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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編27 夏休み本格始動

 補習を終え、寮に戻った俺たちはそれぞれの部屋に向かって別れた。

 三馬鹿は今日は寮で過ごし、明日の朝実家に帰省するらしい。

 目黒と石崎は地元が同じ新潟なので一緒に帰るそうで、身寄りのない鎌倉は二人と一緒に新潟に行き、目黒の実家がやっている旅館に泊まり込みでバイトをするということだ。

 俺とトシは睡眠不足でとても動く気になれず、とりあえず今は部屋で寝て、それからいつ帰るか考えることにした。

『あれ?』

 廊下をトテトテと歩くリルが急に足を止め、ふんふんと鼻をひくつかせる。その理由はすぐに分かった。

『八雲だ』

「ホントだ。何やってんだあいつ?」

 今歩いている角を曲がった先、俺たちの部屋の部屋の前辺りから八雲の匂いがする。

 女子寮と男子寮は入り口こそ同じだが実質的には別の建物なので、偶然通りかかったということはない。十中八九俺たちに用事があるのだろう。

「八雲ー」

「え?」

 俺たちの部屋の前には予想通り八雲がいた。大きなキャリーケースを引いているところからみると、これから帰るのかな?

「あれ? 二人とも、補習は?」

「あー、恩赦だかなんだかで終わりになった」

 訳の分からない説明に「恩赦?」と首を傾げる八雲だが、今は正直説明さえ面倒だ。後にしよう。

「八雲ちゃん、俺らに何か用?」

「うん、ネコメちゃんからヘルプが来て……」

「ヘルプ?」

 救援要請ってことだよな?

 何の話だ、と先を促す俺たちに、八雲は自身でも状況を詳しく把握していない様子で「うーん」と唸る。

「大変なんです、とか、助けてください、とか、あたしもよく分かんなくて……」

「それで、何で俺たちのとこに?」

「あたしだけじゃ対処できない相談だったら困るから、補習終わったらネコメちゃんの家に来てもらおうと思って」

「えー」

 そりゃ、ネコメが何か困ってるなら力になりたいが、何でどう困っているのかも分からないままで俺たちに助けを求めるなよ。

「状況詳しく聞いたらどうだ?」

「聞いたんだけど、返信ないんだよ」

 そう言いながら見せてくるスマホのメッセージアプリの画面では、涙目の猫が『help!』と叫んでいるスタンプの後にネコメの『大変なんです』と『助けてくだ』のメッセージ連投されている。

 その後に八雲が送った『どうしたの?』が未読のままになっているが、スタンプを使っていることからも霊官の仕事、それこそ命の危機に瀕するような焦りは感じられない。

 二投目の文末は途切れていてそこそこ焦っているようではあるが、イマイチ急を要するとは思えないな。

「補習なくなったならちょうどいいや。二人とも、すぐに用意して一緒に来てよ」

「えぇ……」

「マジかよ……」

 八雲の提案に二人してゲンナリする。

 睡眠不足のふらついた男二人で何ができるというのだろうか。

「えぇ、じゃないよ。ネコメちゃんが心配じゃないの?」

「これどう見てもそんなにヤバくないだろうよ……」

「寝かせてくんねえかな、八雲ちゃん……」

 結局、俺たちの力無い抵抗も虚しく、俺とトシはフラフラの状態で荷物を纏め、一時間後に寮を出た。

 バスの中でちょっとは寝れるかな?


 ・・・


「えぇ⁉︎ じゃあ白井先生もう学校に来ないの⁉︎」

「……らしいよ」

 バスの中で八雲は寝かせてくれなかった。おしゃべり大好きだった。

 ネコメの心配に始まり、昨夜の諏訪妹の話を経て、補習が無くなったのは白井先生が退職するからという話をする頃にはバスは市内の繁華街に着いていた。

 鬼無里から約一時間、窓の外の田園風景が地方都市のそこそこ賑わった街並みに変わる頃には俺たちの眠気は一周回って薄れていた。ハイになっていると言ってもいい。ベストコンディションとは到底言えないな。

「あ、次降りるよ」

 案内画面に表示されたバス停の名前を見て、ビー、と降車ボタンを押す。

「え、ここでか?」

「うん」

 トシが意外そうな声を上げる。俺も同意見だ。

 繁華街にほど近いこの辺りは、いわゆる駅前に区分される。

 移動といえば電車よりもどっちかと言えばバス。俺たち未成年なら普通は自転車を使うのが一般的で、大人になれば当たり前のように免許を取って車に乗る。

 車社会の地方都市では、家賃を考えれば駅前に住むメリットはさほど大きくない。

 しかしバスを降りると、そこは駅まで徒歩三分ほど。だだっ広い公園の目の前にあるバス停だ。

 周囲には田舎民の感覚としては密集し過ぎだろうと思えるほどコンビニがあり、テレビの地方局もすぐそこにある。

 県内ならば一等地と言っても差し支えないほどの好立地だ。

「ネコメの家、この辺なのか?」

「うん。アレらしいよ」

「いや、アレって……」

 八雲が指差す先は、バス停の目の前の、斜め上。

 この辺りでは滅多に見ない、高層マンションと呼ばれる部類の建物だ。

 確かほんの数年前に建設されたばかりのまだ新しい建物は、黒い壁に夏の日差しを浴びて堂々とした威容を放っている。

「アレの十八階だって」

「じゅう、はっかい?」

 それは人の住む高さなのだろうか?

 さぞお高いのだろう。物理的にも、値段的にも。

「家賃いくらだよ、あれ……」

 横断歩道を渡りながらポツリと呟くと、八雲が「分譲らしいよ」と返す。

「買ったのは柳沢さんだけど、住んでるのはネコメちゃん一人だから、実質ネコメちゃんのだね」

「あいつマンション持ってんの⁉︎ 高一で⁉︎」

 あのマンションはどう見てもファミリー向け、というか、富裕層向け。部屋だって二つや三つじゃないだろう。

 一人で住むには明らかに過剰。そりゃ夏休み中八雲を泊めても平気だろうよ。

「霊官ってそんな儲かるのかな?」

「そういや諏訪先輩に『在学中に治療費の八千万は稼げる』とか言われたような……」

 あの時は本気にしていなかったが、柳沢さんがネコメにマンションを買い与えたと聞くと、あながち嘘でもないのかもしれない。普通は一生の買い物だろ、あれ。

 呆気に取られながらエントランスに入り、八雲がガラスドアの前に設置されているパネルでネコメの部屋のボタンを押す。

『は、はーい?』

「ネコメちゃん、来たよー。大地くんと悟史くんも連れて来ちゃった」

 インターフォン越しに聞くネコメの声は慌てているようだが、やはり然程の緊迫感はない。一体何に困っているというのか。

『みんなで来てくださったんですか。どうぞ、上がってください』

「あ、ネコメ、リル連れ込んでも大丈夫か?」

 ケースの中に入れてはいるが、このマンションがペット禁止だったら俺もリルも入れない。

『大丈夫ですよ。ただ……』

「ただ?」

『いえ、何でもないです。今開けますね』

 ガチャ、と受話器が置かれる音が聞こえ、連動するようにガラスのドアが開いた。

「金持ち用のマンションは違うねえ……」

「だな。どこもかしこもピッカピカだし……」

 万全のセキュリティに、すみずみまで行き届いた掃除。一泊何万もする高級ホテルみたいだ。

 揺れも騒音も全く気にならないエレベーターが十八階に到着し、表札の無い角部屋の前で八雲が立ち止まる。

「ここだね」

「ここ、なのか……?」

 猫柳という表札は見なかったし、ここで間違いないんだろうが、なんか変だ。

「どうした、大地?」

「いや、なんか変な匂いが……」

 ネコメの匂いとは違う何かが、部屋の中から匂ってくる。

「おじゃましまーす」

 戸惑う俺を置き去りにして八雲が勢いよくドアを開ける。すると、

「あ、ダメです!」

「ほぎゃぁ⁉︎」

 開かれたドアからネコメの声と共に何かが飛んできて、玄関マットを跳ね飛ばしながら俺の股間を強襲した。

「うっわ……」

「ちょ、大丈夫⁉︎」

 思わずキュッと内股になるトシと心配する八雲の声を聞きながら、俺は玄関先で膝から崩れ落ちる。

 リル入りのケースが床に落ち、中から混乱するリルの声も聞こえる。

 ギャンギャン吠えるリルの声に混じり、

『ンナァ〜』

 聞き慣れない鳴き声が聞こえた。

 顔を上げ、涙に歪む視界で捉えたのは、こちらに向けて威嚇する小さな毛玉。

「ね、猫……?」

 白地に茶色と黒の模様。小さな三毛猫が、そこにいた。

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