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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編21 諏訪花梨

「この子は花梨。私の妹で、中等部の三年生よ」

「諏訪花梨です。好きなものはお姉さまで、嫌いなものは汚いものです。なので近寄らないでください」

 言外に汚いものだと揶揄された。

 こっちを見ようともせずに明後日の方向を向いて自己紹介する中坊。この態度はさすがにカチンと来るな。

「……おいトシ、泣かすか、このガキ」

「もう泣かしたろ」

 いや、あれは泣かしたと言うより泣かれたんだが。

「この子潔癖性なのよ。私がいくら言っても治らなくて……」

 やれやれ、といった感じで肩を竦める諏訪先輩。悪いが潔癖性ってレベルじゃねえぞ。多分。

 俺たちと同じ空気を吸うのも嫌だとばかりにハンカチを口に当てる諏訪妹は、俺たちではなく烏丸先輩に話しかける。

「……ところで烏丸、お前が側近でいながら、こんな汚い混ざりものをお姉さまの側に置くなんて、どういうこと?」

 三歳年上のはずの烏丸先輩に向かっても無礼千万な態度を崩さない。というより、俺やトシに対するものよりさらに態度がキツいな。

「……花梨お嬢様、ここは学校で、この二人は仮にも貴女の先輩です。貴女の主観を適応するには……」

「口答えしないで! 質問にだけ答えなさい!」

 苦言を呈する烏丸先輩の言葉を一刀両断し、諏訪妹はヒスを起こすように喚き散らす。

 完全に上から目線の命令口調だが、言われた烏丸先輩は腰を折って黙ってしまう。

 これはちょっと、看過できないな。

「……おい、さっきから黙って聞いてりゃ何なんだよその態度は? お前何様のつもりだ?」

「は?」

 声をワントーン下げて詰め寄る俺に対し、諏訪妹は汚物を見るような目で睨み返してくる。

 隣でトシが「だ、大地……」と制止しようとしてくるが、俺は構わず続ける。

「は? じゃねえだろ。偉そうな態度とりやがって、何様だって聞いてんだよ」

 コイツの態度はハッキリ言って目に余る。

 諏訪先輩の妹で烏丸先輩とも既知だからといって、それが無礼を働いていい理由にはならないはずだ。

「やめろ大神。私は構わない」

「やめねえし、俺は大いに構うね。調子に乗ってんじゃねえぞガキ。目上の人間は敬えって教わんなかったか?」

 先輩三人とトシが心の中で「お前が言うか⁉︎」とツッコミを入れてきた気がするが、とりあえず無視する。

 説教を始めた俺に対して、諏訪妹は腕を組んで踏ん反り返り、こまっしゃくれた反論を口にする。

「ほんの何年か先に生まれたってだけで、そこまで偉いんですか?」

 そりゃまあ、ごもっともだな。

 俺も別に年上だからって理由だけで相手を敬えるわけじゃない。

「年上ってだけじゃねえ。烏丸先輩はプロの霊官で、まあ、その……強え」

 認めるのはシャクだが、烏丸先輩は文句なしの実力者だ。荒事に関わることが多い霊官という立場で、既に支部の準幹部というポジションにいる。

 エレベーターを動かせたってことはコイツも霊官なのかも知れないが、だったら尚のこと烏丸先輩は敬うに足る相手のはずだ。

「こん中でいったら、諏訪先輩とマシュマロと烏丸先輩は頭抜けて強えんだ。見習いの俺とトシに舐めた態度とるのは大目に見てやるが、お前も霊官なら自分より強え相手に敬意を持つのがスジじゃねえのか?」

 戦闘能力が一つのステータスになる霊官なら、強い相手は敬うべき。至極当然な俺の説教を、諏訪妹は鼻で笑って一蹴する。

「ただ強いというだけが、果たしてどの程度その人間の評価に繋がるのか、甚だ疑問ですね。烏丸の人間が諏訪家の者に意見するなんて、強い弱い以前に不遜でしかありません」

「生まれた家が、何だってんだ?」

「貴方本当に霊官ですか? 中部支部に籍を置いていて、諏訪の名前の意味が分からないんですか?」

「何言ってんだ、お前……?」

 諏訪っていったら、諏訪先輩の名字だ。それ以上でも以下でもない。

 県内には同じ地名の市があるが、地名性なんて別に珍しくも何ともない。

「お前が何言ってんのかさっぱり分からねえよ。つーか烏丸先輩もなんだよ、その舐められっぱなしの態度は。諏訪先輩に説教できるアンタなら、こんなガキに……」

 と、そこまで言った瞬間、諏訪妹の視線が俺から烏丸先輩に動いた。

 眉間にシワを寄せた憤怒の形相で、頭を下げたままの烏丸先輩を睨みつける。

「……烏丸、お前が、お姉さまに説教を……?」

「…………」

 烏丸先輩は答えない。

 俺の知る限り、諏訪先輩に説教できるのは烏丸先輩だけだ。

 俺が初めて入院した五月の事件の後、病室で諏訪先輩にお小言を言っているのを見た。

 でも、それが何だってんだ?

 烏丸先輩は諏訪先輩のことをお嬢様と呼んで敬語を使うが、それは烏丸先輩がボディーガードだからだろう。

 諏訪先輩がスジの通らないことを言えば、目上として烏丸先輩が叱る。

 面倒見のいい執事とわがままなお嬢様、二人の関係はそんな感じだと俺は認識していた。

「答えろ、烏丸‼︎」

 詰問する諏訪妹に、烏丸先輩は頭を下げたまま答える。

「出過ぎた真似でした」

 そう肯定すると、諏訪妹は信じられないものを見たように狼狽する。

「烏丸の、人間が? お前みたいな者が、お姉さまに……? お姉さまの側にいるだけでも烏滸がましいというのに、口答えをしたの……?」

 口調は徐々にトゲを増し、狼狽はすぐに怒りに変わる。

「ふざけるな‼︎ 身の程知らずにも限度があるわ‼︎ お前みたいな下賤な輩が、お姉さまに……‼︎」

「花梨」

 罵詈雑言を浴びせようとしていたであろう諏訪妹を、諏訪先輩が鋭い語調と視線で制する。

「叶と私の関係は、他でもない私がそうあれと望んだものよ。もちろんそこの大地や悟史との関係も。私の交友関係にまで口を出すのは、許さないわ」

 強い口調で妹をたしなめる諏訪先輩だが、怒りが収まらないのか当の諏訪妹は「ですが……!」と反論する。

「この二人はともかく、烏丸の行いは分を弁えない蛮行です‼︎ 烏丸家のような汚れた家系の者が……‼︎」

「それ以上叶を侮辱すれば、貴女といえど許さないわよッ⁉︎」

 諏訪先輩の怒声に、ビシリッ、と空気が震えた。

 比喩でも何でもなく、諏訪先輩から漏れた異能が空気を震わせた。

「っ……‼︎」

 諏訪妹は今度こそ黙り、幽鬼のような足取りで生徒会室の隅に移動して、しゃがみ込んで膝を抱え、ゆっくりと俯いた。

「……大地、シャワー浴びてきて。これ、除毛クリーム持ってきてもらったの。剃るより楽よ」

「ああ、あざす……」

 紙袋から取って差し出してきたボトルとタオルを受け取り、俺はリルを抱えてシャワールームへ向かった。

「それで頭洗うんじゃないわよ。ツルツルになるから」

「フリが雑だよ。誰がやるか」

 冷え切った室内の空気を和ませるための冗談に薄い笑みを返し、そっとリルを起こす。

『うにゅ? ダイチ?』

「起きたか。シャワーだぞ」

『イヤだ‼︎』

「イヤだ、じゃねえ‼︎」

 ジタバタと暴れるリルを連れ、無理矢理仕切りのカーテンを潜る。こいつの風呂嫌いはいい加減何とかしないとな。

 狭いシャワールームを縦横無尽に逃げ回るリルに苦戦しながらも犬用シャンプーで体を洗ってやり、俺は全身に除毛クリームとやらを塗りたくる。

 こんなもの初めて使ったが、どうやらしばらくこうしているだけで無駄毛の処理ができるという代物らしい。

「うわっ、気持ち悪い……」

 しばらくしてからクリームを流すと、腕も足もツルツルになっていた。

 もともとあったうぶ毛までなくなって、フツーに気色悪い。無毛男子とか最近は結構いるらしいが、よくこんなのでいられるな。これなら俺は毛深いくらいの方がいいや。

「ん? 八雲戻ってきたのか」

 毛だらけになった排水口を掃除してかて外に出ると、生徒会室に八雲の匂いが増えていることに気付いた。

 加えて、炊き立ての白米や刺激的なカレーをはじめとする様々な料理の匂いも漂ってくる。

「準備があるとか言ってたけど、あいつ夜食作ってくれてたのか」

『え、ゴハン⁉︎』

 シャワーで辟易していたリルがメシと聞いてあからさまにテンションを上げる。現金なやつだ。

「ああ、八雲がメシ作ってくれたみたいだ」

『やったぁ!』

 ブンブンと千切れんばかりに尻尾を振る。水滴飛ぶからやめろってのに。

「こら、先に体拭くぞ」

『オウ!』

 八雲は料理部に所属しており、その腕前はかなりのものだとネコメに聞かされていた。

 今までご相伴に預かったことはなかったが、良い機会だ、是非頂こう。

「あ」

 ぐう〜。八雲作の美味そうな料理の匂いを嗅ぎ取った瞬間、情けない腹の音とともに急激に空腹を自覚する。

 こりゃリルのことを笑えないが、仕方ないだろう。何しろ記憶が曖昧とはいえ六時間もぶっ続けで異能を使っていたのだし、それを差し引いても匂いが美味そう過ぎるのだ。

 これは食べるまでもなく分かるね。絶対美味い。いや、食べるけども。

『ダイチ、早く行こう‼︎』

「慌てんなってのに」

 荒れ狂うリルと腹の虫をなだめながら服を着て生徒会室に戻るのと、


 諏訪花梨が、八雲の持っていたカレーの鍋を叩き落とすのは、ほぼ同時だった。



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