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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編6 散歩

 夕飯を食べ、風呂に入って一息つく。風呂上りの火照った体が網戸の向こうから流れる夜風で冷えていく感覚はなんとも心地いい。

 冷たいものを求めて冷蔵庫を漁っていると、アイスを発見した。夏に嬉しい氷菓が何種類もあり目移りしてしまう。

「小月、このアイス食っていい?」

「いいよ。兄さんはみかん?」

「大好き」

 今の時期にしかコンビニに並ばない『ガツンとみかん』。夏はやっぱりこれだよな。

『ダイチ』

「ん?」

 包装を剥いてアイスを咥えた瞬間、リルが不機嫌そうに声をかけてくる。嫌がるのを無視して無理矢理シャワー浴びさせたの怒ってるのか?

「なんだよ? アイス食いたいのか?」

『そうじゃない。ダイチ、何か忘れてないか?』

 はて、何のことだ?

 晩飯もちゃんと食わせたし、嫌がっていたが風呂にも入れた。あとはダラダラテレビでも見て寝るだけなんだが。

 首を傾げる俺に見切りをつけたのか、リルはトタトタと二階に上がり、何やら咥えてすぐに戻ってきた。

『ん!』

 ずいっと、リルは咥えていたものを差し出す。これは、リード?

『今日散歩行ってない!』

「あー……」

 そういえば行ってないな、散歩。

 昼間普通に出掛けたけど、確かにリルはずっとケージの中だったし、全くと言っていいほど歩いてない。学校ではそこら辺歩き回ってたから失念していたが、運動不足は犬にとって切実な問題だ。

「でもお前、そういうことは風呂入る前に言えよ」

 せっかく風呂に入ってさっぱりしたのに、また歩き回って汗をかくとか勿体ない。

『今日のダイチは真彩のことばっかりだったから、ボクのこと後回しにしてたろ!』

 そりゃ確かにそうだけど、こいつたまにかまってちゃんになるんだよな。まあ犬っぽいちゃ犬っぽいんだが。

「分かったよ。その辺ひと回りな」

 渋々リードを受け取り、昨日小月が巻いてくれたスカーフを外して散歩用の首輪を付ける。

 飼い主(?)の責任として、散歩は当然の義務だ。面倒がらずに連れて行ってやろう。

「兄さん、私が行ってもいい? リルちゃんの散歩してみたい」

 小月がそんな提案をしてくるが、それはあまり良くない。女の子が夜一人で出歩くというのは兄として了承できないし、なによりリルは異能生物。異能に関する危険が全く無いとは言い切れない。

「ついて来るのはいいけど、小月がつれてくのはダメだ。夜も遅いし、何が起きるか分からないからな」

 俺が初めて妖蟲に襲われたのは鬼無里ではなくこの近くの河川敷。つまり妖蟲が絶対にこの辺に現れないとは限らないのだ。

「真彩も来るか?」

「うん!」

 リビングで暇そうにしていた真彩を誘うと、喜んで寄ってきた。

 チラリと小月に視線を向けるが、昼間のように怖がる様子はないな。

「オヤジー、ちょっとみんなでリルの散歩行ってくるわ」

 俺と入れ替わりで風呂に入ったオヤジにそう言い残し、リルの排泄物処理道具とオモチャのゴムボールを持って俺たちは外に出た。

 勢い良く走り出したリルに引っ張られてサンダルを履いた足をもつれさせそうになりながら、兄妹と幽霊と狼という奇妙な一団の夜の散歩が始まった。

 外灯が少なくて暗いが、道が見えない程ではないな。

「しかし、こっちは暑いな……」

 夜になってもこの暑さ。加えて鬼無里に比べると湿度が高くて蒸し暑くもある。

「やっぱり鬼無里は涼しい?」

「向こうにいた時は特に意識してなかったんだけど、やっぱり違うよ。向こうはあんまり湿気がないから、体感温度が大分違う」

 東京とかは更に気温も湿度も高くて不快指数が高いらしいからな。夏休みとはいえ避暑地でもない東京に遊びに行く予定だという八雲の気が知れない。

「きなさ?」

 書き慣れない地名だったのか、隣を浮遊している真彩が首を傾げた。可愛い。

「俺が行ってる学校があるとこだよ。俺みたいな魔法使い、まあ正しくは異能者って言うんだが、そういう人間の専門の学校があるんだよ」

 簡潔に説明してやると心惹かれるものがあったのか、真彩はあからさまに目を輝かせる。

「行ってみたいか?」

「いいの⁉︎」

 もちろん、と頷こうとして、躊躇う。

 真彩がいつまで俺と一緒にいることになるのか分からないし、そもそも幽霊を異能専科に連れ込むのを許可して貰えるかも定かではない。

 昔ネコメと八雲も幽霊を連れて行ったと言っていたが、考えてみれば異能場である鬼無里に異能の干渉を受け易い幽霊を連れ込むことが推奨されるはずもない。短い期間を設けてやっとこさ連れて行けたってとこだろう。

 ネコメは異能場に幽霊がいたら処置が必要みたいなことも言っていたし、恐らく鬼無里に長居したら、真彩には良くない影響が出る。

「夏休みが明けて、お許しが出たらな」

 結局のところ、俺が言えるのはその程度のことだった。

 ここで口約束するのは簡単だが、それは真彩に対して不誠実な気がする。

「その学校の人ってみんなお兄さんみたいにあたしのこと見えるんでしょ? 楽しみだな」

 無邪気にそんなことを言って飛び回る真彩。

 できることなら叶えてやりたいと思いながらも、安易に学校のことを口にしたことを後悔する。

「それで、どこまで行くの?」

 会話が聞き取れないながらも俺の気病みを悟ったのか、小月が助け舟を出すように口を挟んでくれる。

「あー、この先に神社あったろ。そこで適当に遊ばせるよ」

 昼間に前を通ったとき祭りの準備をしていたあの神社だ。

 ちっちゃい神社だがリルが走り回る程度のスペースはあるし、あそこでしばらくボール投げでもしてやればリルも満足するだろう。ついでに祭りの日程も確認しなきゃな。

「あそこか……。昔お祭り行ったよね」

 子どもの頃のことを思い出したのか、小月もそんなことを口にする。

 祭りに何の興味も持たないオヤジの代わりに、俺たちを祭りに連れて行ってくれたのは母さんだ。思い出の中のあの頃は俺たちが一番家族でいられたときで、同時にもう戻ってこない日々でもある。

「今年は行くか? 真彩を連れてく約束したからさ」

 幽霊と一緒というところに引っかかるかと思ったが、小月は嬉しそうに頷いてくれた。

 そんな話をしていると件の神社にたどり着いた。祭りの準備の形跡はあるが、人はいない。

(それに、異能も全く感じない)

 神社で遊ぶというのもバチ当たりかと思ったが、ここは異能の気配が全くしない。こう言っちゃなんだが、完全にお飾りの神社だ。バチなんて当たりようがない。

「おしリル、ここでしばらく遊んで帰るぞ」

 首輪からリードを外してポッケに入れていたゴムボールを見せてやると、リルは尻尾を振って期待顔を見せる。

「ほーれ、取ってこーい」

 社の側に立って敷地の端に向けてボールを投げる。逃げる獲物を本能的に追いかける習性がある犬は、大抵このボール投げという単純な遊びが大好きだ。

 素早くボールに追いついたリルは、砂の地面を転げながらもボールを上手くキャッチする。そして咥えたボールを俺の元まで持って来て、もう一回を要求する。

(砂まみれ……。こりゃ帰ったらもう一回シャワーだな)

 嫌がろうが絶対に洗ってやる。こんな汚れた状態で家の中に入れたら俺が怒られる。

「兄さん、私もやっていい?」

「ああ、いいぞ」

 リルから受け取ったボールを小月に渡してやる。

「どう投げればいい?」

「適当でいいよ。どんな風に投げても大体取ってくるから」

 おっかなびっくりボールを振りかぶる小月を催促するようにリルは小月の周りをぐるぐる走り回る。

『サツキ、早く!』

「え、えーい!」

 小月の投げたボールは、遅いが高い。

 放物線を描いて落ちてくるボールを、跳び上がったリルは空中でキャッチした。

「お、ナイスキャッチ」

「リルちゃん、すごい!」

 ボールを咥えて戻ってきたリルを思いっきり撫で回し、小月は再びボールを投げる。

 しばらくリルの相手は小月に任せようと思い、俺は少し離れたところで浮いている真彩に話しかける。

「真彩もやりたいか?」

「うーん、できるならやりたいけど……」

 ボール触れないもんな。

 ボール型の異能具とかあったら真彩でも触れるかもしれないな。遊びに使ったら怒られそうだけど。

「……?」

 どうにかして真彩も遊べないかと考えていると、そんな平和な思考を打ち切るように突如として奇妙な臭いを感じ取る。

 あまり好ましい臭いではなく、獣臭さや腐臭に近い。

「なんだ、この臭い……?」

 突然現れたというより、近づいてきた感じだ。

 いや、今も近づいてきている。

「リルッ!」

『ダイチ!』

 リルも同じ臭いを感じだのだろう。ほぼ同時な揃って同じ方向を向く。

 外灯の少ない夜の闇の中でも威容を放つ朱。神社の鳥居の上に、そいつは現れた。

「まずいな……」

 羽ばたいていた羽を納め、鳥居の上から俺たちを睥睨する妖しく光る双眸。

 体長は目測で二メートルほどもある巨体。丸みを帯びた特徴的な頭部。鳥居を掴む脚の鋭い爪。

 そして、臭いはするのに、その羽音はほとんど聞こえなかった。

 無音の羽ばたきで獲物を狩る、夜の狩人。

「鳥……フクロウか」

 そいつは、フクロウの異能生物だった。

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