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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
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小さな幽霊編2 野良幽霊を拾う

『それで、何であたしに電話してくるの?』

「お前しか頼れそうな奴がいないんだ。頼むよ八雲」

 炎天下の駐輪場で額から流れる汗を不快に感じながら、電話の向こうで眠そうで不機嫌そうな声を上げる八雲に協力を取りつけようとする。

『大地くんの頼みならそりゃ協力したいけど、幽霊かぁ……』

 ネコメと半ば口論のような形で別れた後、俺はネコメがマンションに戻るまでの短い時間に八雲に電話をかけた。

 電話の用件は、幽霊の女の子を拾ったからなんか知恵を貸してくれという、何ともフワッとした内容の相談。

 真彩のために何かしてやりたいと思うのだが、具体的に何をどうすれば真彩のためになるのか見当もつかない。

 ネコメとはケンカみたいになってしまったし、真彩のことをなんとかするには八雲に頼るしかなかった。重ねて言うが、何をどうすればいいのかも分からないのだが。

『具体的に何がしたいの? その幽霊ちゃんの何をどうすれば大地くんは満足なの?』

「……なんかを、なんとかする」

『切っていい?』

「待った! すまん! えっと、とりあえず幽霊について具体的に教えてくれ」

 寝起きであまり機嫌のよくない八雲を繋ぎ止め、とりあえず情報収集に専念する。敵を知り己を知れば百選危うからずというやつだ。いや、なにと戦うのか知らんけど。

『ネコメちゃんの言った通り、幽霊ってのはほとんど現象に近いものだからね。異能場の外で成立することも稀だし、明確な自我を持つことも珍しい。でも、それだけだよ』

「それだけって……」

『すっごく珍しい形の雪の結晶があったとして、形が違ってもそれはただの雪の結晶でしょ? 時間が経てば溶けて無くなるだけの、ただの雪。それと同じで、どれだけ人間っぽい形でも、人間みたいな自我があっても、それはただの異能の残滓。それも異能混じりを生むような異能生物の残滓とは違って、純粋な力そのもの。異能場の光に意思が宿ったようなものなんだよ』

 八雲の言葉は辛辣だった。

 ネコメ同様に真彩のことを一人の人間の幽霊ではなく、一つの異能、それも異能生物や妖蟲よりもさらに下位のものとして扱おうとしている節がある。

「なあ、教えろよ。何で霊官ってのはそんなに幽霊を特別視しない……いや、幽霊を特別下に見ようとしてるんだ?」

 俺は隣にいる真彩に視線を向ける。真彩は原付きの前籠から顔を出すリルを好奇心に満ちた目で見つめ、恐る恐る手を伸ばそうとしている。

 異能者は幽霊を見ることしかできないが、リルのような異能生物なら触れることができるようで、その小さな手があごを撫でるとリルはくすぐったそうに身をよじる。

 毛の感触が心地良いのか、反応が楽しいのか、真彩は面白がって何度も何度もリルをこねくり回し、顔を綻ばせた。

 その姿はどう見ても普通の女の子で、真彩が幽霊であることを忘れてしまいそうなほどだ。

『あー、やっぱり、分かっちゃうんだ?』

「ネコメの態度見りゃ分かるよ。あんな無理矢理幽霊から引き離そうとするなんて、あいつらしくねえだろ」

 苦笑とも嘆息とも言えるため息を吐き、ネコメの演技の下手さに辟易する。

 ネコメは明らかに俺の意識が真彩に向かないようにしていた。

 無理矢理モノ扱いし、その場を離れるように促していた。

「言い方悪いけど、愛着が湧かないようにしてるっぽかったな。一時の可哀そうで野良猫に餌やるのが、結果的に一番可哀そうのことになるってやつ」

 ネコメの先程の言葉に、恐らく嘘はない。幽霊を助けようだなんて無意味なことだというのは、きっと本当の事なんだろう。

 でもそれ以上に、なにかある。

 幽霊を、その人格を一個人として認識することに対する忌避が、ネコメの態度からは感じられた。

『多分その通りだと思うよ。ネコメちゃんは、大地くんにその子を可愛がって欲しくないんだよ』

 可愛がって欲しくないとは、聞きようによってはヤキモチのようでもあるが、ネコメはそんな安っぽい感情で動くやつじゃないし、そもそも別に俺とネコメは付き合っているわけでもない。

「理由、知ってるんだろ?」

 教えてくれよ、という俺の追及に八雲はしばし黙り、やがて観念したように語り出した。

『ネコメちゃんが霊官になってすぐ、あたしと一緒に先輩の霊官の下で異能犯罪者を追ってたときのことなんだけど……』

 その仕事の最中に、一人の幽霊を見つけたらしい。

 中年の男性で、生前はどこにでもいる冴えないサラリーマンだった幽霊。

 その男はネコメたちが自分のことを見えると知ると、一つお願いをしてきたらしい。

『家族に一目会いたい。娘に謝りたいって言ってきたの。娘さんはあたしたちと同じくらいの年頃で、反抗期もあってケンカしたんだって。それで、ケンカした日に……』

 運悪く亡くなり、仲直りもできないままになってしまった。

「たまたまその人には未練があったみたいだけど、幽霊ってのは未練があるから幽霊になるわけでも、未練を解消したから消えるわけでもないんだろ?」

『うん。だから一緒に事件を追ってた先輩は、余計なことしない方がいいって言ったの。幽霊のことなんて放っておいて、異能犯罪者を追う仕事をキチンとしなさいって』

 ネコメの性格からすれば、当然仕事を放り出すような真似はしない。かと言って、家族に会えないまま亡くなった人を見放すようなことだってしないはずだ。

『結局妥協案として、仕事が片付くまでその人のことは保留にしておくことにしたの。先輩も仕事が終わったらあとは好きにすればいいって言ってくれたから。でも、仕事が終わって、これから家族のとこに行こうってときに……』

 そこで八雲は言葉を止める。

 恐らくは言いづらい、好ましい結末は迎えないであろう言葉を、俺は黙って待った。

『その人、妖蟲に食べられちゃったの』

「たべ、られた……?」

『うん。学校の敷地内に出るのは危ないから、部屋にいていいって言っておいたんだけどね。その人、あたしやネコメちゃんを娘さんと重ねてたみたいで、娘さんとのケンカの原因も、勝手に部屋に入るなとかそんな感じだったらしくて』

 それで何となく居辛くなり、部屋を出て、妖蟲に襲われた。

 何とも馬鹿げた話だ。

『幽霊は純粋な異能。異能の純度としてはかなり高いから、妖蟲からすれば異能場の光を浴びるよりも効率がいい餌だったんだよ。ちゃんと言っといたんだけどね……』

 後悔と、僅かばかりの懺悔。

 その時ネコメのそばにいたであろう八雲も、きっと似たような気持ちだったのだろう。

「それで、どうしたんだ?」

『どうもしないよ。ただそれっきり。幽霊なんて毒にも薬にもならないから、いてもいなくても何かが変わるわけじゃない。ただ、あたしたちはあの人のことを、二回殺した』

 二回、殺した。

 一度死んだ人に、二度目の死という恐怖と絶望を与えた。

 自分が放っておけば、いずれ自然に消えた人。その人に再び家族と会わせてやると安請け合いし、結果的にその約束も果たせずに死なせた。

 一度救おうとし、更なる絶望を与えた。

 それは果たして、善行なのか悪行なのか。

 動機は間違いなく善意だ。救おうとし、手を差し伸べた。

 結果はきっと悪だろう。救えず、最後には何も残らなかった。

 結果悪、なんてつまらない感想を抱いてしまう。

「……でも、救おうとしたんだろ?」

『理由なんて関係ないよ。そんなことで私は正しいことをしようとした、なんて胸張れる子じゃないのは大地くんだって分かるでしょ?』

 それはそうだ。ネコメはそんな無責任なやつじゃない。

『残ったのは、その人への罪悪感だけ。それからネコメちゃんは、幽霊を人だと思わないようにしてるの。悲しいことになるくらいなら、最初から関わらなければいいってね』

「まさに野良猫扱いだな」

 餌を貰った野良猫は、人から餌が貰えると学習してしまう。

 楽なことを覚えれば、狩りでネズミなんかの獲物を取ることを忘れ、人に対する警戒心も薄れる。そうなれば人の近くに寄ってくるようになり、排泄物や鳴き声を嫌う人の通報で保健所が動く。

 待っているのは殺処分だ。

 当然全ての野良猫に当て嵌まることではないし、どんなことにも例外はある。

 ただし、それが一例であることは間違いない。

 例え待っているのが飢え死にだとしても、野良猫に餌をやるものではない。

 その考え方を、ネコメは幽霊に当て嵌めようとしている。

『で、今の話を聞いて大地くんはどうするの?』

「どうって?」

『その子、あたしも捨てるなら早い方がいいと思うよ。今ならまだ愛着湧いてないでしょ?』

 八雲の提案に、俺は思わず吹き出しそうになった。

「俺は捨てる相談じゃなくて、救う相談をしてるんだぞ?」

『今見捨てるのが結果的に一番その子のためになるって話してたつもりなんだけど?』

「勝手に決めんな」

 少しだけ声のトーンを落とし、俺は言った。

 捨てることが真彩のため? そんな馬鹿な話があるか。

 それに、愛着というなら、もう遅い。

 真彩は籠からリルの体を抱え上げ、リルも応えるように真彩の頬を舐める。小動物と少女というのは、なるほど絵になる光景だ。

「真彩、側から見るとリルが宙に浮いてるように見えるから、籠に戻しなさい」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 叱られた、と思ったのか、真彩はいそいそとリルを籠に戻す。

「家に着いたら好きなだけ触らせてやるから、ちょっと我慢してくれ」

「家?」

 きょとんと首を傾げる真彩の頭にそっと手を伸ばす。うーむ、やはり触れないか。

『ちょっと、大地くん? 家ってまさか……』

「ああ。真彩はしばらく俺の家で面倒見るよ」

『はぁ⁉︎』

 動揺する八雲には悪いが、このまま捨て置くなんてできっこない。

(あんな顔されちまったらな……)

 俺とネコメを前にして、真彩は確かにその顔に喜びを浮かべた。

 ずっと一人ぼっちで、誰もが自分の前を素通りする。そんな時間がどれくらいあったのかは、想像もつかない。

 それが、この小さな女の子にとってどれだけ寂しかったのかも。

(救われた顔、してたもんな……)

 見ず知らずの幽霊。放っておけばいずれ消える、泡沫の幻。

 だとしても、救えるのなら、救いたい。

『……事案じゃない?』

「人聞きの悪いこと言うな!」

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