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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編20 暴風娘

 まったりとした空気が生徒会室に漂う中、諏訪先輩のケータイが震える音が響く。

「来たみたいね」

「来た?」

 そういえば生徒会室に来るためのエレベーターを動かすと、諏訪先輩のケータイに通知が行くんだったな。

 しばらくすると生徒会室のドアがノックされる。

 諏訪先輩の「どうぞー」という声に反応するように、見た目と違ってスライド式になっているドアが引かれる。

 八雲が戻ってきたのか、と思ったが、違った。

 そこにいたのは八雲ではなく、大きな紙袋を抱えた小柄な女生徒だった。制服の夏服っぽい恰好だが、異能専科のものとは細部が異なる。

 長い艶のある黒髪を白くて細いリボンでポニーテールに結っており、キリッとした目鼻立ちにはどこか見覚えがある。

 いや、見覚えがあるというか……。

「……ちっこい諏訪先輩?」

「んなわけないでしょ」

 その女生徒は、諏訪先輩にそっくりだった。

 違うところと言えば普通に立っていることと体格、あとは異様に目つきが鋭いところか。

「……お待たせしました。言われたものを持ってきました」

「ありがとう」

 諏訪先輩似の女生徒は恭しく頭を下げ、俺とトシの座る部屋の中央のソファーを避け、壁際を通って諏訪先輩のデスクに近寄る。

「…………」

「…………?」

 なんか今、睨まれた?

 気のせいじゃないよな。明らかに俺たちを避けて諏訪先輩の方に寄ってったし。

「大地、悟志、紹介するわ。この子は……」

「結構です、お姉さま」

 ちっこい諏訪先輩はゆっくり首を振り、デスクの上に持っていた紙袋を置く。

 お姉さまってことは、この子諏訪先輩の妹か? 間違いないだろうな、顔そっくりだし。

「諏訪先輩、妹いたんすか」

 興味ありげな様子で立ち上がったトシが一歩近付く、と、

「ッ‼」

 バッと紙袋に手を入れ、素早く取り出した霧吹きをトシに吹き掛ける。

「ひ、ひぎゃあああああ⁉」

 顔に謎の液体を浴びたトシが顔面を抑えてのたうち回る。

「と、トシッ⁉」

「熱いッ‼ 顔がぁ‼ 目がぁ‼」

 床の上をぐるぐる回転し、頭とつま先でピーンとブリッジするトシ。ふざけているのか。

「……半径二万キロ以内に近寄らないでください」

 まるで殺虫剤を浴びせたゴキブリでも見るかのような顔でトシを見下ろす諏訪妹。地球外退去を命じられているぞ。

「おい、大丈夫なのかよこれ⁉ 銀でもかけてんじゃねえだろうな⁉」

「残念ながらただの異能をかけた聖水です。それもかなり薄めてあるので、死には至りません。残念ですが」

 おいコイツ二回残念って言ったぞ。

 死に至らないことを二回残念って言ったぞ。

「……やはり混ざりものでしたか。私とお姉さまに近寄らないでください。汚いので」

 床の上で荒い呼吸を繰り返すトシに銃口のように霧吹きを向ける諏訪妹。追撃でもする気か。

「おいやめろ」

「ッ⁉」

 手首を掴み、霧吹きを取り上げる。

「こいつが何したっつうんだよ?」

 少なくともトシは何もしていない。こんなことされる謂れはないはずだ。

「あ」

 諏訪先輩が声を漏らした直後、生徒会室に悲鳴が響き渡る。

「きゃああああああ‼」

「⁉」

 掴んでいた手首を振り解き、目に涙を溜めながら狂ったように体を震わせる。

「触られた‼ イヤぁ‼ 汚い、汚い‼」

 搔き毟るように俺が掴んでいた手首を袖で拭い、瞳孔の開いた目で俺を睨む。

「こ、殺ッ……‼」

「やめなさい」

 振り上げられた手は、固定されたように空中で動きを止める。

「お、お姉さま⁉」

 異能術で動きを止められた諏訪妹は悔しそうに歯を食いしばり、徐々にその顔を歪ませる。

「うう、うわああああああん‼」

 大口を開け、大声を出して泣き出してしまった。

「…………え、これ俺が泣かしたの?」

 取り上げていた霧吹きをデスクに置き、助けを求めるように諏訪先輩に向き直る。

 一応トシを庇っただけなのだが、泣いた直接の原因は俺が触ったからっぽいし、謝った方がいいのだろうか?

「……あなたが悪いわよ花梨。悟志に謝りなさい。あと大地にも」

「ぐす、嫌です‼ そんなことするくらいなら舌を噛みます‼」

 そこまで嫌か⁉

 何なんだこのガキは。

 いきなり現れてケンカ吹っ掛けてきて触っただけで泣き出したぞ。

「……なんの、騒ぎ?」

 混沌とする生徒会室に、シャワーを終えたマシュマロが戻ってきた。全裸で。

「あ、花梨ちゃん。久しぶ……」

「服着なさい‼」

 諏訪先輩が紙袋から取り出した衣服をマシュマロの顔目掛けて投げつける。

 ゆったりとした動作で床に落ちた服を拾い、その場で着始めるマシュマロ。ちょっと今日のマシュマロはサービスが過ぎるな。

「見てんじゃないわよ大地‼」

「不可抗力じゃねえかなぁ⁉」

「……ゴミめ」

 真っ赤に腫らした目で睨まれてゴミ呼ばわりされた。いや、マジで何なんだよこのガキは。

 諏訪妹は紙袋に手を突っ込み、先ほどのものとは違う霧吹きを取り出してさっき俺に掴まれた手首にこれでもかと吹き掛ける。この臭いは、消毒用のアルコールか?

「そんなに汚……く見えるな……」

 普段ならいざ知らず、今の俺は上半身タンクトップ一枚な上に全身毛むくじゃらだ。確かに不衛生に見えるかもしれない。

「安心しろ。お前に限った話じゃない」

 それまで黙っていた烏丸先輩が、眠るリルをマシュマロのデスクにあったブランケットに包んで渡してきた。

「あの方は虫と動物と男が嫌いなんだ。リルを見せるな」

「……何なんだよ、マジで」

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