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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編9 狂戦士の葛藤

 まるで、自分の背中から羽根が生えたみたいだ。

 神社の敷地をぼんやりと照らす、頼りない外灯によって地面に写る自分の影。その影に巨大な双翼が重なったとき、そんな下らない感想を抱いてしまった。

『ホォォォォォォォッ!』

 いつの間にか背後に回っていたフクロウ。

 狙いは真彩だったはずだが、それには俺が邪魔だと判断したのだろう。だからさっきも、俺の頭を狙った。

 その鋭い爪で、今と同じように。

 異能が解かれて、今の俺はほぼ生身。回避や迎撃どころか、振り向くこともできない。

(終わり、なのか……?)

 こんな呆気なく?

 呆然と、そんなことを思った瞬間、

『ダイチ!』

 ドン、と足元のリルが腹に向かって体当たりしてきた。

 俺はよろめき、体をくの字に曲げて体勢を崩す。フクロウの爪は、髪を掠めただけだった。

『しっかりしろ、ダイチ!』

 仰向けに地面に倒れ、腹の上でリルが吠える。

 未だショックから抜け切れていない俺の鼻っ柱に思いっきり噛み付き、痛みで正気に戻そうとする。

「リル……俺……」

 まだ信じられない。自分があんなことを言うなんて。

 守るべきはずの真彩を邪魔だと罵り、周囲への影響も考えず異能を行使して暴れ回る。

 その暴挙が、暴走ではないのが余計にタチが悪い。

 さっきの俺は明確に意識があった。異能を制御し切れずに暴走したのではなく、制御しつつああなった。

 向こう見ずに、自分のことも周りのことも度外視し、ただ目の前の敵を殺すことだけに支配された。

 オマケに、支配されておきながら、攻撃は何の成果も挙げられない無為なものばかり。

 手当たり次第に暴れていただけだ。

『異能に飲まれてたんだ!』

「異能に、飲まれて……?」

 違う。暴走なんかしていない。

 俺は俺の意思で、真彩のことを邪魔だと、あの時確かにそう思ってしまったんだ。

『暴走とは違う! ダイチに流れた異能が強すぎて暴れるしか考えられなくなったんだ!』

 異能が、強すぎた?

 俺はハッと、首元に触れた。

 ずっとそこにあって、今はその役目を終えてなくなった、グレイプニール。

 安全弁の役割を果たしていたグレイプニールをなくしたことで、異能の抑えが効かなくなったってことか?

 でも、それでも暴走しないための訓練が、あの完全制御だったはずだ。

「そうだ、そういえば……」

 異能の完全制御を終えて以来、俺は異能を用いた戦闘をしていない。

 異能を使うのは小月に見せるためだったり真彩に触るためだったりで、戦うために異能を使ったのは今のが初めてだ。

「じゃあ、あれが……」

 あれが、あの状態が、俺の本来の異能ってことなのか?

(あんな、暴れるだけの力が?)

 ウェアウルフ、狼男は、ベルセルクやベオウルフ、バーサーカー等様々な呼び方がある。

 共通するのは、理性を失った怪物ということ。

 脳内の快感物質によって正気を失った、狂戦士。

 それが、俺なのか?

「きゃあっ!」

 戸惑う俺の耳に、真彩の悲鳴がこだまする。

「真彩!」

 体を起こして視線を向けると、フクロウが真彩に迫っているところだった。

 金属のように鋭い爪を開げ、その二本の足で真彩の体を掴もうとしている。

『ダイチ、早く異能を!』

「で、でも……」

 またさっきみたいになるかも知れない。

 異能に飲まれ、周りが見えなくなり、他でもない俺の手で、真彩を傷つけるかも知れない。

 怖い。

 異能を使うのが、たまらなく怖い。

「リル……俺は……」

「うあぁぁぁぁ!」

 棒立ちする俺の耳に、真彩とは違う声が聞こえた。

「やあ! やあ!」

 気の抜けるような掛け声と共に投げられる石。転がってきたそれは、社の周りにだけ敷かれていた艶のある玉石だ。

「さ、小月……?」

 見ると社の裏から出てきた小月が、両手いっぱいに抱えた玉石をフクロウに向かって投げつけていた。

 真彩を守るように。

「この! どっか行け!」

「小月、お前、真彩が……」

 フクロウは実体のある妖怪だが、真彩は異能者にしか見えない幽霊だ。小月に真彩の場所は分からない。

「見えないけど、そこにいるんでしょ? この! 離れろ!」

 投げられた石のいくつかはフクロウの体に当たったが、投げているのは一般人の小月。当然石は効いている様子もなく、フクロウはただ煩わしそうにその身を震わせるだけだった。

「真彩ちゃん、そこにいるんでしょ?」

 見えない真彩に向けて、フクロウに石を投げながら小月が叫ぶ。

「大丈夫だよ! 絶対に、兄さんが助けてくれるから!」

「っ⁉︎」

 小月の言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。

 次いで締め付けられるようにキリキリと痛み出し、逃げ出したい衝動に駆られた。

(違う……俺が……)

 俺には、真彩を救う資格なんてあるのか?

 暴れて、罵り、真彩のことを蔑ろにした俺なんかに。

『ホォ……』

 次々と投げられる石にいい加減辟易したようにフクロウが小月の方を向き、タイミング良く投げられた石がフクロウの顔に当たった。

『ホォ!』

 顔への投石が契機となり、フクロウは小月に向けて一声鳴いた。

「ひっ⁉︎」

 フクロウの、妖怪の威容と威圧感。それを真正面から受けた小月は、抱えていた石をばら撒きながらへたり込んでしまう。

『ホォォォ……』

 邪魔をするならお前から殺す、フクロウはそう言っているようだった。

「に、兄さん……」

 震えながら俺を見る小月。

『ホォォォ!』

 小月に向けて羽根を開くフクロウ。

「お兄さん!」

 真彩もまた切迫した叫びを上げる。

『ダイチ!』

 リルに叱咤され、俺はおもむろに足元に転がってきていた玉石を握り込んだ。

 生身の状態でこんな物を投げたところで、恐らくは牽制にすらならない。

 そんなこと分かっているのに、俺は異能を使えないでいた。

『ダイチ、早く異能を!』

「で、でも……」

 また異能に飲まれたら、今度は真彩だけでなく小月にまで暴言を吐くかも知れない。傷つけてしまうかも知れない。

 そんなちっぽけな不安が、あと一歩を踏み出すことへの足枷になっていた。

 自分がこんなにも矮小な人間だったのかと笑ってしまいたくなる。

「お、俺……」

 この期に及んで尻込みする俺に、リルの叫びが轟いた。


『また救えないぞ!』


「ッ!」

 リルの言葉に、冷水を頭から浴びせられたような衝撃を受ける。

 次いで思い返される記憶。

 奈雲さんの顔。

 八雲の涙。

 そして、昨夜のオヤジの言葉。小月を頼むという、親からのバトン。

「うぉぉぉぉ!」

 瞬時に、反射のように素早く異能を発現し、握り込んだ玉石をフクロウに投げる。

『ホゥ⁉︎』

 野球の経験なんか無いが、多分メジャーリーガーのボールよりも速く投げられたであろう玉石は、フクロウの右翼を貫通して社の向こうの闇に消える。

「……真彩、小月、すまない。でも、謝るのも反省するのも、考えるのも後にする」

 異能を使った状態というのは、やっぱり悪くない。頭の中がハイになって、グチグチ考えたりすることが出来なくなるからな。今はこれでいい。

 異能の制御なんて、やりながら何とかしろ。俺は今までだって、結構行き当たりばったりで異能を使ってきたんだ。

「……そこを退け。俺が相手だろ、鳥ヤロウ?」

 不安なんて忘れろ。

 それでいて、目的を忘れるな。

 守るべきものを、見失うな。

「俺の妹達から離れろってんだよ!」

 怒声が、絶叫が、咆哮が、夜の神社に響き渡る。

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