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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編13 平行線のその先に

 真彩は守る。フクロウは殺す。キッパリと言い切った俺に、ネコメは瞑目してゆっくり首を振った。

「どうして、大地君はそんなにも感情的になるんですか? 何でもっと大きな視野で物事を見ることができないんですか?」

 諭すような、呆れたようなな言葉。

 自分は現実的に考えていますと言わんばかりのその言い方が、どうしようもなく勘に触った。

「自分の方が現実見てるって言いてえのか? 違うだろ? お前はただ立場だの決まりだので理論武装して、真彩から目を背けてるだけだ。そんな諦め切った考え方したくねえんだよ」

「現実から目を背けているのはどっちですか⁉︎ 事は考え無しに動いていい事態じゃないんですよ⁉︎」

「考えた結果が『真彩をフクロウの餌にする』か⁉︎ そんな答えしか出ねえなら考えるだけ無駄なんだよ! 見捨てることが前提なら、こんな話し合いに意味はねえ!」

 ヒートアップしていく俺とネコメ。

 口論に発展した俺たちを見て、真彩は怯えた顔になりリルをギュッと抱き締める。

 八雲は、意見を挟もうとしない。

 ネコメに理があることは分かるが、俺の真彩を慮る気持ちもキチンと汲んでくれているのだろう。

 そして、いつまで経っても平行線のまま進んで行く口論の果てに、ネコメは言った。

 俺が絶対に聞きたくなかった言葉。

 俺の中で、決定的になる言葉を。


「大地君、もっと大人になってください!」


「…………大人、だと?」

 大人になれ。昔よく言われた。

 これはとても便利な言葉だ。

 考えの拙さを指摘し、理路整然とした意見を最優先させることのできる、魔法の言葉。

 そして、話し合いの皮を被った『命令』による、最も暴力的な言葉だ。

「ネコメちゃん!」

 俺の中で何かがキレたのを察したのだろう、八雲は慌ててネコメを制するが、もう遅い。

 吐いた唾は飲めない。口から出た言葉は、取り消せない。

「……真彩、リル、行くぞ」

 立ち上がり、俺はネコメの顔も見ずに部屋を出ようとする。

 呆然とする真彩の腕からリルの姿が消え、異能を発現した手で真彩の肩を押し、付いてくるように促す。

「お、お兄さん?」

「帰るぞ。これ以上ここにいても無駄だ」

 話し合いは終わった。いや、最初から話し合いなんか不可能だったんだ。

 落とし所なんて存在しない。ネコメは最初から、俺の意見など求めてはいなかったのだから。

「だ、大地くん⁉︎」

 慌てて八雲が立ち上がろうとするが、睨みつけるようにして制する。

「どこへ行くつもりですか?」

 叱りつけているつもりなのか、ネコメが厳しい声色でそう言った。

「帰る。邪魔したな」

「まだ話は終わっていません!」

「ーーっ⁉︎」

 話が、終わっていない?

 終わってるだろ。終わってるんだよ!

 そもそもそんなもの、始まってすらいないだろうが!

「終わりだよ。それを言っちまったら、話なんて終わりだ。これ以上話をする意味が無い」

「意味が無いって、私の話は……⁉︎」

 立ち上がり、俺の前に立って、ネコメは絶句した。

 鏡を見なくても分かる。俺は今、ネコメや八雲が見たことないくらい酷い顔をしているだろう。

 憤怒に歪んだ、怒りの形相。

 眉間にくっきり刻まれたシワも、引きつった頬も、吊り上がった目尻も、自分でよく分かる。

 醜い顔だろう。

「……『大人になれ』か。便利な言葉だよな。自分が正しい大人で、相手が駄々をこねている子ども。意見交換や議論の場なら、絶対に出ない言葉だ」

「え?」

 この言葉が大嫌いだった。

 相手の思いも、理屈よりも大切なものも全部蔑ろにする。相手の言葉を稚拙なものだと断じる、否定よりも否定的な言葉。

 言う側は簡単に使う。それでいて、言われた側は忘れない。

 自分の思いは、感情は、他人から見れば子どもの癇癪なのかと。大人は理屈しか大切にしないのかと、そんなことを思わせる。

 お前の感情なんてくだらない児戯だ。大人になれとは、つまりそう言っているのと同じだ。

「話し合いなんてするつもりは、ハナから無かったんだろ。異能を使ってなくても、そりゃあ命令と同じだ」

「わ、私はそんなつもりじゃ……」

「つもりじゃなくても一緒なんだよ! 大人になれなんて、相手を認める気持ちが一ミリでもあったら絶対に出てこない言葉だ!」

 思わず、怒鳴ってしまった。真彩に触れるために異能を使っているのも良くなかった。

 冷静に、気を鎮めないと、取り返しのつかないことにもなり得る。

「……お前は正しいよ、ネコメ。でも、正しいだけだ」

 ネコメが言うのは正論だ。正論はいつだって正しい。

 正しい、ただそれだけ。

 決して、優しくはない。

「守れるもん守ろうともしないで、正しさだけを振りかざすのが大人なら、俺はずっとガキでいい」

 俺は昔から変わらない。自虐的にそんなことを思ってしまう。

 歯痒かった。心の底では俺を認めてくれていなかったネコメが。

 許せなかった。ネコメに認められてすらいなかった俺自身が。

 認められなければ、対等でなければ、それは仲間とは言えない。

 踵を返し、諦めて出て行こうとする俺の背中に、

「なんなんですか……」

 ポツリと、ネコメが声を漏らした。

 再び振り向くと、ネコメはさっきの俺に匹敵するほどの形相で俺を睨んでいた。感情的になっているのだろう、漏れた異能によって変わった瞳の色と伸びた犬歯で顔に迫力が増している。

「その子が大地君にとってなんなんですか⁉︎ 小さい頃に生き別れた妹ですか⁉︎ 中学のときに仲が良かった友達ですか⁉︎ 背中を預けて戦った仲間ですか⁉︎」

 地団駄を踏むように足を鳴らしながら、ネコメは俺の目の前に迫ってくる。

「違うでしょう! その子は昨日たまたま会っただけの幽霊で、大地君にはなんの関係も無いじゃないですか! それなのにどうしてそんなにその子の事ばかり気にかけるんですか⁉︎ なんで怪我をしてまで、決まりを破ってまでその子を守ろうとするんですか⁉︎」

「…………」

 ネコメの叫びに、俺は頭が急速に冷えていくのを感じた。

 脳内に溢れていた興奮も鳴りを潜め、ただ客観的に、ネコメの言葉の意味を理解していく。

 ネコメは真面目で、ルールを破ることを忌避する。そんなネコメにとって、俺の行動はさぞかし意味不明なものに映るだろう。

 なんの関係も無い、行きずりで知り合っただけの幽霊。そんな幽霊を庇い、あまつさえ規則を破ってまで守ろうとする。

 その行動はネコメにとって理外の蛮行。とんでもない異常だと思うのだろう。

 だったら、分らせてやるまでだ。

「……ネコメ、最近人に手ぇ握られたことあるか?」

「?」

 何を言っているんだ、と顔をしかめるネコメ。そんなネコメの手を、真彩の背に当てているのと反対の手で握ってやる。

「な、何を?」

 強く握る。痛みを感じない程度に、でもたしかに強く。

「手ぇ握られるとよ、安心するんだよ。それが例えば、しんどくてしんどくて仕方ない、辛くて辛くて堪らないときなら、尚更な」

 俺は知っている。手を握られることの、誰かに触れてもらえることの安心感を。

 ちっぽけでだらしなくて、誰にも必要とされていないと思っていた真っ暗闇の中。

 何もできないまま、ただ絶望が迫ってくるのを待つしかなかった。

 それでも救われたいと、助けて欲しいと伸ばした手。

 薄れ行く意識の中でも、その手を握ってもらえた感動は、忘れない。

「お前が、他でもないお前が、俺の手を握ってくれたんじゃねえか!」

「っ⁉︎」

 俺は忘れない。あの夜のことを。

 リルと出会い、妖蟲に食われて死にかけていた俺は、助けて欲しいと膝から先の無い手を伸ばした。

 あのとき伸ばした手を握ってくれたのが、ネコメだ。

「ネコメ、異能を強めてくれ」

「え?」

「早く!」

 思わず、といった感じで異能を強めたネコメの手を引き、反対の手を背から離し、真彩の手を掴む。

 そして、ネコメの手と真彩の手を触れさせる。

「あっ……」

 触れた手にネコメは声を漏らし、ゆっくりと指を折り、真彩の手を包み込む。

 応えるように真彩も手を握り返し、遊ぶように指を絡める。

「真彩は、今ここにいるんだよ」

 絡み合う指の上から両手をがっしりと重ね、俺は刻み込むように言葉を重ねる。

「ここにいて、触れられて、笑ってんだ。いつか消える、いてもいなくても同じなんて、そんな薄っぺらい存在じゃねえ!」

 ネコメは前提が間違っている。

 規則を破ることを忌避するネコメも、友達のために、八雲のために俺たちと一緒に藤宮の元に乗り込んだ。

 友達のためなら、ネコメは規則や体裁を気にする頭でっかちな奴じゃなくなる。

「それでもまだお前が真彩を軽んじるなら、それは間違ってる!」

 俺にとって真彩は、友達だ。出会ってから日が浅かろうが、幽霊だろうが関係ない。

 ネコメも、見ず知らずの俺の手を取り、幽霊を救おうとしたことのあるネコメだって、その程度のことが障害になるはずない。

 だから、

「そんなお前は間違ってるって、何度だって言ってやる!」

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