小さな幽霊編7 フクロウ
フクロウ。夜行性の鳥。
特殊な羽の構造によって無音で闇夜を駆り、食性は肉食でネズミなどを主食とする。
森の賢者としての賢いイメージから分かる通り、古くから人間と関わりのある鳥だが、近年では多くの国や地域で絶滅危惧種に指定されたり、個体数の減少が説かれている。
またその容姿や様子に癒されるとかで、猫カフェならぬフクロウカフェなんてものも世の中にはあるらしい。
とはいえ、今目の前にいる相手を可愛いなどとは、毛頭思えないがな。
「に、兄さん、なに……あれ?」
放心して神社の境内にへたり込む小月を庇うように前に出て、俺はリルと同調し異能を発現させる。
「這ってでもいい、社の方まで下がれ小月」
耳や尻尾だけでなく雰囲気を一変させた俺に、小月は戸惑いながらも言う通りにしてくれた。
本当はもっと優しい言葉でもかけてやるべきなのだろうが、この状況は決して楽観視できるようなものではない。
ただの妖蟲や妖獣が相手なら何とでもなるが、このフクロウからはそれらよりも遥かに強い異能を感じる。
思い当たる節は無いが、恐らく『鎌鼬』のように個別の名前を持った『妖怪』に属するレベルのモノだと、直感的に悟る。
俺たちを睥睨していた目が弓形に細められ、子どもくらいなら丸呑みにできそうな口を開き、フクロウが鳴いた。
『ホォォォォォォォ……!』
「ッ⁉︎」
不気味な、腹の底から寒気を感じるような声だった。さっきまであれだけ蒸し暑いと感じていたのに、思わず身震いしてしまう。
『ダイチ、牙は?』
頭の中から聞こえるリルの問いに、舌打ちと共に悪態をつきたくなる。
「ねえ。完全に油断してた」
六月の藤宮の一件以来ほぼ丸一ヶ月、俺は妖蟲退治すらまともにやっていない。
夏休みに入ってすぐに生徒会室の地下で諏訪先輩たちと修行をしたが、あれは暴走の延長線のようなものでほとんど記憶にない。
戦闘行為から離れすぎていて、異能具を持ち歩くという危機管理さえ怠っていた。
(これで霊官になるとか、我ながら馬鹿じゃねえか……)
しかし、そんなことを言い訳にはできない。
俺の後ろには小月と真彩がいる。二人を戦闘に巻き込むわけにはいかない。
「……フクロウさんよお、アンタ妖怪の類だろ? 話は通じるか?」
異能を発現したままだが、両の手のひらを上に向けて戦意がないことをアピールしてみる。
妖蟲や妖獣は異能によって強化されただけで、本能で動くという点は虫や動物と大差ない。対して妖怪はリルのような神獣のようにとはいかないまでも、理性や知性を持つ場合がある。
このフクロウが何のために俺たちの前に姿を現したのかは分からないが、話し合いでご退場願えるのならそれに越したことはない。
『…………ヨコセェェェェ』
「ッ!」
期待通り、フクロウは言葉を発した。
しかし、その内容は期待外れ極まる、とても友好的ではないものだった。
「何をだこのヤロウ!」
文字通り手のひらを返し、構えをとりながら問い質す。言葉を荒げて臨戦態勢をとったことにより、脳内で興奮物質が多量に溢れるのが感じ取れる。
寄越せ、確かにフクロウはそう言った。
何かを欲してフクロウはここに現れ、俺たちに明確な敵意を向けている。
『ホォォォォォォォッ!』
雄叫びと言っても過言ではない声でフクロウは鳴く。
そして、バサッと広げられた両翼に、俺は吐き気を覚えた。
フクロウの体長は二メートルほど。翼を広げれば、幅は四メートル近くあるように見える。
その翼の内側に、『子ども』がいた。
フクロウの雛鳥という意味ではなく、人間の子ども。
それも一人や二人ではなく、両翼の内側にビッシリと敷き詰められるように子ども達の顔が並んでいる。
歳の頃はまちまちで、本当に幼い幼児から小月と同年代に見える者までいる。
何が楽しいのか、一様に狂ったような笑みを浮かべている、半透明の子ども達。
子ども達は、全員が幽霊だった。
『コドモ、ヨコセェ!』
叫び、両翼を羽ばたかせ、フクロウ飛び上がった。
翼の内側に子どもの幽霊を集めるフクロウ。
人間の子ども、その幽霊。
妖蟲なんかにとっては、高純度の餌となる幽霊。
アイツの狙いは、
「真彩ッ!」
俺が振り返ったとき、運悪く真彩と小月はすぐ近くにいた。小月には真彩がどこにいるのか把握できないから、真彩の方から近付いたのかもしれない。
二人が一緒にいた方が俺は立ち回り易いと考えを回してくれたのかもしれないが、それは悪手だ。
フクロウの狙いが真彩なら、小月が側にいては巻き込んでしまう。
空高く舞い上がったフクロウは俺たちではなく、社の方で腰を抜かしている小月と、その傍らの真彩に狙いを定める。
『ホォォォォッ!』
羽音の聞こえない、不気味な急降下。
俺の遥か上空から、真彩目掛けてフクロウが飛来する。
「真彩逃げーー」
ダメだ、逃げさせてはいけない。
真彩は飛んでいるし、原付きと同等の速度が出せる。そしてそれを追うフクロウも、飛んでいる。
いくら俺が異能で身体能力を強化しているとはいえ、空を自在に駆る相手に追い付くのは困難だ。
「ーーこっちに来い真彩! 俺から離れるな!」
言葉を聞いた真彩の反応は早かった。状況と俺の意図を瞬時に理解し、小月の元を離れて俺に近寄る。
言いながら俺も駆け出し、互いに接近した俺たちはフクロウの強襲よりも早く合流する。
お姫様抱っこの形で真彩の体を抱えてその場を跳び退くと、予想通りフクロウは進路を変えて俺たちの方に向かって来た。
「小月、社の裏に隠れてろ!」
真彩を連れていればフクロウの狙いは絞れる。縦横無尽に飛び回られちゃ戦いようが無いが、俺と真彩に向かってくるなら迎撃は可能だ。
それに、
「や、やだ……。兄さん……!」
俺の身を案じてくれているのか、単純に怖がっているだけなのか、小月はへたり込んだまま動こうとしない。
「言うことを聞け! さっさと隠れるんだ!」
「っ!」
俺の怒声に身を縮こまらせ、小月はよろめきながらも立ち上がって、頼りない足取りで社の裏側に逃げていった。
暗がりの視界から小月の体が消え、匂いも社の向こうに移動する。
これで小月を巻き込む心配は激減した。それに、これからの惨状を、『殺す』現場を小月に見せないで済む。
『ホォォォォ! ホォォォォ!』
旋回し、俺たちの頭上に舞い踊るフクロウ。
小月のことを一旦思考から外し、迎撃の姿勢を整える。
「真彩、首に手ぇ回せ。しっかり捕まってろ!」
手を離して真彩の体を背後に押し退けると、素直に腕を首に回して背中に負ぶさってくれた。負担にならないように体を浮かせて体重を掛けないようにもしてくれている。
「お兄さん……!」
「そのまま、死んでも離すな!」
いや、真彩はもう死んでるんだけど。
「相手してやる、鳥ヤロウ!」




