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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編4 妹と幽霊

 失念していた。

 いや、単に感覚が麻痺していただけなのかもしれない。

 異能に遭って、妖蟲や妖獣と戦って、異能者や鬼と戦う。そんな超常が当たり前になっていたせいで、俺は単純なことを見落としていた。

 普通、幽霊って怖いんだ。

「小月、落ち着いてくれ」

「おおお落ち着ける訳ないでしょ⁉︎ だって幽霊でしょ? 幽霊がそこにいるんでしょ⁉︎」

 いや、まあ、いるけどさ。

 鼻から素麺を噴き出し、椅子から転げ落ちるという醜態を晒した小月。そんな小月の怯えっぷりを見て、真彩は顔を曇らせてしまう。

「小月、真彩に悪いから、あんまり怖がるなよ」

「誰よ真彩って⁉︎」

「幽霊の子だよ。まだ小さい女の子なんだ」

 まだというか、多分ずっと小さいままだけど。

「こ、子どもの幽霊なの?」

「ああ。えっと、そういや真彩って何歳なんだ?」

 小学生くらいだとは思うが、年齢聞いてなかったや。

「十歳だよ。四年生」

「十歳の四年生らしい。名前は真彩……ん? そういや苗字は?」

「ほたるはら」

「ほたる、はら?」

 蛍原と書くのだろうか? 珍しい苗字だな。この字なら『ほとはら』って方がしっくり来る。芸人にもいるし。

「そんなわけで、蛍原真彩だ。駅前の駐車場にいた幽霊で……連れてきた」

「どれだけ相手を知らないでフワフワした理由で連れてきたの⁉︎ なにがどうして幽霊家に連れ込むことになったの⁉︎」

 再会してからこっち、最高のテンションだな小月よ。そこまで慌てられるとこっちは逆に冷静になれていいぞ。

「幽霊ってのは未練を解消すると成仏できるってのが定番だろ? 迷える霊を成仏させるのも霊官の仕事なんだよ」

 嘘です。幽霊は霊官の仕事に関係無いから関わるなと先輩の霊官に言われたけど、無視して連れて来ました。

 しかし嘘の効果は抜群。仕事だと言われると強く反論できないのか、小月は怯えた表情のまま黙って俺を睨み付ける。

「そんなに怖がらなくても、何もしないぞ。つーか幽霊ってのは基本的に何もできないんだよ」

 異能者でないと見えないし声も聞こえない。異能生物でないと触ることもできない。一般人である小月にとってはいてもいなくても同じだ。

「そう、なの?」

「ああ。触れるのはリルくらいだ」

 昼飯を食い終わってあくびをしていたリルを抱え上げ、宙に浮く真彩に抱かせて見せる。これで小月にはリルが浮いているように見えるはずだ。

「ほらな。見えないだろうけど、ちゃんとここに……」

「ポルターガイストォォォォ⁉︎」

 怯えが増長してしまった。

 涙目になり、四つん這いでリビングから逃げ出す小月。まさか小月がここまで幽霊を怖がるなんて思わなかったな。階段を上がって自室に行ってしまった。

「大地お兄さん、あたし、出て行った方がいいかな?」

 リルを床に下ろし、真彩がそんなことを言ってしまう。

 自分の存在に怯える小月の姿は、相当にショックなのだろう。

「バカ言うな、小月はちゃんと説得する。だから心配するな」

 安心させるためにそう言って笑いかけてやると、真彩は少し不安そうだったが、ちゃんと頷いてくれた。

 真彩とリルを部屋で遊ばせておき、俺は昼飯の後片付けをしてから小月の部屋を訪れる。

「小月?」

 ドアの前で呼びかけるが、返事はない。

(誤算だったな……)

 こんなに怖がらせてしまうなら、小月には真彩のことを言うべきではなかったかもしれない。

 何もないところに話しかける様も、リルと話しているフリでもしていれば誤魔化せたかもしれない。

 でも、それでも俺は、小月にも真彩のことを受け入れてほしい。

「小月、入るぞ」

 一応一声かけてからドアノブをひねる。鍵は掛かっていなかったが、単に掛け忘れたのか、幽霊相手には無意味だと思ったのか。

 小月の部屋は小学生の頃に小月が使っていた部屋で、完全に空き部屋になっていたところに新品のベッドと多少の私物が持ち込まれている。

「小月、落ち着いたか?」

 ベッドの上でタオルケットを被っていた小月に声をかけると、ヤドカリのようにひょこっと顔を出した。

「……幽霊は?」

「俺の部屋にいるよ。リルと待たせてる」

「そう……」

 しばらく間を置いてから、慎重に言葉を選びつつそっと切り出す。

「幽霊は怖いか?」

 俺の問いに、目元に涙の跡を残したままの小月が声を荒げる。

「あ、当たり前でしょ! 怖くないって言ってる人だって、本物見たことないからそう言うんだよ! 家の中に幽霊がいるなんて、怖いに決まってるじゃない!」

 うーん、それが普通の感覚なのかな。

 幽霊といっても見た目は完全に普通の女の子だし、はっきり見える俺からすれば怖がる要素が無いんだけど。

「逆に何で兄さんは怖くないの⁉︎」

「そう言われても……。俺はもっと怖いもの見てきたし……」

 妖蟲や鬼と比べたら可愛すぎて愛おしくすらある。

「もっと、怖いもの……?」

 訝しむ小月に苦笑いを向け、指を折って今まで出会ってきた恐怖を数える。

「馬鹿デカくて人を食っちまうような虫や動物。二メートル以上ある鬼に、不老不死の妖怪じみたババア。腕が木になるチンピラは、結局全身が木になっちまったな。あと、今となっちゃ怖くもねえけど、手が鎌になるヤンキーや口から糸吐く蜘蛛女とかも」

 自分で言ってて何だが、コイツらに比べれば本当に幽霊ってやつは無害だな。見た目が可愛い分有益ですらある。

「そんなのと兄さんは戦ったの?」

「戦ったし、これからも戦うだろうな。それに比べりゃ幽霊なんて何ともないだろ?」

「…………」

 諭すように言ってみるが、小月はやはり納得してくれていないようだ。

「……俺もリルも、幽霊とは違うが、実際は幽霊以上の化け物だ。昨日狼の耳見せたろ? あの状態なら、俺は多分簡単に人も殺せちまう」

 少しズルい気もするが、ここはあえて悪い言い方をさせて貰うとしよう。

「俺やリルも怖いか?」

 小月は一瞬沈痛な面持ちになり、フルフルと首を振って否定する。

「そんなことないよ。リルちゃんは犬みたいだし、兄さんは、その……私にとっては兄さんだし……」

 やっぱり、幽霊を含む異能そのものに強い拒絶があるわけではなく、幽霊やオバケといった概念を曖昧に怖がっているだけみたいだな。

 それなら、理論武装とまではいかないが、詭弁で押し通せる。

「そう言ってくれて嬉しいよ。でもな、真彩も他の誰か、例えば真彩の両親とかにとっては真彩なんだよ。お前が俺を化け物じゃなく俺だと思ってくれるように、真彩は幽霊じゃなく真彩なんだ」

「あ……」

 俺の言わんとしていることが伝わったのか、小月は僅かに目を見開いて声を漏らす。

「俺が他の人に、化け物だって拒絶されるのを見たら、小月はどう思う?」

「それは……嫌かな。兄さんのこと知らない人に、そんなこと言われるの」

 少し反省したように、小月は目を伏せてそう言った。

「だろ? 自分がされて嫌なことは人にもするな、なんて薄っぺらいこと言うつもりはないけど、真彩を拒絶するのは、もう少し真彩のことを知ってからでも遅くはないんじゃないか? それができないなら、せめて知らんぷりしてやるとかさ」

 消極的な提案だと思ったが、それでも小月は頷いてくれた。

 心の底では怖がっているのだろうが、今はまだそれでもいい。

 もし真彩の姿を小月に見せることができたなら、きっと受け入れてくれると思うから。

「……でも、兄さんこそどうして、その、真彩ちゃんを連れてきたの? 仕事だからって、なにも家に連れてくることなかったんじゃないの?」

「あー、悪い。幽霊の成仏が霊官の仕事ってのは嘘なんだよ。ただ、どうしても放っておけなくて……」

 照れ臭いが、やっぱり自分にまで嘘はつけない。

 自分たちを見て、救われたような顔をしてくれたからって理由が半分。

 もう半分は……


「昔の小月に、ちょっと似てるんだよ」



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