夏休み編19 一息つこうか
地下施設から出て、今何時かと思って時計を見て驚き、なんと深夜の零時を回っていた。
俺の記憶では夕方まで生徒会室で仕事をして、地下施設に移動したのが確か午後六時頃だったので、たっぷり六時間も俺は暴走していたことになる。
そして、その間ずっと三人は俺の相手をしていた。
六時間もの間ぶっ続けで異能を行使していれば疲れるのは当然だし、自力で歩くのが億劫だというのも納得だ。運ぶくらいはやってやらねば申し訳が立たない。
そんなことを思いながらエレベーターに乗り込み、諏訪先輩が霊官手帳を使って生徒会室へ向かう。
この時間では寮の浴場も食堂も閉まっており、食事を調達する前にシャワーを浴びようということになった。
寮の部屋には簡易的なシャワールームが設置されているのだが、風呂嫌いなリルはシャワーの度にギャンギャン騒ぐ。
既に部屋ではルームメイトのトシが寝ているだろうから、騒がれてもいいように生徒会室のシャワーを借りることにした。
マシュマロもルームメイトへの配慮で生徒会室のシャワーを使うと言い、設備が寮の部屋より良いという理由で八雲もそうすることにした。
二人を抱えたまま諏訪先輩に続いて生徒会室に入ると、意外な人物がそこにいた。
「あら、叶?」
「お嬢様、それにお前たちも、まだ残っていたのか?」
生徒会室のデスクで書類に目を通しているのは、なんだか久し振りに見た気がする生徒会副会長、烏丸叶先輩だ。
「叶こそ、こんな時間までどうしたの? 資料はもう目を通してもらったはずだけど」
「ただの時間潰しですよ。薄汚れた円堂の洗浄です」
洗車待ちみたいに言ってやるなや。
確かにシャワールーム、諏訪先輩の遊び心により設置された隠し部屋になっている方からは、トシの匂いがする。
「大神が部屋で寝ているから、とわざわざこっちまで来たのですが、当の大神もまだ残っていたとは」
お互いに気を遣って空回ってしまったってわけか。
そんな話をしていると、シャワールームのカーテンが引かれてジャージ姿のトシが現れた。暑そうだが、あの格好で烏丸先輩に稽古つけてもらってたのか。
「スンマセン先輩、お待たせしました……って、大地?」
髪に水滴がついたままのトシに「よっ」と挨拶すると、トシの顔はみるみる険しくなっていった。
「……大地、お前何してんだ?」
「え?」
眉間にシワを寄せ、水の滴る髪を乱暴に掻き毟る。
「なんだよ、藪から棒に……」
「何してんだって聞いてんだよ⁉︎」
トシの様子は、普通じゃない。
シャワーから出た瞬間はいつものトシだったのに、俺の姿を見るや否や怒髪天の勢いだ。俺何かしたか?
「何って、三人に訓練の相手してもらって……」
「それで何で女の子二人にお触りすることになってんだよぉ⁉︎」
トシは、泣き出した。
震える指で背中のマシュマロと腕の中の八雲を指さし、もう片方の手で顔を覆う。
「訓練? 訓練って何ですか? もっと汗臭くて泥臭いものじゃないんですか⁉︎」
「いや、汗は相当かいたし、ついでに犬臭いぞ」
あとすっごく女臭い。言わないけど。
「俺が鬼よりも鬼な先輩に泥だらけの生傷だらけになるまでボッコボコにされてるときに、お前は水着の女の子はべらせてイチャコライチャコラ楽しく汗流してたってこと? はーそうですか! はーそうですか!」
やべえ、めんどくせえ。
「ふざけんな。俺だって結構命がけで訓練してたんだぞ」
「具体的には⁉︎」
「具体的には……」
あ、よく覚えてないんだった。
「……八雲、マシュマロ、そろそろ降りろ。そこのバカがうるさい」
「むぅ……」
「しょーがないなー」
二人とも渋々といった様子だが、ようやく腕を解いて降りてくれた。ああ、開放感。
「つーかこの格好を見て真っ先に言うことがそれかよ……」
「格好って……うわ‼︎ 何その毛、キモッ‼︎」
今気付いたようにトシは瞠目し、あからさまに引いている。張り倒すぞこの野郎。
「イメチェンにしてもやりようがあるだろ……」
「髪切る感覚でここまで毛深くなるか。異能使ったら生えてきたんだよ」
これ剃ったくらいで何とかなるかな。そもそもまた生えてこないかが心配だ。
「……さてと、とりあえずシャワーの順番決めましょうか」
俺とトシのやりとりを無視しつつ、諏訪先輩はシャワー待ちのマシュマロと八雲に視線を向ける。
多分レディーファーストとかで俺は最後にされるんだろうけど。
「大地、女子の前に入って毛だらけの排水口を見せて不快にさせるのと、女子の後に入って残り香を堪能して引かれるの、どっちがいい?」
「どっちも願い下げだバァカ‼︎」
忘れた頃にこういうことを言ってくるんだよな、この人。
そもそもトシがここにいるんだから、別に俺は部屋に戻ってからシャワーを浴びてもいいのだ。わざわざ女子とシャワーを共用することない。
「あたしは後でいいよ。準備したいことあるし」
「じゃあ、わたし、先に、入るね」
俺と先輩のアホなやりとりを他所目に、マシュマロと八雲はさっさとシャワーの順番を決めてしまった。
その後、準備があると言った八雲が諏訪先輩の手帳を借りて生徒会室を後にし、マシュマロはゆったりとした動きでシャワールームへ消えて行った。
とりあえずソファーに座って体の調子を確かめるが、特に違和感はない。
(炎、か……)
暴走した俺が使ったという炎の異能。
何の心当たりも無いのだが、地下施設の熱気や煤けた壁を見る限り、先輩の出まかせとは思えない。
試しに指先から炎が出ないかと集中してみるが、当然ライターほどの火種も出ない。
なぜ俺が炎なんてものを使えたのだろうか。
「……何してる?」
もやもやした気持ちのままぼーっとしていると、寄ってきた諏訪先輩が俺の腕を撫で繰り回してきた。
「ホントにゴワゴワね。触る価値ないわ」
失望したような言葉と表情を突きつけられ、心の底から言ってやる。
「知るかボケ」




