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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編23 異能の歴史

 放心状態の諏訪妹が諏訪先輩の私室に消えたところで、俺たちは床の掃除をしてから、改めて夜食をいただくことにした。さすがに床のカレーを舐めとるわけにもいかないので、メニューは鍋に残っていたわずかなカレーと、八雲お手製の唐揚げだ。

 言うまでもなく唐揚げもまた絶品で、一升炊きの炊飯器の中身を主に俺とトシで空っぽにしたところで、おもむろに諏訪先輩が口を開いた。

「八雲、ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまったわね」

 目を閉じて頭を下げる諏訪先輩の言葉を、八雲は「いえ……」と否定しようとし、言い淀む。

 あそこまで拒絶され、せっかくの料理を台無しにされて平然していられるほど、八雲もネジの外れたやつじゃない。

「……なあ、諏訪先輩、アイツの言ってたのってどういう意味なんだ?」

 このわだかまりを抱えたまま解散して床につくことなどできない。そう思って、俺は聞いてみることにした。

 諏訪に、烏丸。

 それに、アイツがあそこまで『混ざりもの』とやらを否定する理由を。

「……話してもいいけど、口外しないでちょうだい」

「理由は?」

「語るべきではない。この歴史自体を、後世に残すべきではないと考えられているからよ」

 歴史か。

 俺たちが普通に勉強してきた歴史は、異能の存在をひた隠しにするために、いわば改竄されている。

 歴史の教科書は異能にとっての不都合を隠すために一部の事実だけを抜粋したもので、本当の歴史は異能と隣り合わせ、常に傍にあった。

 その異能の歴史の中で、さらに隠される伝承。

 これは少し、長くなりそうだ。

「……誰も知らない話なのか?」

「いいえ、知っている人は多いわ。ただ、誰も口に出さないだけ」

 公然の秘密ってことか。暗部に引き続き、そんな話ばっかりだな。

「聞かせてくれ」

 頷く俺の横でトシも「頼みます」と言い、八雲も小さく頷く。

 烏丸先輩とマシュマロはどんな話になるのか知っているようで、黙って諏訪先輩に視線を向ける。

「分かったわ」

 食後に烏丸先輩が淹れてくれた紅茶を口に含み、諏訪先輩はゆっくりと語り出した。

「話はそう、平安時代からね……」

 異能の、語るべきではない歴史を。


 ・・・


 昔、霊官という組織も異能者という概念も無かった頃、異能は今よりずっと人々の身近にあった。

 それは決していいものという訳ではなく、人の力の及ばない脅威、天災を『神』と、異形の徒を『妖』と呼び、畏れ、敬っていた。

 現代でいうところの異能使いは、神と対話し、妖を退けるために修行を積んだ者。

 その代表的な例が、陰陽師である。

 異能のメカニズムが解明される以前は、陰陽師やそれに準ずる異能術の使い手は才能や血統によるところが大きかった。

 神と対話する宮司や巫女、妖を払う術者は、それを生業とする家があり、異能と通じることでその名を轟かせていた。

 異能の使い手の家系が最も力を持っていたのは平安時代で、その頃に最大の勢力を誇っていたのは、異能の総本山、現在の京都に居を構える一族だった。

 後に鎌倉幕府が武士政権を敷くと、京都の異能者は派手な動きを抑えて鳴りを潜めるも、その力は依然として強大なままだった。

 全国各地で武将が覇権を争う戦国時代に突入すると、異能者もまた覇権を争うようになった。

 江戸幕府により全国が統一されるまで続いた覇権争いは、最終的に異能が根強い三つの地域に絞られた。

 強大な力を持ったまま争いを勝ち抜いた最大勢力、京都。国内有数の強力な異能場に鍛えられた猛者、青森。そしてこの鬼無里を有する、長野である。

 京都はそのあまりの強大さ故に覇道ともいえる統治を行い、青森は隣接している岩手と多少の小競り合いがあったものの、土地としての代表を青森、異能者の代表を岩手から選出することで、競合国として統治された。

 江戸以降までわだかまりを残した唯一の土地が、他でもない長野だった。

 神秘の湖に住むという異能生物、『龍神』との架け橋となる巫女を代々輩出していた一族、諏訪家。

 鬼によって滅ぼされた土地を人間のために奪い返した戦闘のスペシャリスト、烏丸家。

 しかし、双方の戦力差は明確だった。

 諏訪家の巫女の異能術は、龍神の力を借りた術。その力は一国の軍にさえ匹敵するほどの大異能術だった。

 対して烏丸家の異能は、個対個を前提とした戦闘の技術。勝負にさえならないはずだった。

 戦力差の大きさの前に誇りをかなぐり捨てて降伏の意思を示そうとした烏丸家だったが、諏訪家の内部ではその降伏を受け入れるべきという意見と、烏丸家を滅亡させるべきだという意見があった。

 理由は、烏丸家の名前の由来となった異能生物、『烏天狗』である。

 その昔、烏丸家の先祖は烏天狗と交わり、半異能の家系として名を馳せた。

 烏天狗は知能が高く、また非常に珍しい『異能術を使う異能生物』である。

 当然、当代に至るまでの間に異能生物の血はかなり薄れていたのだが、烏丸家の子孫に遺伝する異能の才能は烏天狗の血が為せる業でもあった。

 それだけならば有用な戦力、いずれ訪れる全国規模の異能の覇権争いに際しての心強い味方となるはずだったが、諏訪家には古くから伝わる掟があった。

 その掟とは、『人ならざる異能を忌むべし』というもの。

 諏訪の龍神を唯一無二、絶対的な守護者として扱っていた諏訪家にとって、それ以外の異能生物と異能混じりは、排除の対象でしかなかった。

 掟に従い烏丸の血は絶やすべきだと主張する一派と、掟を悪しき風習と断じて他の異能混じりや半異能とも協力するべきだと主張する一派。

 同じ諏訪家にありながら、両派閥の争いは遂には死人を出すまでに至った。

 結果としては協力派が勝利を収め、烏丸家は諏訪家の傘下として迎え入れられることになった。

 そしてそれが、次の悲劇を生むことになった。

 烏丸家の一部の者たちは、諏訪家への謀反の機会を窺っていた。

 自分たちがずっと守ってきた鬼無里の管理権までも諏訪家に奪われ、他国との戦いの際には自分たちだけが正面に立たされる。

 烏丸家が不遇と感じる扱いによる憤懣は、諏訪家にとって最も大切な存在である巫女の暗殺という形で爆発した。

 歴代でも指折りの異能の才能に恵まれた巫女は、当時まだ十歳になったばかりの幼子であった。

 幼い体に刀を突き立て、滅多刺しにした烏丸家の所業に、諏訪家の者は怒り狂った。

 実行犯と共犯者が残らず斬首されても諏訪家の怒りは収まらず、今度こそ一族を根絶やしにするべきだというのが諏訪家の総意だった。

 その虐殺を止めたのは、次代の巫女の言葉だった。

 神託、お告げ、予知夢、言い方は様々あるが、未来視と呼ばれる異能は、的中率の差異はあれど、それほど珍しいものではない。

 諏訪の巫女には、稀に龍神様のお言葉として未来が見えることがある。

 動乱の中で巫女に下った龍神様のお言葉は、烏丸の血を絶やすなという命令。

 そして同時に、烏丸家に呪いをという宣告。

 諏訪家にとって巫女が龍神から賜った言葉は絶対であり、逆らうことは許されない。

 言葉通り烏丸家への制裁は止められ、烏丸家は呪われた。

 呪いの内容は、後世の異能の剥奪。

 烏天狗の血筋により異能の才能に恵まれていた烏丸家からは、その時を境に突然異能の才能のあるものが生まれなくなった。

 龍神は、自身を唯一無二と崇める掟を破ったことは許したが、自身と繋がった巫女を殺めたことを許すことはなかった。

 土地の管理者であったはずの烏丸家はその力を奪われ、鬼無里の近隣の土地にひっそりと根を下ろした。

 皮肉なことに、異能を失っても培ってきた戦闘技術により、烏丸家は隠密と戦闘のプロ、忍者の一族として異能以上に歴史に名を残す結果となった。

 後に江戸幕府により外来の異能と他国との国交が断絶され、異能の管理も厳密に行われることになり、同時期に異能の存在そのものが危険視され、秘匿されるようになっていった。

 その際に異能を管理することになったのが、京都、長野、青森と岩手を代表する東北の三つの家。後に御三家と呼ばれることになる家である。

 京都の九重家。

 長野の諏訪家。

 東北の遠野家。

 本州と四国だけでなく、後に日本となる北海道まで含めてたった三つの家で全国の異能を管理することは不可能だと結論付け、今の霊官支部の元になる八つの組織が形作られたのは、明治の終わり頃だった。

 霊官の元になる組織ができた頃、衰退の一途を辿っていた烏丸家に一つの事件が起こった。

 次代の当主となる新生児に、高い異能の才能があることが分かったのだ。

 同時期に諏訪の巫女にも神託が下りた。

 内容は、烏丸家一代につき一人、異能の才能が戻るというもの。

 その異能者は諏訪の巫女の側近となり、身命を賭してその身を守ること。

 龍神の言葉は絶対であり、諏訪家は巫女の神託通りに烏丸家の者を絶対服従を条件に受け入れた。

 烏丸家の人間は、再び訪れた再起の機会に喜んだが、諏訪家の人間は烏丸家への懐疑心を拭えないでいた。

 それから約二百年、未だに烏丸家では本家の長男しか異能の才に恵まれず、烏丸家の立場は諏訪家の従僕、逆らうことは許されない。

 そして、諏訪家の烏丸家に対する禍根と差別意識も、未だ消えてはいない。

本作はあくまでもフィクションです。

実在の人物、地名とは一切関係ありません。

また、きちんとした時代考証は行っておりません。

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