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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編34 違和感と変調

「そういやオヤジ、なんで今日は帰りが早かったんだ?」

 ビニール袋に空き缶の中の吸い殻を捨てる背中に問いかける。

「お前補習で帰るのが延びるとか言っていたろ。家に小月一人にするわけにいかないから、休んだんだよ」

「や、休んだぁ⁉︎」

 オヤジが、あの仕事一辺倒だったオヤジが、ほんの半日の間小月を一人にしないために仕事を休むとは。

「過保護じゃねえか?」

 からかうつもりでそんなことを言ってやるが、オヤジは憮然とした顔のまま堂々と言い返して来る。

「年頃の娘だ。過保護なくらいで丁度いいんだ」

「そーかい」

 笑えてしまう。俺のことを心配したり、小月に対して過保護だったり、本当にどこにでもいる父親だったんだな、俺のオヤジは。

「長男は放任していたせいで間違った成長をしてしまったからな。今度は失敗しない」

「誰が失敗例だコラ⁉︎」

 そんなことを言って笑い合ってから、オヤジは少し真剣な顔で俺に向き直った。

「大地、重ねて言うが、体には気を付けるんだぞ。小月のためを思うなら、尚更だ」

「小月の、ため?」

「ああ、私は親だ。どうやっても子どもより先に死ぬだろう。母親も居らず、親戚付き合いもない。そんな小月にとって、お前はそのうち唯一の肉親になる」

「ちょ、待てよ。なんか病気してんのか⁉︎」

 突然の話に頭が付いていかない。死ぬだの何だの、いきなりそんなこと言われても困る。

「そういう訳ではない。ただ当然の話として、お前たちよりも私は先に死ぬ。そうなったときに小月に伴侶がいなければ、後はお前に支えてもらうより他ないんだ」

「そりゃ、そうかも知れねえけど……」

 実感は湧かないが、オヤジは当然俺たちよりも年上で、その分早く死ぬのは当たり前だ。

 それは五十年後かも知れないし、極端な話来年かも知れない。

 そうなったときに俺が異能絡みの事件で死んでいたら、小月は一人になってしまう。

「頭の片隅にでも置いておいてくれればいい。お前が死ぬということは、他の人は残されるということだ。お前の友人のお姉さんのようにな」

「ッ‼︎」

 そうだ。俺が死んだら、当然小月は残される。

 奈雲さんが亡くなって、八雲が残されたように。

 家族であるオヤジや小月はもちろん、ネコメや八雲やトシ、生徒会の先輩たちに三馬鹿。俺が死んだら、多かれ少なかれ皆んなは悲しんでしまう。

 今までは希薄だった死への恐怖が、急に現実味を帯びてくる。

 自身の死への恐怖ではなく、残される人がいるのだという恐怖によって。

「……死なねえよ。約束する」

 オヤジの目を見返し、言葉にする。

 今までだって死にたいなんて思ったことはなかったし、事件の渦中にあっても生きることには貪欲だったつもりだ。

 でも、まだ足りない。

 異能者として強くなるという目的は変わらないが、それは自分から死地に飛び込むこととイコールであってはならない。

 俺のためじゃなく、周りの人達を悲しませないためにも、俺は死ねない。

 覚悟が伝わったのか、オヤジは少し安心したように笑みをこぼした。

「小月を、お前の妹を頼んだぞ、大地」

「ああ、あ……?」

「どうした?」

「いや……」

 なんだろう、今の感覚。

 つい最近、同じことを誰かに言われたような気がする。

「……オヤジ、最近俺に同じこと言わなかったか?」

「何を言っている? 最近も何も、会うのはお前が入院して以来だから二ヶ月以上前だぞ?」

「そう、だよな?」

 オヤジと会うのは久しぶりで、しかも小月の話をするのなんて記憶にないくらい久しぶりだ。

 当然、妹を頼むなんてセリフを言われた覚えはない。

 なのに、この頭をかすめる奇妙な違和感はなんだ?

 デジャヴ、既視感というやつだろが、それにしては妙に生々しく、勘違いで済ますには大きすぎる違和感だ。

「変なことを言ってないで、私はもう中に戻るぞ」

「……なんか忘れてるような気がするんだよな」

 はっきりしない記憶にモヤモヤしつつ、俺はオヤジの後に続いて家の中に戻る。すると、

「ッ⁉︎ おい、小月⁉︎」

 リビングの想像を超える状況に、俺は思わず声を荒げた。

「ど、どうした、大地⁉︎」

 急な大声に戸惑うオヤジを無視して、俺は再び声を張り上げる。

 あり得ない。小月とリルがリビングからいなくなっているなんて、あり得ない。

「小月、どこだ⁉︎」

「ど、どうしたの、兄さん⁉︎」

 家中に響く大声に、何事かと血相を変えてリルを連れた小月が二階から降りてきた。リルの首には小月がやってくれたのか、青いスカーフが巻かれている。

「リル、お前⁉︎」

「だ、ダメだった? ごめんなさい。嫌がらないし、可愛いと思ったんだけど……」

「いや、そうじゃなくて……!」

 勝手にスカーフを巻いたことを叱られたと思って縮こまる小月の腕の中で、リルは小首を傾げた。首輪も何もしていなかったリルに似合うと思ったのかもしれないが、今はそんなことどうでもいい。

「小月、お前、リルを二階に連れてったのか⁉︎」

「ご、ごめんなさい……」

 きゅっと目を瞑って怯える小月。

「何だ大地。そんなことで妹を怒鳴るなど……」

「そうじゃない! そうじゃなくて、リルは、俺から離れられないんだ!」

 俺の言葉にオヤジと小月は揃って首を傾げ、リルは今更のように違和感に気付いたらしく、ピクッと耳を立てた。

「俺とリルは異能で繋がっていて、遠くまで離れられない。せいぜい二メートルくらいが限界のはずなんだ」

 日常生活に支障をきたさないように何度か実験したが、この距離は物理的な障害物には影響を受けず、リルとの間に何があろうと変わらない。つまり、ドアや壁を隔ててもある程度は距離を取れる。

 しかし、大神家は無駄に天井が高く、二階に上がれば外との距離は直線距離にして三メートルではきかない。

『お、おかしいよね?』

「おかしいよ。あり得ない……」

 一体何が、どうしちまったんだ?

半端なところで随分と期間が空いてしまいました。


これからまた前くらいのペースで更新していきたいと思います。

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