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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編8 狂化

 空を飛ぶというのは、本来それだけでとんでもないチート能力だ。

 己の身一つで自在に空を飛ぶという能力は、翅を持つ虫と鳥類のみが有する希有な能力。進歩を重ねた人類でさえ、未だに綿密な設計で作られた機械に頼らざるをえない。

 しかし、空を飛ぶためには相応の代償がある。

 空を飛ぶために超えなければならない最初にして最大のハードル、それは重力。

 虫の飛行は体の大きさに対する翅の大きさに依存する。つまり蝶のように翅が大きいものは風を捉えて高く長く飛べるが、翅を持っていても体の方が重く大きい甲虫などは長時間飛ぶことが苦手だったりする。

 そして鳥は、身軽になることで重力を克服した。

 少しでも体を軽くするために食ったものを即時排泄し、身を守る脂肪も筋肉も薄くて、骨もスカスカで非常に脆い。

 つまり鳥は、脆くて弱い。

「一発殴れば、それで終いだ!」

 闇夜に流れる一筋の怪異、俺と真彩目掛けて飛来するフクロウに、俺は大振りな右パンチを見舞う。

 二メートル越えのフクロウなんてのは、物理的にあり得ない。限界まで体毛を無くしたハゲタカじゃあるまいし、そんな巨体ではどれだけ軽量化しようと、自重で飛べるはずがないからだ。

 それでも飛んでいるという事実は、要は異能としてのアイデンティティ。

 ケット・シーは猫の王様だから動物に命令できる。サトリは心を読む妖怪だから考えていることが分かる。物理的にあり得ない事象でも、異能としての在り方が物理法則をねじ曲げることは多々ある。

 それと同じで、どれだけ巨大でもフクロウだから飛べる。

 逆に言えば、どれだけ巨大でも、子どもの魂を集めていようと、あいつは所詮はフクロウだ。

 フクロウが、鳥が狼の攻撃に耐えられるはずはない。

「食らえッ!」

 放たれた右ストレートは、しかし空中で急停止したフクロウの体を捉えることはなかった。

『ホォォォォッ!』

 バサバサと羽ばたく翼に巻かれて神社の地面から砂が舞う。

「クソッ⁉︎」

 舞い上がった砂が視界を塞ぎ、侵入を防ぐために目を瞑る。

「しゃらくせえっ!」

 目は封じられたが、こちとら狼だ。フクロウから漂う腐ったような臭いのおかげで見失っても嗅ぎ失うことはない。

 フクロウの臭いは、上空へと遠のいていた。

「お兄さん、フクロウが逃げた!」

「分かってる!」

 砂による物理的な阻害を受けない真彩が背中で叫ぶ。幽霊は実体が無いからただの砂では目に入るようなことはないんだ。

 足を曲げて力を溜め、地面を蹴って大きく跳ぶ。

 砂埃の中から跳び出してフクロウを狙うが、振り回した腕はフクロウの遥か下方で空を切る。

「クソッ、面倒くせぇ!」

 フクロウの位置は、地上からおよそ四メートルほど。異能を発現した俺のジャンプ力でも到底届かない高さな上に、恐らく今のジャンプで俺の限界高度、即ちフクロウにとっての安全圏を教えてしまった。

「……じゃあ」

 直接殴ることは無理だと思い、砂埃の収まった地面に目を向けて小石でも無いかと探す。しかし、公園のように子どもが遊び場にしたりする神社ではその辺りがしっかりしているのか、目に見えるところには小石どころかゴミ一つ落ちていない。祭りの準備で掃除が行き届いているのも仇になったっぽいな。

 とりあえずさっきまでリルが追いかけていたゴムボールを拾って全力で投げるが、重さの足りないオモチャのボールはフクロウの羽ばたきに呆気なく飛ばされてしまう。

「なら、これならどうだ!」

 次いで目をつけたのは、神社に設置されている石造りの灯篭。

 風雨でデコボコになった表面に苔が生えたそれを、片手で思い切り持ち上げようとする。

「な、何やってるのお兄さん⁉︎」

『ダイチ⁉︎』

 首の後ろと頭の中で驚愕の声が響く。

「おっ……らぁ!」

 声を無視して力を込め、灯篭の屋根に当る部分を外す。

「待ってお兄さん! そんなの投げたら大変だよ!」

 灯篭をフリスビーのように構えた手を、背中から降りた真彩が制止する。

「邪魔だ、離せ真彩!」

 怒声を浴びせると真彩はビクッと手を引っ込め、その瞳に涙を溜めてふるふると震えだした。

 そんな真彩を無視して、俺は灯篭を持ったまま独楽のように回転する。灯篭の重さに遠心力を上乗せし、揺れる視界の中で狙いを定める。

 フクロウの位置は、ほぼ真上。

 手を離し、円盤投げの要領で灯篭を放る。

『ホォ!』

 狙いは寸分違わず、灯篭はフクロウの体を目掛けて飛んで行った。

 しかし、当たり前のようにフクロウは旋回して灯篭を避ける。しばらくして、重力に従い落下してきた灯篭が石畳の上に落ちて粉々に砕けた。

「この、チョコマカと……!」

 砕けた灯篭の欠片を拾い、次々とフクロウに投げつける。

 スピードはさっきよりもあったはずなのに、その全てがことごとく避けられる。

「この! クソッ! 当たれぇ!」

 投げる、避ける。

 投げる、避ける。

 滑稽な俺を嘲笑うかのように、フクロウは投石を避けながら徐々に高度を下げ、鋭い爪を携えた足で俺の頭を掴もうとする。

「ッ!」

 すれ違いざまに放たれた爪撃を、首を捻って躱そうとした。しかし、避けきれずに頬を裂かれて血が吹き出す。

「効くかぁ!」

 傷は深く、頬の内側の口内まで裂けているが、痛みは感じない。脳内を埋め尽くすドーパミンやアドレナリン、βエンドルフィンが痛みを感じさせない。

 負傷を無視して回し蹴りを放つが、フクロウは旋回してそれを避ける。

「きゃあ⁉︎」

 背後で蹲っていた真彩の髪を、俺の蹴りが掠めた。

「邪魔だ真彩! どっか行ってろ!」

 真彩の方を見ようともせずにそう言い捨て、低い位地で留まるフクロウに意識を向ける。

 再び上昇する前に仕留める。そう思って地面を蹴るが、

「っ⁉︎」

 踏み出した一歩は、驚くほど僅かに歩みを進めただけだった。

「リ、リル⁉︎」

 足元には、リルがいた。リルが俺を見上げ、牙を剥いている。

 リルの離別に伴い、体に漲っていた力が霧散し、耳も尻尾も消え失せる。

 リルの方から、異能を解除したのか?

「何してんだリル⁉︎ さっさとあいつを……!」

 ガブッ、リルが、俺の足を思い切り噛んだ。

「痛っ! 何してやがんだリル!」

『ダイチこそ、何してんだ⁉︎』

「っ⁉︎」

 俺が、何してる?

 何って、そんなの、

「あいつを、あのフクロウを殺すんだよ! さっさと異能を戻せ! 逃げられるだろうが!」

 早くしないと、フクロウに逃げられる。

 逃げられたら危険だ。あいつは野放しにできない。

 あいつを野放しにしたら……?

『よく見ろバカダイチ!』

 ぶんぶんと首を振り、牙を剥き出しにしてリルは吠える。

 そして俺は、信じられないものを見た。

「あ…………あれ?」

 辺りを見回すと、酷い有様だった。

 壊され、倒れた灯篭。

 地面で粉々になる灯篭の残骸。

 未だ頬から溢れる血に染まったシャツと、赤黒く汚れた地面。

 そして、石の残骸の中でへたり込む真彩の姿。

 怯え、震え、瞳に涙を溜めて、真彩は他でもない、俺を見ていた。

 俺を見て、恐れていた。

「お、れは、なにを……?」

 頬の傷から激しい痛みを感じ、自分の先程の言動を思い起こす。

 邪魔だ、離せ、どっか行ってろ。

 全部、俺が真彩に向けて言った。

「ま、真彩……?」

「ひっ!」

 一歩近づくと、真彩はその顔に恐怖を刻んで身を縮こまらせた。

 当然だ。あれだけ暴れ、邪魔だと罵られた男を目の前にして、こんな小さな子どもが怯えないはずがない。

「なに、してんだよ、俺は……?」

 頬の痛みが思考を徐々にクリアにしていく。

 呆然と立ち尽くしていた俺の影に、双翼の巨影が重なった。

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