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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編26 補習終了

 その後、マシュマロを起こして、隣の部屋で不貞寝していた諏訪妹を諏訪先輩とマシュマロが寮まで送って行き、俺たちは午前四時ちょい前にようやく寮に戻った。

 三時間弱の仮眠の後、朝食も受け入れられないほどの体調最悪の状態で俺とトシは補習に赴いた。

『ダイチ、朝ごはんは?』

「……ほれ」

 食堂に寄らずに教室に入ったことを不思議がるリルに持ってきたカリカリを与える。若干不服そうだが、食えるだけありがたいと思え。こっちは胃が受け付けないんだ。

「お前ら、なんかあったのか?」

「聞くな。色々あった」

 目の下にくっきりクマが浮き出た俺たちに隣の席から鎌倉が不思議そうに問い掛ける。

「生徒会ってそんなに大変なのか?」

「徹夜?」

 目黒と石崎の言葉に「生徒会の仕事ほとんど関係ないな」とか「徹夜した方が楽だったかもな」なんて考えつつ、担任の白井先生がやってくるのを待つ。

「ダメだ、眠い……」

「補習で寝るなトシ。耐えろ」

「……ぐぅ」

「起きろっての」

 ぐい、とトシの頬をつねる。

「……あにすんだよ」

 つねり返された。

「…………」

 もう片方の手でもつねり、トシも同じように返してくる。

 お互いの両頬をつねり合う俺たちを、三馬鹿がヤバいやつを見る目で見てくるが、これなら眠気に勝てそうだな。

「ほら、席につ……何してんだお前たち?」

 教室に入ってきた白井先生は、俺とトシを見て若干引いた。

 お互いに手を離して席につくと、白井先生が今日は手ぶらなことに気付く。昨日は確か補習のプリントと暇つぶしのクロスワードを持っていたのだが。

「あー、補習なんだが、今日はこれで終了にする。少し遅れたが、お前たちも夏休みだ」

「はい?」

 突然の発表に俺たちはどよめく。

 だってこの補習は期末テストの赤点と出席日数の補填のためのもので、一番少ないトシでも今日と明日、俺に至ってはあと六日あるはずだ。

「いよっしゃー‼︎」

「やりぃ‼︎」

 考え無しにはしゃぐ目黒と石崎を尻目に、鎌倉がスッと手を上げる。

「せんせー、有難い話だけど、何でなんすか? そんな急に……」

「ああ、まあ、恩赦みたいなもんだ。お前らは問題児だったが、なんだかんだで補習には真面目に出た。不良の更生に貢献したってことで、大神の補習は帳消しにしとく」

「じゃあ、なんで俺たちまで? 俺たちはフツーに赤点取っただけなんすけど……」

 意外なことに、鎌倉は全く喜ばずにただ補習が無くなったことを不思議がっている。補習なんてサボっても不思議じゃないヤツだったのに、これも里立と付き合い始めた影響かな。

「餞別みたいなもんさ。お前らと会うのは、多分今日で最後だ」

「はあ⁉︎」

 今日で最後とは、一体どういう意味だ?

 白井先生は俺たちの担任なんだし、二学期にはまた顔を合わせるはずだ。

「先生実は、ホントは去年で定年なんだよ。異能専科で教師やれる人間は少ないから、後任が決まるまで延長するつもりだったんだがな。夏休み前に教員免許持ってる異能混じりの人が見つかって、二学期からはその人が担任になる。クラスのみんなには謝っといてくれ」

 急に訪れたお別れ宣言に、俺たちは誰もが絶句した。

 一学期は約三ヶ月。編入組の俺やトシはもちろん、四月からこのクラスだった三馬鹿だって、白井先生と過ごした期間は決して長くはない。

 しかし、それでも、毎日のように当たり前に顔を合わせていた人との突然の別れというのは「はい、そうですか」で済ませるようなものではない。

「な、なんでもっと早く言ってくれないんですか⁉︎ 言ってくれたら、みんなで……」

 里立の影響か、クラス委員のようなことを言う鎌倉に、白井先生はシワの刻まれた顔に笑みを浮かべる。

「お別れ会でもしてくれたのか? よしてくれよ、ガラじゃない。俺はそんなにいい教師じゃなかった。問題児のいるクラスを任されて、正直面倒だと思ったくらいだしな」

 確かに、編入したばっかりの頃の白井先生はクラスのボスだった三馬鹿を刺激しないよう、傍観している感じだった。

 しかし、今の白井先生は、俺たちとの別れをそれなりに惜しんでくれているように見える。

「大神が編入してきてからだよな、鎌倉たちが変わったのは」

 先生は目を弓なりに細め、

「ありがとうな」

 そう、言った。

「……俺は別に大したことしてないですよ。こいつらが勝手に変わっただけで……」

 俺の返答に先生は小さく笑い、口を引き結んで俺たちを見渡す。

 もっと気の利いたこと言えれば良かったかな。なんて、少し思ってしまうが、寝不足でスッキリしない頭ではこれが限界だ。

「短い間だったが、このクラスを担任できてよかった。元気でな、問題児ども」

 先生の言葉にそっと頭を下げようとした、その時、

「お前ら、立て」

 言うが早いか、鎌倉がスッと立ち上がった。

 釣られて俺たち全員が立ち上がるのを確認すると、教室内どころか廊下にまで響きそうな大声で鎌倉が叫ぶ。

「白井先生、今日までご指導ご鞭撻、ついでに補習の面倒まで見て下さって、ありがとうございましたッ‼︎」

「え……?」

 呆気にとられる白井先生。

 驚いたのは俺たちも同じだったが、戸惑いは一瞬だった。

『ありがとうございましたッ‼︎』

 その場にいた全員で声を揃え、一斉に頭を下げる。

 しばらくそのままでいると、白井先生の快活な笑い声が聞こえた。

 こうして、俺たちの高校最初の担任は学校を去った。

 顔を上げたとき、少し目が潤んでいるように見えたのは、黙っておこう。

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