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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編32 大神兄妹

「異能に、霊官……?」

 ポカンと口を開け、小月は怪訝な顔をする。

「ああ。信じられないかも知れないけど……」

 今年の五月以降に俺の身に起こった異能絡みの事件。世界中で秘匿されている異能の存在と、異能に対処する国家公務員である霊官。

 あらかたの話を終えた後、小月は、

「……『妄想』『虚言癖』『治療法』と」

 スマホを取り出し検索を始めた。

「違う違う! マジなんだよこれが!」

「大丈夫だよ、兄さん。私は兄さんの味方だからね。……えっと、厨二病? 病気なのかな?」

「だから違うんだっての‼︎」

 そりゃあこうなるか。七年振りに会った兄妹がいきなり漫画みたいな設定口走ってワンコとお話ししてればこうなるか。

「そんな漫画やラノベみたいな話、本当だったらどうして私に教えるの? 秘密にしとくんじゃないの?」

「家族には秘密にしとくのは無理があるから、親兄弟には公表して良いんだよ。その上で周りには箝口令を……」

「なるほど、意外と詳細な設定なんだね」

「だから設定じゃねえっての‼︎」

 どうしよう。このままじゃ小月に『厨二病を拗らせたイタい兄』認定されてしまう。

「大地、何か見せてやったらどうだ? 私も最初はとんだ妄言だと思ったが、説明に来た人に実際に見せられれば信じざるを得なかった。お前もその異能とやらで何かしらのことはできるんだろう?」

 助け舟を出してくれたオヤジの言葉に「なるほど」と頷く。こんな荒唐無稽な話、最初は誰でも信じない。しかし、現実に目の当たりにしてしまえば信じるしかないものな。見せるのが一番早い。

「リル、ちょっと力を貸してくれ。俺の体裁のために」

『分かった』

 リルを抱え上げ、異能を発現させる。すると、

「えっ⁉︎」

 腕の中のリルが消えて、体に異能が宿る。

 小月は目の前で消失したリルと、俺の体の変化に瞠目した。

「な、何それ? 手品?」

「これが異能だよ。俺の異能はウェアウルフ、分かりやすく言えば、狼男になる」

 呆気に取られる小月に向け、これ見よがしに頭上の耳をピクンと動かしてやる。ちょっと不安だったのだが、修行終わりのように全身毛むくじゃらになるようなことはなかった。

「さ、触ってもいい?」

「ああ、いいぞ」

 獣の耳に向けて恐る恐るといった風に手を伸ばす小月に頭を差し出し、指先が耳に触れた瞬間、

「わっ‼︎」

「ひぅ⁉︎」

 いたずら心から大声を出してやると、小月はビクッと手を引っ込めた。

「に、兄さん!」

「ははは、悪りぃ悪りぃ」

 顔を真っ赤にして怒る小月に手を合わせて謝罪し、改めて耳を触らせてやる。

「うわ、あったかい。本物なんだ……」

 ふにふにと耳を触り、次いで俺の後ろを覗き込んでズボンの上から顔を出した尻尾に興味を持つ。

「尻尾もあるんだ。邪魔じゃない?」

「ああ、普段異能を使うのは制服の時が多いんだよ。だから制服のケツ側にはファスナーが付いてる」

 多種多様な異能を持つ生徒がいる異能専科では、異能発現時の肉体の変質に合わせて制服をある程度いじれる。以前はベルトを緩めて尻尾を出していたが、夏服に衣替えするときに改造の要望を出しておいたのだ。

「昔みたいな履き方をすればいいんじゃないか?」

 中学時代のだらしない格好を引き合いに出すオヤジ。

「腰パンなんかしねぇよ……」

 腰パン。ズボンは裾を引きずるくらい下ろすのがいい、という理由不明の謎ファッションは中学と一緒に卒業した。

「えっと、これで信じてくれるか?」

「こんなの見せられちゃったら信じるしかないよ」

 よし。とりあえずイタい妄想で犬とお話しする残念な兄という勘違いは解消されたようだな。

「それにしても、霊官。秘密の公務員か……。なんかかっこいいね」

「……そんなにいいものでもないぞ」

 無邪気な感想を言ってくる小月に乾いた笑みを返し、異能を解いてソファに腰掛ける。

「そうなの? 妖怪とかと戦う秘密組織なんて、漫画みたいで憧れるけど」

 再び姿を現したリルに視線を向ける小月。リルに小月の方に行くよう促し、グラスに残った麦茶をあおる。

「そういう漫画だってかっこいいだけじゃないだろ? 辛いことも怖いことも、悲しいことだって山ほどあるんだよ」

 異能は不思議で、格好いい。そのイメージは分からなくもない。

 秘密の国家公務員で、日夜人知れず摩訶不思議な脅威と戦う超常の能力者集団。漫画雑誌を買えば一冊に一本はそういう漫画があると言っても過言ではないくらいありふれた設定で、それだけ人の憧憬を集めるとも言える。

 でも、それはあくまでも一側面に過ぎない。

 異能にまつわる悲しい背景。異能に伴う痛み、苦しみ。そして、人の死。

 そういった負の面を見れば、安易に格好いいなどとは思えなくなるだろう。

「兄さん、危ないことしてるの?」

「まあ、そこそこな……」

 でも、それは小月には関係ない。身内が異能者になったというだけで、小月は完全に一般人なんだ。

 知ってしまった以上はその存在を知覚することになるが、理解なんてして欲しくない。異能の脅威なんて知らずに、ただ憧れてくれていたらいい。

 今はただ、それだけでいい。

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