの首に腕を回し、抱き付いた。

「ひゃあ⁉︎」

「や、八雲ちゃん⁉︎」

 駆けた勢いのまま、手を合わせていた俺たち三人は八雲に押し倒される形ですっ転ぶ。ネコメと真彩は八雲の手が支えたが、俺だけ床に思いっきり頭を打ち付けた。

「八雲、てめえ……!」

 チカチカする頭を振って恨み言の一つでも言ってやろうかと思ったが、八雲の勢いに慌てて手を離して離脱する。

 八雲はそのまま真彩とネコメの間に顔を埋め、ゴロゴロと床を転がる。壁に激突したところでバッと顔を上げて、真彩に向き直った。

「真彩ちゃん!」

「は、はい!」

「名前教えて! ちゃんと自己紹介!」

「ほ、蛍原真彩、です……」

「あたしは東雲八雲! 大地くんの友達! よろしく!」

「よ、よろしくお願いします……」

 戸惑いながらも名乗った真彩に八雲は満足そうに笑みを浮かべる。のはいいのだが、異能を発現しているせいで目が赤い。怖い。

 次いで八雲は目を回すネコメの方を向き、「はい、次ネコメちゃんの番!」と声を張り上げる。

「え、えぇ⁉︎」

「自己紹介! どうせちゃんとやってないんでしょ!」

 確かに、昨日ネコメはキチンと名乗ってはいないな。

「ね、猫柳瞳。親しい人はネコメと呼びます……」

 八雲の勢いに押し切られる形で、ネコメもおずおずと名乗った。

「はい、これでもうあたし達はお友達です! お友達になったからには、真彩ちゃんを鳥さんに食べさせるようなことはしません!」

 パン、と手を打って、八雲が宣言する。

 呆気に取られていた俺も、そこでようやく得心がいった。

「八雲、お前……」

 フッと体から力が抜けるのを感じながら、俺は心の中で八雲に感謝した。

 緊迫した場をぶち壊す八雲の蛮行。そのおかげで、ネコメは真彩と言葉を交わした。昨日のネコメは結局真彩と一言も言葉を交わすことはなかったのに、こんなにあっさりと。

 八雲の明るさ、周囲に対する影響力の賜物だ。睨んだり怒鳴ったりするしか出来なかった俺としては、恥ずかしい限りだな。

 感謝の意味を込めて苦笑いを向けると、八雲も応えるように笑みを返してくれた。そしてネコメの方を向き、諭すように言葉を重ねる。

「あのおじさんのことがあって、ネコメちゃんが幽霊と向き合うのを怖がってるのは分かるよ。でもさ、今度はちゃんと守ってあげればいいじゃん。悲しいことにならないためには、突き放すんじゃなくてこうやってぎゅってしようよ」

「ひゃう⁉︎」

 ぐいっと真彩の顔を引き寄せ、愛おしそうに頬擦りする八雲。ネコメとも顔を擦り合わせて、三人でもみくちゃになる。

 真彩は戸惑っているようだが、それでも嫌がっている様子はない。もともと誰にも触れられずに寂しがっていたんだ。スキンシップは過剰なくらいがちょうどいいのかも知れない。

「それに、突き離したら確かに悲しいことにはならないけど、こんなふうに楽しいこともできないんだよ?」

 それにネコメも、嫌がっている風ではない。

 もともとネコメだって、見ず知らずの幽霊のおっさんを家族に会わせてやろうとしていたくらいだ。本来なら幽霊に対してだって、普段と同じ優しさで接することができる奴のはずだ。

 そのおっさんとに対する罪の意識が、ネコメを幽霊に対して臆病にしていた。それに加えてたたりもっけという厄介な存在が、ネコメと俺を対立させてしまった。

 でも、真彩のことを見捨てていたら、ネコメはもっと臆病になっていたと思う。

 口ではあんなこと言っても、態度には出さなくても、こんな小さな子どもを見捨てていいなんて、心から思っていたはずはない。

 そんなこと思っていたら、こんな風に真彩と触れ合えるはずがない。

「……ええ、そうですね」

 瞑目し、ネコメはポツリと声を漏らした。

 真彩の体を強く抱き、目を開けたときには普段のネコメだ。

 優しくて、優しすぎて、少し甘い。俺のよく知ってるネコメの顔になっていた。

「真彩ちゃん、それに、大地君。ごめんなさい。規則を破ることには賛成できませんけど、私にはもう、真彩ちゃんを見捨てるなんてできません」

 倒れた体勢のまま、ネコメははっきりと謝罪の言葉を口にした。

「いいよ。なあ、真彩?」

 笑いかけてやると真彩もにっこりと笑い、大きく頷いた。

「ネコメさん……。あの、ありがとうございます……」

 頰を染めて笑う真彩をネコメはより一層力を込めて抱き締め、ようやく俺たちは和解した。

 八雲が二人を解放してようやく三人揃って起き上がってからも、二人はしばらく手を握り合っていた。

「それにしても、幽霊に触れるなんて思ってもみませんでした。大地君、誰から教わったんですか?」

「え?」

 ポツリと溢されたネコメの言葉に、和んでいた俺は首を傾げる。

 ネコメも知らなかったのか、幽霊に触る方法。

 チラリと八雲の方を向くと、ネコメと同じような不思議そうな表情で首を振った。

 知らなかったってことらしい。

「二人とも、知らなかったのか?」

「知りませんでしたよ。基本的に霊官は幽霊に干渉しないので」

 どうやら思っていた以上に幽霊の存在は軽んじられていたようだな。

「自力で気付いたんだよ。一般人は見えないのに、異能者には見える。真彩はリル用の異能クッキーを食えたし、異能生物のリルは真彩に触れたから、幽霊に干渉できる度合いは異能の純度に比例する。だから、異能を強めれば異能者でも触れるんじゃないかって」

 結果はドンピシャだった。

 異能の純度をコントロールできる俺だけでなく、普通の異能混じりの二人も触れたということは、異能混じり全員が幽霊に触れるってことだ。

「じ、自力で気付いたんですか?」

「ああ。昨日家で実験してな」

 元も含めて霊官二人が知らなかった情報だ。これはひょっとしたら新発見なのかも知れない。

 この情報が広まれば霊官の幽霊に対する軽視も少しは解消されるかもな。触れる対象が食われたり消えちまったりするのを見過ごせる奴なんて、そうはいないだろうから。

「すっごーい! これ多分大発見だよ!」

 両手を上げて称賛してくれる八雲。

「そうなのか?」

「ええ。幽霊に触れるなんて、聞いたことありませんでした。新事実の発見ということで報告書にまとめれば、功績として認められますよ」

 功績とは、なかなか大仰な話だ。

「教科書とかに載るのかな? 幽霊に触る方法を最初に発見した偉人とか……」

 やべー、名誉欲なんて自分には無いと思ってたのに、いざそうなってみると結構興奮する。

「そんなことより、もっと目に見える実績になりますよ」

「目に見える、実績?」

 首を傾げる。はて、目に見える実績って何だろう? 金一封とか出るなら大喜びなんですが。あ、もしかして特許料みたいなものが今後ロイヤリティとして俺の懐に入ってくるとか⁉︎

「大地君、昨日の目的忘れたんですか?」

「昨日?」

 昨日のことなんて、真彩のことしか記憶に無い。あとはマシュマロが俺達をモデルにBL同人誌描いてたことか。

 ピンと来ない俺にネコメは呆れたようなため息を溢す。

「大地君は霊官になるために、私の監督下で仕事をすることになっていたでしょう!」

「あ、あぁ……」

 そういやそんな理由でマシュマロに会いに行ったんだっけ。そんでその帰りに真彩を見つけたんだった。

「すっかり忘れてたな……。あ、じゃあこれで俺霊官に?」

「充分過ぎる功績ですよ。誰も知らない新事実の発見なんて、個人規模ではなく支部全体の評価にも繋がります」

 マジかよ。俺結構凄いこと発見したんだな。

「サンキュー真彩、お前のおかげで俺就職内定だ!」

 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、真彩はくすぐったそうに身をよじる。

「大地お兄さん、お仕事するの?」

「ああ。魔法のお巡りさんみたいなもんだ」

「あたしのおかげ?」

「ああ、真彩のおかげだ」

 棚からぼた餅。真彩を助けたことが思わぬ収穫になってしまった。情けは人の為ならずってやつかもな。別に情けなんかで真彩を助けたわけじゃないけど。

「金一封とか出るかな? 諏訪先輩への借金返せるくらいの?」

「それは、出ないと思いますよ。出たとしても、あの額はちょっと……」

 苦笑いを浮かべながら首を振るネコメ。そりゃそうか。

「大地お兄さん、お金借りてるの?」

「借りてるというか、怪我の治療費が払えてなくてな……」

 それも八千万円。プロの競技会の優勝賞金じゃあるまいし、そんな金がポンと出る訳ねえか。

「まあ治療費のことはさておき、これで万事解決だな。真彩は俺たちの仲間入りで、俺は霊官になれる。一件落ちゃ……」

「まだ何も解決していません! たたりもっけのことはどうするつもりですか⁉︎」

 あー、やっぱりそこに戻るよね。

「倒しちゃダメかな?」

「だからダメです! 倒さずに無力化するか、捕獲するか、ともかく交戦を視野に入れるなら、私たちだけでは判断がつきません。鳥類の妖怪が相手では、私の命令もそれほど効果が無いですし……」

 めんどくせえなあ……。倒しちゃえば楽なのにな……。

「じゃあ話し合ってみるか? 大人しく青森へ帰りなさいって。つっても、言葉は通じても話は通じそうになかったぞ」

「……はえ?」

 なんかネコメが、急に目を丸くして間抜けな声を出した。

「なんだよ、はえって?」

 俺なんかおかしなこと言ったか? いや、皮肉なことは言ったかもしれないが。

 くいくいと俺のシャツを引っ張る八雲もネコメと同じような顔をしている。

「大地くん、たたりもっけと話したの?」

「会話にもならなかったけどな。言葉もカタコトだったし」

 しかも気味の悪い声だった。聞くだけで、それこそ鳥肌が立つ程に。それもあって俺はあのフクロウを悪い妖怪だと思っちまったんだけど。

「そんな……。あり得ませんよ、そんなこと……!」

「だよね。だって……」

 なんか、二人とも様子がおかしいぞ。戸惑っているというか、困惑しているというか。

 俺がたたりもっけと話したのがそんなに不思議なのか?

「どうしたんだよ? 妖怪なんだし、喋るやつくらい珍しくも何ともないだろ?」

 リルなんてベラベラ喋るし、広い意味ではマシュマロのお母さんだって妖怪だ。妖蟲や妖獣から妖怪に格上げされれば、どいつもこいつも喋るくらいできるだろう。

 しかもたたりもっけはフクロウの妖怪。フクロウといえば森の賢者。頭が良くて当然だろう。

「ありませんよ」

「え?」

「たたりもっけが喋るなんて、そんなの聞いたことありませんよ?」

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