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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編24 諏訪の巫女

「これが、諏訪と烏丸の因縁。排他的な諏訪と、間違った方法で立場を得ようとした烏丸の、馬鹿げた歴史の話よ」

 長い昔話を終え、諏訪先輩はそう締め括った。

 冷めた紅茶で喉を潤し、そっと烏丸先輩に視線を向ける。

 烏丸先輩はスッと目を伏せ、ポツポツと自分の一族を恥じるように口を開く。

「……烏丸家は諏訪家に生かしてもらいながら、その恩を謀反という仇で返した恥知らずの一族。花梨様が私を忌避するのは当然の……」

「違うわ。そもそも諏訪家が烏丸家を対等の同盟相手と見做していたら、烏丸家が不遇を訴えることもなかったのよ。凝り固まった考え方そのものが、全ての原因で……」


「くっだらねえッ‼︎」


 生徒会室に響き渡る大声で、二人の不毛な論争を終わらせる。

 二人の家の事情、それに二人の主張は分かった。

 要は二人とも、自分の一族にこそ諍いの原因があると思っているんだ。

 諏訪妹は姉の諏訪先輩とは違い、烏丸家が悪いと考えている。だから、烏丸先輩にキツく当たる。

 諏訪先輩の家には昔から異能生物や異能混じりを蔑視する考え方があり、そのせいで諏訪妹は俺や八雲に対してもそういう態度を取る。

 それら全ての事情を聞かされて、俺が導き出した結論は『くだらない』である。

「くだらねえよ。クソだろ。知るかよそんな昔話」

 吐き捨てるように言ってやる。

 一族の恥だのなんだの、高校生の身空で話すようなことか。

「何だと、大神。貴様……!」

 俺の物言いに烏丸先輩が声を震わせる。が、俺は自分の発言が間違っているとは思わない。

「ご先祖様が悪さしたからって、それで何で烏丸先輩がボロクソに扱われなきゃならねえんだよ? カンケーねえだろ」

「関係ないはずがあるか‼︎ 私の一族が……」

「一族が何だっつうんだよ⁉︎ 今ここにいるアンタが、一体何したっつうんだ⁉︎」

 ダァン、とガラステーブルを叩き、古臭い考えを口にする烏丸先輩を叱責する。

「アンタたちも、諏訪妹も、昔の話に囚われすぎなんだよ。戦前の話を持ち込まれてもピンとこねえんだよ、バカバカしい。異能混じりがどうとか、龍神様がどうとか……そもそも龍神ってなんだよ?」

 諏訪先輩の昔話の中でも、諏訪家の守神以上の情報は出てこなかった。名前から察するに、多分龍の神様なんだろうが。

「……龍神様は、諏訪家を守護する土地神様よ。湖に住む龍で、水を司る……」

「それって要は昔の異能生物だろ。尚更関係ねえじゃねえか」

 その龍神様とやらがどんな偉大な異能生物でも、所詮は大昔の話だ。今俺たちに何をしてくれるわけでもないし、そうなればただのお伽話。宗教観念の域を出ない。

「龍神様は今もご存命よ。諏訪の巫女は龍神様と繋がることで、強大な水の異能術を貸し与えていただけるの」

「……マジ?」

「マジよ。今も湖の底で眠っているわ」

 それは、ちょっと驚きだな。

 リルのような血縁ではなく、伝承の異能生物そのものがまだ生きているとは。

「だとしても、だ。その龍神様とやらの呪いで烏丸先輩の家に異能者が生まれないなら、もう十分罰を受けてるじゃねえか」

 異能の家系で異能者が生まれない。

 それは偶然異能者になった俺には想像もつかないほどの、取り返しのつかない損失なのだろう。

「異能は霊官が管理して、昔みたいに地域同士で揉めるようなこともない。だったら、諏訪先輩の家は昔のことなんて水に流して、烏丸先輩は過ぎたことでウダウダ言うなって開き直るくらいで丁度いいんじゃねえか?」

 自分のご先祖様が何をしたって、そんなのは自分には関係ない。

 全てを無かったことにしろとまでは言わないが、少なくとも今の二人の関係は、そんな過去のことに囚われているようには見えない。

「俺もそう思いますよ。特に妹ちゃんの毛嫌いの仕方は、どう見たって異常だ。人様のお家の事情に口出しするのは気が進まないっすけど、あれは早いとこ何とかしたほうがいいんじゃないですか?」

 俺に同意するトシの言葉に、諏訪先輩は困ったようにこめかみを抑える。

「やっぱり、そう思うわよね……。あの子、あの考え方のせいで中等部の生徒会長になれなかったのよ」

 異能専科の生徒会長は、先代からの指名と信任投票で決まる。

 中等部も同じシステムだとすれば、諏訪妹は先代からの指名を受けられなかったか、信任投票で過半数の票を得られなかったことになる。

 前者ならそれも仕方ないと思うしかないが、後者なら完全に、本人のせいだ。

 異能混じりは異能者の中で最も数が多い。

 その異能混じりを蔑視する考え方が周りにも浸透しているなら、票が取れないのは当然だろう。

「そりゃ、言っちゃ悪いが自業自得だろ。つーか先輩の家じゃ、まだそんな昔のことやり玉にあげるようや教育してんのかよ?」

 三つ子の魂百までではないが、一度植え付けられた価値観や考え方というのはそう簡単に矯正できるものではない。

 あそこまで烏丸先輩や異能混じりを忌避する考え方をしているということは、やはり幼い頃からそうやって教え込まれたとしか思えない。それでも烏丸先輩にはキツ過ぎだと思うがな。

「……異能混じり嫌いに関しては、潔癖性の弊害ね。昔から虫も動物も一切触れない子だったから」

「よくそれで霊官やってられるな」

 霊官の主だった仕事の一つが、妖蟲や異能生物の駆除だ。

 あの潔癖性が妖蟲なんて目にした日には、それだけで卒倒するか逃亡するかだろう。

「あの子は霊官じゃないわ」

「は? でもエレベーター動かして……」

「私の妹ってことで、特例で学生証の権限を上げているのよ」

 なんだそりゃ。

 聞けば聞くほど身勝手、わがまま放題のお嬢様じゃねえか。

「巫女の妹だからって、そんなに勝手なこと許していいのかよ」

 隣でトシが渋い顔をしながら嘆息気味にボヤく。

 お嬢様生まれで、わがままで身勝手。その上潔癖性で差別主義とくれば、残念ながら救いようがない。将来への不安が数え役満だ。

「あ、言っておくけど私は諏訪の巫女じゃないわよ」

「え?」

 諏訪先輩の言葉に、俺とトシ、八雲まで揃って目を見開く。

「な、何言ってるんですか。だってかいちょーが諏訪の姫巫女だっていうのは有名な話で……」

 諏訪の姫巫女。俺もその言葉は聞き覚えがある。

 諏訪家の女子で、強大な異能術を扱う。

 さっきの昔話と総合すれば、今の諏訪の巫女は他でもない諏訪先輩のはずだ。

「私は巫女の資格がないのよ。諏訪の巫女は健康な若い女でなくてはならない。龍神様と対話するための舞が踊れないといけないから」

「健康……」

 普段の傍若無人な振る舞いのせいで忘れそうになるが、諏訪先輩は車椅子無しでは移動できない。障がい者だ。

 その舞とやらが巫女の必須事項なら、確かに諏訪先輩には務まらない。

 務まらないのだが、釈然としない。

「……なあ、ちょっと待てよ」

 諏訪先輩を『諏訪の巫女様』と呼んだのを最初に耳にしたのは、確かナント文化ホールでの集会の際に梶木という中部支部所属の霊官が言っていたのを聞いたときだ。

 つまり、諏訪先輩が諏訪の姫巫女であるというのは、噂でも誤情報でもなく事実。少なくとも中部支部の霊官の間では共通認識のはずだ。

 最初から巫女ではないなら、そんな認識齟齬が出るとは考え辛い。

「先に謝っとく。ごめん。これから俺、相当失礼なこと聞くと思う」

「内容によっちゃひどいわよ?」

 渋い顔で脅しをかけてくる諏訪先輩だが、この疑念を放置したままではいられない。一歩踏み込んで聞く必要がある。

「……先輩、アンタの足、いつから動かないんだ?」

「ッ⁉︎」

 俺の質問に八雲が息を呑み、トシは意図が分からなかったのかキョトンとしている。

 烏丸先輩はグッと唇を噛んで黙り、諏訪先輩は眉間にシワを寄せる。

「気付いたこと全部口にするのは、どうかと思うわよ」

「答えになってねえよ。言い方変えるか。巫女だったことはあるんじゃねえのか?」

「黙りなさいッ‼︎」

 声を荒げる諏訪先輩。これは、当たりを踏んだらしい。

 諏訪の巫女とやらが世襲制なのか任命制なのかは知らないが、今の話を総合すると、『諏訪先輩は巫女だったが、足が動かなくなったせいで巫女ではなくなった』というのが一番しっくりくる。

 それに、諏訪妹のあの烏丸先輩に対する侮蔑の視線。

「……そうだよ、大神」

 俺の推理を裏付けるように、そっと烏丸先輩が口を開く。

「叶⁉︎」

 歯を食いしばり、爪を立てながら自分の顔を掴み、烏丸先輩はこう言った。


「お嬢様の足を奪ったのは、俺なんだ……」



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