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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編28 死を食らう獣

「火車?」

「はい、この仔は火車さんと言います」

 ネコメのマンションは外観から得た印象を一切裏切らず、一人で住むにはアホみたいに広くて部屋数も多い。

 軽く十畳以上はありそうなリビングダイニングキッチンのカーペットが敷かれただけの床に座り、俺たち四人と二匹は輪を作っていた。

「それって、死体を食べる猫の妖怪、だよね?」

 火車。火の車と書くが、その姿は朧車のようなものではなく、火を纏った猫のような獣だ。

 人間の死際に現れ、屍肉を食らう。それも、生前に悪行を重ねた悪人の死体を。

 とてもこんな普通の猫とは似つかないが、ともかくそういう妖怪だったはずだ。

「はい、その火車さんで……痛たたたっ!」

 火車と紹介されたその小さな三毛猫は、ネコメの腕の中を嫌がるようにザクザクと爪を立ててもがく。

 半袖のティーシャツとホットパンツというラフな格好のネコメは、腕にも脚にも真新しい引っかき傷を作っており、火車とやらとの激戦を物語っていた。

「大変って、猫の世話かよ……。助けてとか言ってるから何事かと思ったぜ」

 異能絡みの困り事ではあったが、蓋を開けてみれば内容はただの猫の世話。予想を下回る事態にゲンナリすると、ムッとしたネコメが鋭い視線を向けてくる。

「大地君、猫のお世話したことあるんですか⁉︎」

「え、いや、ないけど……」

「だったら軽率なこと言わないでください‼︎ 火車さんはリルさんと違って言葉は通じないし、全然私に懐いてくれないから大変なんですよ‼︎」

「……サーセン」

 怒られてしまった。ネコメがこんなに怒るなんて珍しいな。

「懐かないって、ネコメちゃんの異能なら動物の異能生物なんていくらでも言うこと聞かせられるんじゃ……」

 そうだ。ネコメの異能、ケット・シーは猫の王様の妖精。猫の異能生物なんて最も従わせ易い相手ではないか。

 トシの言葉は当然の指摘だったが、ネコメはわずかに目を伏せて首を横に振る。

「それは、したくないんです。この仔は私の、相棒になる予定の仔なんです。異能で無理矢理命令するのではなく、仲良くならないと……」

「相棒って、どっかで拾ってきたんじゃないのか?」

「捨て猫みたいに言わないでください。火車さんはアルトさんに預けられて、これから私と一緒にお仕事をするんです」

 つまり、霊官の任務にあたる際の使い魔みたいなものか。

「火車さんは半年ほど前に保護されたのですが、人に懐かない凶暴な異能生物として隔離されていました。上手く使役できる人が使い魔として世話しないと、殺処分されてしまうかもしれなくて……」

「保護猫じゃねえか」

「色んな霊官の人のところを転々としてきたんですけど、どなたとも合わなかったみたいで、すぐに施設に戻されてしまうんです。それで、動物の異能生物に強い私に任されたした」

「譲渡会みたいな話だな」

「茶化さないでください‼︎」

 真剣そうに話してくれるが、悪いが緊張感皆無だ。だって猫の話してだもん。

『ンナァッ‼︎』

 ネコメに抱かれるのを嫌がって暴れる火車。とうとう腕の中を抜け出し、警戒心剥き出しでネコメと距離を取る。

「あ、火車さん!」

『フカァッ‼︎』

 伸ばした手を引っ掻かれるネコメ。本当に懐いてないな。

 そんな様子を訝しむように、八雲が口を開く。

「ネコメちゃん、この仔に初めて会ったのって、昨日?」

「え? そうですけど」

「じゃあこのマンションに来たのも昨日だよね? まだ新しいお家に慣れてないんじゃないの?」

「お家に、慣れる?」

 イマイチピンと来てない感じのネコメだが、俺には八雲の言わんとしていることが何となく分かった。

 犬は主人に着くが、猫は家に着く。

 猫にとって住む家が急に変わるというストレスは、人間の比ではないはずだ。

「猫ちゃん用のグッズとかも全然無いし、まずはそういうの揃えてみようよ」

 話せば話すほどただの猫みたいな話だな。仮にも妖怪、異能生物なんだよね?

「それにしても、ホント全然人に慣れてねえのな」

 呆れながらトシが火車に手を伸ばすと、

『フーッ‼︎』

 バリバリッ、思いっきり引っ掻かれた。

「痛ぁ⁉︎」

 膝から手の甲にかけて長い爪の痕が引かれ、ぷくっと血が溢れる。

「あはは、ネコメちゃんも悟史くんも触り方が乱暴なんだよ。こうやって……」

 そっと手のひらを上に向けて近づける八雲だが、

『シャーッ‼︎』

「あいたっ⁉︎」

 案の定引っ掻かれた。

「なんで⁉︎ ゲームではこれで仲良くなれるのに⁉︎」

「ゲームの猫と妖怪を一緒にすんな」

 しかし、知らない家に急に連れてこられて、いきなり見知らぬ人間に囲まれる。それはコイツにとって相当なストレスだろうに。

 仲良くなるには……

「よし、異能生物には異能生物だ。リル」

 ケースの蓋を開け、リルを出してやる。

「え、大丈夫? 犬と猫って仲悪くない?」

「テレビとかでは仲の良い仔たちもいますよね?」

「あれは生まれたばっかの頃とかに一緒にいたからだろ?」

 三人は俺の行動を疑問視するが、リルは火車と違って言葉が通じるんだ。刺激しないようにコミュニケーションをとることだって可能なはず。

「いいかリル、敵意を向けられないようにそっと仲良くなるんだ。そっとだぞ」

『…………』

「リル?」

『コイツ、気に入らない』

 はい?

『キャンキャンキャンッ‼︎』

 急に不機嫌になったリルは、ものすごい勢いで火車に向かって吠えだした。

「おいリル⁉︎」

 止めようとする腕をすり抜け、火車に飛びかかり、

『フニャッ‼︎』

 ぺちんっ。猫パンチをもらう。

『フギャ⁉︎』

 情け無い声と共に怯んだリルに、火車は二度三度とぺちぺち猫パンチをお見舞いする。

『ダイチ〜』

 泣きそうな声で逃げ出したリルは俺の後ろに隠れてしまう。

「ケンカするならせめて負けるなよ。仮にも神獣だろ、お前……」

 怯える敗残兵の顎をそっと撫でてやり、チラッと火車の方を見る。

 火車はつまらなそうにあくびをし、前足を舐めて顔を洗う。リルのことはもう眼中に無い感じだ。

「お前、何がそんなに気に入らないんだ?」

 みんなに倣って俺も果敢に手を伸ばす。引っ掻かれそうになったら即座に手を引っ込めようと思っていたのだが、

『ナァ〜』

「へ?」

 驚くべきことに、火車は俺が伸ばした手にすり寄ると、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えはじめた。

「ど、どうしたんだよお前?」

『ニャア〜』

 戸惑う俺を尻目に、火車は顔や腹を俺の腕に擦り付ける。まるで匂いを付けるように。

「な、なんで大地くんにだけ?」

「……機嫌良くなったんじゃないか?」

 再びトシが手を伸ばすが、バリッ。

「痛いっての!」

 やっぱり引っ掻かれた。

『ナァ〜』

 火車はするっと腕を抜け、胡座をかいていた俺の膝の上に収まってしまう。

 そっと両手で顔や腹、耳の後ろなどをくりくりしてみるが、嫌がる様子はない。

「なんで……なんで大地君にだけ……⁉︎」

 ネコメはわなわなと震え、信じられないといった感じで目を見開く。思いの外ショックが大きいらしい。

「…………」

 火車の全身をくまなく撫で、肉球をぷにぷにすると、にゅっ。爪が出てきた。

 他の誰にも懐かないのに、俺だけに懐く火車。

 これは、これは……‼︎

「こいつ、可愛いぃ〜‼︎」

 正直、たまりません。

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