小さな幽霊編12 たたりもっけ
たたりもっけ。諏訪と並ぶ異能の大家を有する東北地方、青森県などに伝わる妖怪。
たたりはそのまんま『祟り』。もっけは『フクロウ』を意味し、要約すると祟るフクロウという何とも物騒な妖怪だが、その実態は名前から受ける印象とはかなり違う。
幼くして死んだ子どもの幽霊を集めて、その魂を慰める。そして幸福な夢を見せつつ、緩やかに消滅するまで面倒を見続ける。子守の妖怪だ。
しかし、『祟り』の名は伊達ではない。
地域や説による差異はあるが、たたりもっけは座敷童と対を成す妖怪とも言われる。
座敷童が幸福を司る子どもの妖怪で、たたりもっけは呪いを司る子ども。
恨みを残して死んだ子どもがフクロウの羽根に宿った妖怪とも言われており、きちんと弔うことをしなかった親に呪いを与える。
「伝承多すぎるわ。結局どういう妖怪なんだよ?」
統一性がないというか、総括すると良い妖怪なのか悪い妖怪なのかも分からない。
人食いフクロウことたたりもっけと戦った日の翌日の昼下がり、俺たちは改めて事態を把握するために集まっていた。
場所はネコメのマンション。メンバーは俺と当事者の真彩。そしてネコメと八雲、リルである。死を食らう獣こと火車は、幽霊というご馳走である真彩を目にした瞬間に猫まっしぐらって感じだったので違う部屋に隔離してもらった。
「伝承はあくまで伝承だからね。実態は大地くんが見た通り、子どもの幽霊を集めて保存食にする妖怪だよ」
テーブルに広げたお菓子をつまみながら八雲がため息混じりに答える。
「やっぱり……」
たたりもっけは危険な妖怪。子どもの幽霊を狙って食う、人食い妖怪なんだ。
「で、その人食いフクロウが何で『敵対禁止指定』なんてされてんだよ?」
対面でペットボトルのアイスティーを飲むネコメを睨むようにし、俺は声のトーンを落とす。
昨日の電話でたたりもっけを半殺しにしたと言ったら、ネコメは激怒した。そして、たたりもっけは『敵対禁止指定妖怪』であると言われた。
書いて字の如く『敵対禁止指定』とは、霊官を含む全異能者が敵対行為を禁止されている存在。
例えば人に幸福をもたらすとされている『座敷童』。
例えば神として崇められている『諏訪の龍神』。
例えば、強過ぎて敵対することで霊官に甚大な被害が出るとされている『危険過ぎる異能者』。
そういった敵対することがメリットにならない異能の存在に対して施される措置が、『敵対禁止指定』らしい。
当然、人食いの妖怪がそんなものに指定されるなんて納得できない。
「たたりもっけの生態は、実際には何の被害も無いからです。幽霊が捕食されても誰も困らないですし、むしろただ消えていくだけの幽霊に消滅までの間幸福な夢を見せてくれるのなら……」
「人食いの妖怪が、何で被害無しなんて話になるんだよ!」
「何度も言っているでしょう、幽霊は人ではありません!」
昨夜からずっと、俺とネコメはこの調子で平行線だ。
幽霊は人ではなく現象、だから食われても問題無いと言うネコメ。
真彩は人だ。だから、もう一度たたりもっけが真彩を狙って現れたら、容赦なく殺すと言う俺。
睨み合う俺とネコメに、八雲が手を上げて割って入る。
「大地くんの言いたいことも分かるけど、たたりもっけは相手にしちゃだめだよ。敵対禁止指定の妖怪を殺したら罰則があるし、霊官になれなくなっちゃう。それにたたりもっけは東北支部管轄の妖怪だし、中部支部の判断じゃ……」
「支部が、何か問題あるのか?」
たたりもっけの伝承がある青森県を管轄しているのは霊官の東北支部。しかし、たたりもっけが今いるのは中部支部の長野。どこの生まれだろうとここにいる以上関係あるか。
「それが問題大有りなの。例えば諏訪の龍神様がご乱心したとして、それを東北支部の霊官が殺したりしたら大問題になるよ。それと同じで、他支部管轄の敵対禁止指定妖怪を勝手に殺したら、中部支部と東北支部の関係に溝ができる」
「東北支部の監督不行届だろ。こっちは実害が出て……」
「支部同士の抗争になったら、大地くん責任取れるの?」
諭すような八雲の発言に、俺は黙らざるを得なくなる。
支部同士の抗争。それはつまり、俺たち中部支部と東北支部でケンカをするってことだ。
ケンカなんて言ってもお互いに異能者。どんな規模に発展するかは想像したくもない。
溝が出来てイザコザ起こり、それが抗争になり、やがてもっと大きな規模の戦い、戦争になるかも知れない。
霊官は決して一枚岩ではない。
支部同士の交流はそれほど多くないし、同じ中部支部、それも同じ県内のご近所であるはずの諏訪家と烏丸家でさえ友好的とは言えないのだ。霊官という大きな括りで見れば同じ組織に属していても、仲良しこよしなんて訳にはいかないのだろう。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ? 真彩はこれからずっとたたりもっけに怯えながら暮らせばいいのか?」
問題はそこだ。
怪我までさせられてムカついていないと言えば嘘になるが、たたりもっけを殺すことは俺にとってそれほど重要ではない。
問題は、たたりもっけが真彩を狙っているという、その一点だ。
「大地君、重ねて言いますが、たたりもっけに取り込まれるということは幽霊にとっても不幸ではないんです。幽霊を人間扱いして、その意思を尊重したいという大地君の考えは分かりましたが、どの道幽霊はいずれ消える存在です。いつか消えて無くなるのなら、それが少し早まったとしても、幸福な夢を見せるというたたりもっけの性質を利用する方がいいと思いませんか?」
「……真彩を、たたりもっけに食わせるって言いたいのか?」
ドスを効かせた俺の問いに、ネコメは確かに頷いた。
「ふざけんな! 食われて消える方が幸せだなんて、そんなことあるはずねえだろ!」
あり得ない。
それは絶対にあり得ない。
あんな化け物の栄養にされる方が幸せなんて、そんなことあってたまるか。
「真彩は今ここにいる! いずれ消える存在だとしても、消え方を勝手に決めていいわけねえ!」
「以前にも言いましたが、霊官は感情で動くものではありません。幽霊を慮るのは自由ですが、それで支部の立場を危うくするなんてこと、あってはなりません!」
なんだよ、それ?
支部の立場なんて、そんなものが重要なのか?
体裁や体面、そんなものが今目の前にいる女の子よりも大事だって言うのか?
歯噛みする俺に、八雲もネコメに賛同するようなことを言い出した。
「……大地くん、実は今中部支部の立場は結構危ういんだよ。大日本帝国異能軍は中部支部にいた藤宮が発起人だってことが公表されてるし、そんな時に感情的な行動に出たら……」
「感情で動くなっつうんなら、異能使って命令でもしろよ! 人を助けるのに邪魔になる立場なら、霊官なんてクソ食らえだ!」
零れた怒声に、ネコメの目がスッと細まる。
前にも、こんなことがあったな。トシを異能専科に入れるときのことだ。
大木をぶちのめしたい俺と、霊官としてそれを止めようとしたネコメ。
結局あのときは学生証と異能具投げ出して勝手に出てっちまったんだっけ。
「……俺の考えは変わらねえ。真彩は守る。襲ってくるなら、あのフクロウはぶっ殺す」
立場は人を変えると言うが、俺に言わせりゃそんなのは『諦め』以外の何物でもない。人が変わるのでも考え方が変わるのでもなく、己を殺して波風立たない方に流されてるだけだ。
霊官であろうとなかろうと、子どもを見捨てる理由にはならない。
絶対に、諦める理由にはしない。




