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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編38 ましろの事情

 ドアの向こうにいるであろうマシュマロに向けて、俺は声を張り上げる。

「マシュマロ、いるんだろ⁉︎」

 マスターに案内されて階段を上り、喫茶店の上階である雪村家の自宅にお邪魔した。

 リビングのある二階を素通りして三階のマシュマロの部屋の前に通され、そこでマスターは喫茶店に戻ってしまった。

 ネコメとケージから出したリルと並び、ひたすらドアをノックする。

「開けてくれマシュマロ! 会いたくないって言われても、理由くらい聞かせてくれねえと!」

 納得できない。そう思ってドアを強く叩くが、返事はない。

「雪村先輩!」

「マシュマロ!」

 一階まで聞こえるのではないかと思うほどの大声でマシュマロを呼ぶ。すると、

「……うるさいっ!」

「っ⁉︎」

 返ってきたのは、拒絶の言葉だった。

 普段のマシュマロとは似ても似つかない、低く、怒気を孕んだ言葉。

 そのあまりの衝撃に、俺とネコメは息を飲んだ。

「……マシュマロ」

「帰って。邪魔しないで。今は誰とも会えないの」

「理由を言ってくれよ! 俺は、俺にはマシュマロの協力が必要なんだ。霊官になるには、仕事をしなきゃならない。マシュマロから仕事を……」

「そっちの事情なんて知らない! 私には、時間がないの!」

「なんだよ、それ……?」

 これは、今ドアの向こうにいるのは、本当にあのマシュマロなのか?

 あの優しくて面倒見のいいマシュマロが、こんなにも俺たちのことを拒絶するなんて。

「……開けるぞ」

「だ、大地君⁉︎」

 俺はマスターから預かった部屋の鍵を使い、ドアを開錠した。

 会いたくないってのは分かった。仕事も自分で何とかしてやる。

 でも、やっぱり理由も聞かされずに拒絶されるのは納得できない。

「着替え中とか、部屋では裸でいる派とかだったら、ごちそうさま!」

「そこは『ごめんなさい』では⁉︎」

 ネコメの制止を無視して、俺はドアを開け放つ。

「はちみつ!」

「⁉︎」

 ドアを開けた瞬間、マシュマロの声が飛ぶ。そして、金色の巨大な何かが俺に飛び掛かってきた。

「ひぎゃあ⁉︎」

『がるるるっ!』

 長い金色の毛に包まれた巨大なそれは、犬。

 犬種は恐らくゴールデンレトリバー。

 はちみつと呼ばれたゴールデンレトリバーは、主人の部屋に侵入した俺に、容赦なく牙を剥いた。

『がるぁ!』

 マシュマロの不可解な態度に対する焦燥、不安。そういったものが一気に霧散し、俺の心を恐怖が襲う。

「ぎゃあ⁉︎ 怖い怖い! 大型犬、超怖い!」

 俺は元々犬が苦手だった。リルのことがあってから克服したつもりでいたが、やっぱり無理だ。俺、涙目。

 小型犬はともかく、大型犬はマジで無理。猪や熊の妖獣には全くビビらなくなった俺だが、犬だけは無理。

「リル! 助けてくれリルぅ!」

『……!』

 リルは体格的にゴールデンレトリバーには勝てないと思ったらしく、俺の懇願を一蹴して即座にネコメの足元に避難した。この薄情もの!

「ちょ、やめて、やめてください! ごめんなさいごめんなさい!」

 半泣きになりながら必死にゴールデンレトリバーを押し返そうとするが、無理。大型犬って超力強い。

「……はちみつ、もういいよ」

 部屋の中からかけられた静かな声に、ゴールデンレトリバーのはちみつは引き下がってお座りの姿勢をとった。

「ワンちゃん、ネコちゃん、なんの用?」

「ま、マシュマロ……⁉︎」

 ゆらりと、幽鬼のような足取りで俺たちの前に現れたマシュマロ。その変わり果てた姿に、俺ははちみつに対する恐怖も忘れて瞠目した。

 ふわふわだった白い髪は出所直後の八雲のようにボサボサで、肌は普段のそれよりも遥かに不健康に青白く、目の下にはくっきりとクマが浮き出ている。額には冷感シートが貼られ、ヘアバンドとゴムでボサボサの髪を乱雑にまとめ上げている。

 服装は部屋着というにもあまりにもくたびれたキャミソールとハーフパンツで、所々にほつれや汚れが目立つ。

 しばらく風呂にも入っていないのだろう、普段は体臭が薄いにも関わらず、部屋にははちみつの匂いとは別のわずかに不快なすえた臭いが染み付いている。

 そしてその手には、なにやらペンのようなものが握られていた。

「なんですか、そのペン?」

「でぃすいずあ、ぺん」

 いつ使うんだよその英文、と思っていた中学一年の英語の教科書の最初の方の英文を使う瞬間を目の当たりにした。見りゃ分かるがな。

「……用が無いなら帰って」

「い、いや、用はあるんだよ。マシュマロ、霊官の仕事を何か俺に回してくれないか? 霊官の中途採用のために必要なんだよ」

 端的にここに来た用件を伝えるが、マシュマロは精気の薄い虚な目で俺を見返し、つっぱねる。

「彩芽に頼んで。私知らない」

「す、諏訪先輩は他のやつに付いちまって、手が空いてないんだよ」

「私は夏休み前にずっと仕事してた分、夏休み中は緊急事態以外では霊官の仕事はしない。そういう約束。帰って」

 そう言ってマシュマロは俺とネコメの体を押し除けて部屋から追い出そうとしてしまう。

 本当にどうしちまったんだよ、マシュマロ。喋り方も普段と違うし、まさかこんな邪険に扱われるなんて思いもしなかった。

「頼むよマシュマロ! 何か大変な事やってるなら手伝うから、せめて理由くらい……!」

「あーもう、うるさいうるさい!」

 マシュマロは半狂乱になってボサボサの髪を振り回し、部屋の隅にある机を指差した。

 正確にはそこに置かれた、A4サイズくらいの紙を。


「夏コミの原稿ヤバいんだから、邪魔しないで!」


「夏……?」

「コミ……?」

 硬直する俺とネコメを他所に、リルとはちみつが揃ってあくびをした。

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