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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編36 実家での朝

「小月、もう四、五枚焼いてくれるか?」

 帰省二日目、実家で迎える久しぶりの朝。オヤジは早くから仕事に行ってしまったので、小月と二人での朝食だ。小月が作ってくれた洋風な朝食を食べながらトーストのおかわりを所望すると、小月は目を丸くして戸惑った表情を浮かべた。

「兄さん、朝からそんなに食べるの?」

「異能混じりってのは腹が減るんだよ。それに朝飯でパンって久しぶりだし」

 言いながらケチャップの掛かったスクランブルエッグを頬張る。うん、美味い。

 今朝のメニューはトーストとスクランブルエッグ、サラダと焼いたソーセージ。美味いしバランスもいいんだが、やはり俺にはボリュームが足りない。

「普段なに食べてるの?」

「寮のじゃ大体丼ものと定食だな。あとはうどんとか蕎麦とか」

 寮でもサンドイッチなんかはあるんだが、俺はどうしても腹持ちが良い米や手速く食べられる麺類を好んでしまう。

「あ、食パンあと二枚しかないから、とりあえずこれで我慢して」

「え、二枚か?」

 うーむ、昨夜夕飯の後に実験のために異能を使ったのがよくなかったな。あと二枚では昼まで保ちそうにない。

「しょうがない、あとで買い物にでも行くか」

「そうしよ。兄さん、今日は他に何か予定あるの?」

 焼き立てのトーストの乗った皿をテーブルに置きながら小月が聞いてくる。

「あー、ちょっと人と会う用があるな」

 昨夜の電話で諏訪先輩から聞いた話。霊官の中途採用についての相談をネコメとしておきたい。こういう話は早いに越したことはないし、ちょっと行儀が悪いがメッセージだけ先に送っておくか。

「小月はどこか行くのか?」

「ううん、特に予定ないよ。スーパーに買い物に行くくらいかな。あんまり食材ないし」

 まあ普段はオヤジの一人暮らしの家だからな。食材のストックなんてそんなにあるはずないか。

「それに、この辺りには友達もいないから、遊びに行くのもちょっとね……」

「まあ、そりゃそうだよな」

 しかし、俺は霊官になるために仕事をこなし、小月はずっと家にいる。せっかくの夏休みにそれはいかがなものだろうな。

「せっかくの夏休みなんだし、どっか遊びに行くのもいいよな」

「それはいいんだけど、私一応受験生だから」

「あ、そっか」

 受験生、なんと新鮮な言葉だろう。

 幸か不幸か受験なんてものと縁遠い人生を送ってきた俺にとっては恐ろしく実感の湧かないものだ。

「受験か……。小月はどこの高校受けるんだ?」

「うーん、今のところ第一志望は東高かな。実家からも近いし」

 東高、確かにこの辺では無難な学校なのだが、嫌な思い出がある学校だな。

「あっ!」

「ん?」

 俺が嫌な記憶を思い出して苦い顔をしていると、小月が驚いたような声を上げた。

 見開かれた視線を辿ってみると、テーブルの上の皿から俺のソーセージが消えていた。

「……リル、テメェコラ!」

『な、なんだよダイチ⁉︎』

 テーブルの下で不自然にうずくまるリルの首根っこを掴んで持ち上げる。

「お前、俺のソーセージ食ったろ⁉︎」

『食べてない!』

「嘘つけ臭うんだよ!」

 リルの口からは香ばしい肉と油の匂いが漂ってくる。皿に盛ったカリカリだけでは絶対にこんな匂いはしない。

「この野郎、最後にパンに挟んで食うつもりだったのに!」

『自分だけ美味しいもの食べてボクにはカリカリしかくれないから悪いんだよ!』

 開き直りやがってこの犬コロ。

 お仕置きに頬っぺたを思いっきり引っ張ってやると、小月が戸惑ったように声をかけてくる。

「いや、リルちゃん油っこいもの食べて大丈夫なの?」

「コイツは人と同じ物を好んで食うんだよ。しかも一日三食食いやがるし、普通の犬とは違うんだよ」

「そうなんだ……。って、可哀想だからやめてあげてよ兄さん。ソーセージは焼けばまだあるから」

「ダメだ。こういうのは躾の問題だ」

「キチンと躾けられてないから食べ物取られたりするんだよ……」

 なだめようとする小月とギャンギャン争う俺とリルの声に割って入るように、テーブルの上に置いたケータイが着信音を響かせる。

「っと、電話か」

 多分ネコメだろうと思い画面を見ると、表示されている名前は案の定ネコメだった。

「もしもしネコメ……ってコラ、リル!」

 俺が電話に出る一瞬の隙をついて、リルは拘束をすり抜けて小月の元に逃げてしまう。

「待てやリル!」

『サツキ、ダイチがいじめる!』

 助けを求めるように小月の足にしがみ付くリル。そんなリルを小月は優しく抱き上げ、膝の上に乗せる。

「何言ってるか分からないんだけど、あんまりいじめちゃ可哀想だよ兄さん」

 言葉は分からなくても意思は何となく伝わっているらしい。

「いじめてるんじゃなくて、躾をだな……」

「頬っぺた引っ張ることないでしょ」

 割と強めに叱られてしまった。なんだよコンチクショウ。

 リルは小月の体に顎を擦り付けて甘えてますアピール。そしてチラリと俺を見ては勝ち誇ったように口角を上げる。味方を得たと思って調子乗ってるな。あとで小月の目を盗んで思いっきりシバいてやる。

『あの、大地君? 聞こえてますか?』

「え? ああ、悪いネコメ!」

 電話から聞こえる声に、慌ててネコメに応答する。そうだ、電話かかって来てたんだよ。

『あ、よかった。お電話大丈夫ですか?』

「ああ、もちろん大丈夫だ。悪いな、ドタバタしてて」

『平気ですよ。リルさんがイタズラしたんですか?』

 今のやりとりが聞こえていたらしい。

「朝飯のおかずを横取りされた」

 端的にドタバタの原因を説明してやると、電話口でネコメが噴き出す声が聞こえた。

『楽しそうですね』

「別に楽しかねえよ。えっと、さっき送ったメッセージの件なんだけど……」

 下らないやり取りで忘れてはいけない。俺はネコメと真面目な話をするために連絡したのだ。

『はい、霊官中途採用の件ですよね。私もお話自体は伺っていますし、大地君の監督ももちろん引き受けますよ』

 さすがネコメ、話が早くて助かる。

「サンキュー。えっと、じゃあまずは諏訪先輩から仕事を斡旋してもらわないとな」

『あ、それなんですけど、私もさっき連絡をもらって、できたら大地君の解決する事件は私たちで適当に見繕ってくれないか、と言われました』

「はあ?」

 適当に見繕うって、異能の事件をか?

「何だよそりゃ。昨夜電話したけど、あの人そんなこと一言も言ってなかったぞ?」

『大地君と連絡した後で、新しく霊官になりたいと諏訪先輩に相談した生徒がいたらしいんです。その人は大地君や悟史君にとっての私たちみたいな親しい霊官がいないらしくて、会長はその人の方を優先することに……』

「おいおい、じゃあ先約はこっちじゃねえかよ」

『大地はズブの素人って訳じゃないんだし、出来る限り一人でやらせて。と言われてしまいました』

「勝手なこと言いやがって……」

 何が出来る限りの後押しをするだよ。一晩で放任してんじゃねえか。

 どうするんだよ。異能の事件なんてそこら中で起きてる訳ないし、他に仕事を紹介してくれそうな知り合いもいないぞ。

『私がアルトさんに仕事を紹介してもらいましょうか?』

「いや、それはちょっと……」

 ネコメの保護者、柳沢アルトさんは中部支部の支部長。そりゃ適当な仕事なんていくらでも見繕ってくれそうだが、こんな些事に支部長の手を煩わせる訳にはいかないだろう。

 となると、俺たちより立場が上の正規の霊官で、かつそこそこ親しい間柄で、仕事を回してくれそうな人。

「……まあ、あの人しかいないか」

 また頼ってしまうようでいささか不本意だが、まあ仕方ない。

 昼飯までの繋ぎも兼ねて、ご実家にお邪魔するとしよう。

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