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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編40 Yesロリータ can'tタッチ

「あー無駄な時間だった!」

 喫茶店から出ると同時に力一杯叫んでやる。通行人が何事かとこっちを見るが、知ったことか。

「事情を電話で言ってくれればいいのに、ホントに無駄だった。無駄だから嫌なんだ。無駄無駄」

「なんですかそれ……」

 頭を抱えたままだったネコメを解放し、さっきよりずっと強く感じる日差しに辟易する。

 日は既に中天に近く、なんならこのまま喫茶店でお昼を済ませても良かったのだが、なんだか無性に早く逃げたくなったのだ。

「それにしても、雪村先輩はお忙しいみたいですし、やっぱりアルトさんにお仕事回してもらいましょうか?」

「うーん、それが一番な気がしてきたな」

 ネコメの保護者で、中部支部支部長の柳沢アルトさん。当然暇ではないのだろうが、仕事一つ回して貰うくらいネコメなら電話一本で済ませられそうな気もする。

「そういやネコメも霊官なんだし、夏休み中に回されてる仕事とかあるんじゃねえのか?」

 その仕事を横流ししてもらえれば一番早いのだが、と思ったが、ネコメは首を振ってしまう。

「実は、私は夏休み中に実務を回されていないんです。今の私の仕事は火車さんと信頼関係を築くことなので」

「火車との、信頼?」

「はい。火車さんはかなり強い力を持った異能生物なのですが、あの通りあまり協力的ではないんです。なので、動物の異能に強い私が火車さんと仲良くなるようにと、アルトさんに」

 なるほど、それは確かに一朝一夕でこなせる仕事ではない。

 側から見てればただ猫と戯れているだけでも、信頼関係というのはどれだけ長く深い時間を過ごせるかだ。しかも相手は普通の猫ではなく、異能生物。意思の疎通ができるリルほどではないにしても、総じて異能生物は普通の動物よりも高い知能がある。知能が高ければ、本能だけの動物よりも仲良くなるのは難しいだろう。

 そしてその分、一度信頼関係ができれば、それはちょっとやそっとでは崩れない強い絆になる。

「俺は火車に懐かれてるみたいだけど、俺が信頼関係結んでも意味無いもんな。仕事は改めて探すとするか」

 少し遅れても、手が空いた頃に諏訪先輩に改めて頼むのもいいかもな。

「それじゃあ今日は解散ですかね。もういい時間ですし、どこかでお昼食べていきますか?」

 腕時計を見ながらネコメがそんな提案をしてくるが、さすがにそれは良くない。家で待ってる小月には帰り時間も言わずに出てきてしまったし、この時間では既に俺の分も昼飯の用意をしてくれているだろう。

「いや、実は妹が実家に戻っててさ。多分昼飯用意してくれてるんだよ」

「い、妹さんがですか?」

 ネコメは俺が異能混じりになって異能専科に入ったときに、俺の家族構成を知っている。それに恐らく、俺が知っていた以上の情報も知っているはずだ。

「ああ。お前、オヤジが妹の面倒見てたの知ってたんだろ? それに、俺の母親のことも……」

「……はい」

 やっぱり。

 母親が失踪し、オヤジが小月の面倒を見ていた。俺が知らなかったその話も、俺の家族構成を調べる上で、霊官がその情報を知り得ないはずもない。

「ごめんなさい、本人が知らないことは打ち明けてはいけないと決まっていたので……」

 ネコメは小月のことを黙っていたのを負い目に感じているらしく、俯いてしまう。

「あ、いや、別にそのことでどうこうって訳じゃないんだ。ただ……」

 ただ、あまりネコメとこの話をしたくない。

 ネコメは母親というものにトラウマがある。背中の傷痕を消さないほどに、未だ強く根深く心を囚われている。

 実の母に虐待されて育ったネコメに、母親に見捨てられた小月の話をするのは避けたい。

 それが余計なお節介だったとしても、ネコメにも小月にも母親というものを意識させたくない。

「……それじゃあ、今日はこれで解散にしましょうか」

 俺の真意を知ってか知らずか、ネコメはそれ以上何もいうことなくそう提案してくる。

「そうだな。仕事のことは、また考えるとするよ」

 俺も言及することなく、ネコメを伴って歩き出す。

 喫茶店のある通りから一本出ると、夏休みの昼時ということもあり朝以上に人が多い。

 駅の方をチラッと見ると、飲食店の集まったエリアでは店の外に行列までできていた。

「この暑いのに、よく外で並ぶ気になるな……」

 有名なラーメン屋とかならともかく、マックの外にわざわざ並ぶなんて正直気が知れない。

「人が多いですけど、今日は何かイベントでもあるんですかね?」

「特に何もないだろ。強いて言えば、世の学生にとっては夏休みそのものがイベントみたいなもんだ」

 どいつもこいつも夏休みに浮かれやがって。こっちは仕事探してるんだぞ。なんて、益体もない八つ当たりじみた思考までしてしまう。

 飲食店に並ぶ人と、駅の改札から続々と流れてくる大荷物を持った帰省組っぽい人の波を抜け、駅の構内を通り過ぎる。一応気休め程度の空調は回しているっぽいのだが、溢れる人の熱気で全く涼しくない。

 人の多い駅を抜けて駅前の大通りに出ると、今度は一気に人気が無くなる。喫茶店のある側には飲食店やアミューズメント施設が多いのだが、ネコメのマンションのあるこちら側は少し歩くと住宅街なので人が集まりにくいのだ。

「俺原付きで来てるから、マンションの前まで送ってこうか?」

「大丈夫ですよ、歩いてすぐですから」

 まあ確かにネコメのマンションは駅のすぐ近くだ。駐輪場で原付きを停めた場所を探している間にマンションに着いてしまう。

「それじゃあ、また……?」

「大地君?」

 ネコメと別れようと手を上げた瞬間、視界の端に何かが映った。

 駐輪場の更に奥、二時間まで無料という格安の駐車場のフェンスに背中を預ける、小さな女の子だ。

「なんだ、あの子……?」

 つまらなそうに空を眺める横顔。年齢は恐らく、小学校の高学年くらい。長い黒髪をツインテールに結び、ロングTシャツの上には真夏だというのにピンク色のベストを着込んでいる。腿上までのホットパンツのジーンズを地面に直接つけて座り、足を体育座りの形で抱えている。なぜか左足だけ靴を履いておらず、ニーソックスのまま退屈そうにもじもじと爪先を動かしている。

「あ、あれは……⁉︎」

 ネコメもその奇妙な姿を捉えたのだろう、隣で目を見開いているのが分かる。

 俺は吸い寄せられるようにその場を離れ、駐輪場を素通りして駐車場に、座り込むその子の前に移動する。

「君、もしかして……」

 俺は声をかけてみるが、女の子は一瞬何の反応も示さなかった。

 しばらくさっきまでと同様に空を眺めていたが、俺が動かないことに気付いてやっと顔をこちらに向けた。

 こんなことを思うと変な誤解をされそうだが、有り体に言って、可愛らしい女の子だ。

「お兄さん、もしかして……」

 戸惑ったように瞳を揺らし、スッと自分を指差す。

 こくり、と頷いてみせると、瞳に浮かぶ色が戸惑いから驚愕に変わり、次いでその奥に仄かな安堵が浮かぶのが見て取れる。

 弁明しておくが、俺は決してこの可愛らしくて小さな女の子をじっくり見たいがためにここまで来たわけではない。

 いや、よく見たかったというのはあながち間違いではないのだが、それは手段であって目的ではない。

 奇妙な格好に、視界の端に捉えただけで強く覚える歪な違和感。

 そして何より、

(匂いが、しない……)

 女の子からは、おおよそ匂いと呼べるものが一切漂ってこない。これは人間はもとより、生き物には有り得ないことだ。ハリボテの体で形を保っていた奈雲さんでさえ、人間らしい体臭はしなくても相応の匂いがした。

「や、やっぱり……!」

 小走りで追いついたネコメが、女の子を見て声を漏らす。やっぱり、ネコメにもこの違和感が分かるんだ。

「お兄さん、お姉さん……」

 まるで世界に一人取り残された子どもが救いの声を聞いたように。

 もっと単純に、迷子が自分を探す親の姿を見つけたように、女の子ははっきりと安堵の表情を見せた。


「あたしのこと、見えるの?」


 女の子問いに、俺は頷いてみせた。

 震える女の子の手に、俺はそっと手を伸ばす。

 手は触れることなく、女の子の腕をすり抜けた。

 駐車場の片隅でうずくまる女の子。

 この子は、幽霊だ。

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