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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編31 大神小月

 リビングのソファに座り、俺は対面に座る少女の顔をまじまじと見る。

 黒髪のショートカット。くっきりした顔立ちは、幼い頃と変わらず俺ともオヤジとも似ていない。

『知らない子じゃなかったのか?』

 ソファの下で首を傾げるリルの問いに、未だにキチンと事態を把握できていないながらも何とか答えてやる。

「思い出したんだよ。この子は、俺の妹だ……」

 大神小月、小さい月と書いて、『さつき』。父親が違う妹。

 血液型検査がきっかけで母の不貞が明らかになり、離れ離れになった妹。

「……なんで、小月がここにいるんだ? その……母さんも一緒なのか?」

 俺たちの両親は七年前に離婚している。原因は母の不貞で、それきり俺は一度も二人には会っていない。

 オヤジと母さんがやり直した、ということなら話は簡単だったのだが、どうやらそうではないらしい。

「あれとは連絡がつかない。もう三年ほどな」

 嘆息気味に首を振るオヤジの言葉に、俺は小さくない衝撃を受ける。

 三年。オヤジは今三年と言った。

 別れてからも俺たちの親権などの話で多少は連絡を取っているのかと勝手に思っていたが、そんなことはなかったのか。

「三年前、私が六年生のときに、お母さんはアパートに帰ってこなくなったの。『お父さんを頼りなさい』って置き手紙と、お父さんの携帯の番号と、少しのお金を置いて」

 ガラスにピッチャーから麦茶を注ぎながら、小月はゆっくりとそう話した。

 差し出されたグラスの中身をあおると、よく冷えた麦茶のおかげで少しだけ冷静になれた気がする。

「……蒸発したって、ことか?」

 絞り出した俺の言葉に、小月は小さく頷く。

 オヤジも差し出された麦茶に口をつけ、ゆっくりとことの端末を語り出した。

「一度だけ電話が通じたが、話は通じなかった。私は私の人生を生きるから、小月のことを頼む。そんな身勝手な言葉だけ残して、この子と話そうとすらしなかった。それからは番号が変わったのか、電話も通じなくなったよ」

 眉間にシワを寄せたオヤジの言葉に、俺は歯噛みした。

 俺たちの母親は、普通の人だったと思う。

 少なくとも俺の記憶の中では、母さんはいい母さんだった。

 料理が上手くて、普段は優しく、たまに厳しく、常に俺と小月のことを愛してくれていて、そんなどこにでもいる普通の母親だった。

 不貞にしたって、家庭を顧みないオヤジに嫌気がさして他所の男に走った、そんな一時的な気の迷い、過ちだと思っていた。

 でも、違ったっていうのか?

 俺たちの母親は、記憶の中のあの優しい女性は、自分の娘を残してどこかへ行ってしまうような、そんな身勝手な人だったのか?

「幻想を抱くな、大地。あれは不貞を隠すために小月との血縁を否定したり、自分の子どものことを金勘定で考えるような女だ」

 俺の動揺を悟ったのか、オヤジが厳しい口調でそう言った。

「あいつは、一度でもお前に会いに来たか?」

「っ‼︎」

 そうだ。俺はこの七年間、一度も母さんと会っていない。

 オヤジが面会を拒否していたのではないかとも思ったが、そんなことをする理由も思い当たらない。

 母さんは一度も、俺に会おうとしなかったんだ。

「……兄さん、私ね、最後にお母さんとなにを話したのか覚えてないの」

「え?」

「学校のことだったのか、天気のことだったのか、夕飯のことだったのか、全然覚えてないの。だってあの日も、朝までは普通にしてて、いつもと同じように私は学校に行って……それで……」

 それで、帰ってきたら母さんはいなくなっていた。

 夜になればいつもと同じように会えると思っていて、眠って起きたらまた同じように朝を迎える。

 そんな当たり前が、唐突に終わった。

 そんなの、覚えてなくて当然だ。

「……飯は、ちゃんと食ってたのか?」

「え?」

「学校は毎日行かせてもらったのか? 殴られたり、部屋から追いやられたりはしなかったか?」

「そ、そんなことはなかったよ。どうしたの、変なこと言って?」

「いや……」

 母親に棄てられた。

 否定しようのないその事実が、あの子と重なってしまった。

 心と体に深い傷を負い、何よりも未だ、体の傷を消さないほどに根深いところで過去に囚われている少女。

 頭をよぎった仄暗い想像に言葉を詰まらせた俺に助け舟を出すように、オヤジが小月の頭に手を置いて話をまとめる。

「ともあれ、そんなことがあって私は三年前から小月に仕送りをしていた。小学校からの友人も多いので、中学を卒業するまでは転校したくないということだったからな」

「何で教えてくれなかったんだよ? 教えてくれれば俺だって小月とちょくちょく会って……」

「教えられる訳なかろう。三年前、お前はどんな生活をしていた?」

「うぐ……」

 それを言われると、なにも言い返せない。

 三年前、中一の時の俺は、今思い返せばそれはそれは恥ずかしい子どもだった。

 オヤジとの仲も悪くなる一方で、素行に関しても悪化の一途を辿っていた頃だ。

「小月はお前に懐いていたから、だから会わせられなかったんだよ。お兄ちゃんは元気にしてる? と聞かれる度に言葉を濁していた私の身にもなれ」

 確かに、あの頃の俺がそんな事情を知ったら、何をしていたか分からない。

 オヤジに対して日に日に募っていた嫌悪が、母さんへの憎悪に変わり、どこにいるのかも分からない母さんを探すために手を尽くしていたかも知れない。

「兄さん、中学のときどうしてたの?」

「とても褒められた人間じゃなかった。遅刻やサボりは当たり前、暴力沙汰も日常茶飯事。電話が鳴れば相手は学校か警察のどちらかだった」

 ため息混じりにやれやれと首を振るオヤジ。

「に、兄さん……?」

「む、昔のことだ。今は全然……」

 オヤジの言葉に目をまん丸に見開いた小月に、顔を背けながらボソボソと釈明する。事実だから否定はできない。

「そもそも中学生の分際で駆け落ちの真似事をするようなバカと、不幸にもそのバカに懐いていた娘を会わせられるものか」

「えぇ⁉︎」

「今はその話カンケーねえだろ‼︎」

 こんのクソオヤジ。俺の中学時代のトラウマエピソードの中でも三本の指に入る話をサラッと口にしやがって。

『大地、カケオチってなんだ?』

「お前は知らなくていい」

 話したくない。思い出したくもない。あの傷はまだ癒えていない。

「……兄さんも、辛いことがあったんだね」

 目を伏せて声を震わせる小月は、悼むように、慈しむように、憐むように優しい手つきで、俺の服の袖を摘む。

「お父さん、一体兄さんに何があったの? 何があったら、犬とお話しするような人に……」

「…………」

 あー、その説明もあったか。

『んにゅ?』

 なんの話、とばかりにリルが可愛らしく小首を傾げた。

久しぶりの更新です。


レーベルの投稿作を書く息抜きに更新です。


小説書く息抜きに小説書くんです。

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