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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編17 炎の権能


 再び真っ白に染まった世界で、フェンリルの姿になった俺と片腕を失いながらも笑顔のロキはしばし目を合わせていた。

 しばらくそうしていると、ふと頭によぎるのはここに来る寸前の記憶。生徒会室の地下施設での一幕だ。

「――――――――――あ」

 巨大な口をあんぐりと開いた間抜けな顔で、俺は今更ながらに焦りを感じた。

 というか、焦らなきゃならないんじゃないかと思った。

「なんだね、その『ヤベー』みたいな『あ』は?」

 怪訝な顔で首を傾げるロキを尻目に、俺は滝のような冷や汗を流す。正確には今の姿では体に汗腺がないので、あくまで精神的な話だ。

『どうした、ダイチ?』

「いや、俺たちの体って、今どうなってんの?」

『狼になってるんじゃないか?』

「ああ、正確にはフェンリルになっているよ。あの仔の小さい頃にそっくりだ」

「いや、そうじゃなくて……」

 懐かしそうに眼を細めるロキには悪いが、そうじゃない。

「俺たちの本体の話だよ‼ 地下施設の俺たちって、今どうなってんの⁉」

 俺たちはリルの異能の成長に伴い、それを制御するために異能を暴走させた。

 異能の出力をアクセルベタ踏みにすることでグレイプニールまで壊し、気付いたらここにいた。

 もしかしなくても、今俺たちの体は地下施設で暴れ回っているのではないだろうか?

「……いいかいマイボーイ、異能の暴走というのは異能の本能と本人の理性のせめぎ合いによって起こる。対して今の君たちは異能と人間、二つの精神が共にここにある。つまり、せめぎ合いは起こらない」

「じゃ、じゃあ……‼」

 暴走は起こっていないのか、と思ったが、

「したがって今君たちの本体は、予想もつかない大暴走によって手が付けられない状態だと思われる」

「なんで⁉」

 せめぎ合わないのに何で暴走してるんだよ⁉

「二人分の理性がここにあるんじゃ、残っているのは凶暴な異能の本能だけだからね。他の異能を食らうことしかしない本能。加えて、私が介入したせいで私の権能を使う可能性もあるかな」

「権能?」

「私はもともと炎の化身なんだ。先ほどの火球などはそのほんの一端でね。その気になれば世界を炎で包むことさえ……」

「あっちは大惨事になってんじゃねえの⁉」

 誇るように自分の権能を誇示するロキ。自慢気なところ悪いが、今のところいい情報が一つもない。

 つまり今ごろ地下施設では、理性を無くして暴れ回る俺が炎まで撒き散らしているってことじゃないのか?

 八雲の糸は火に弱いし、冷気を操るマシュマロとだって最悪の相性だ。

 暴れ回るだけの俺に対して、諏訪先輩も含めたあの三人が後れを取るとは思えない。が、異能の制御が失敗したと判断されて俺が殺される可能性は十分あり得る。

「早く異能を制御して……って……」

 制御、ってどうやるんだ?

 諏訪先輩はリルと意思の疎通をしたら、あとは制御するだけだとか言っていた。

 具体的な制御の方法は、聞いていない。

「リル、異能の制御ってどうやるんだ?」

『ボクが知るわけないだろ』

 ですよねー。

「え、ちょっと待って、異能の制御ってどうやるの? どこに行ったらできるの?」

 普段の俺は、異能の制御はグレイプニールに任せていた。リルから使えるだけの異能を借り受け、制御が効かない分はグレイプニールがシャットアウトしてくれていた。

 だから、俺はちゃんとした制御なんて、したことない。

「とりあえず、その姿で慌てふためくのはみすぼらしいよ。人に戻りたまえ」

「あ、ああ……」

 ロキに言われた通り、イメージを戻して普段の姿になる。耳も尻尾もない普段の俺。リルは腕の中にすっぽりと収まる。

 完全に普段通りかと思ったが、首に普段の締め付けられる感触は無い。

「グレイプニールが……」

「かの拘束具の名を冠する異能具は、すでにその役目を終えている。ここに来る前に壊れているはずだろう」

「そうか。そうだよな……」

 もともと首に何かを巻くのは苦手だったのだが、それでもあのチョーカーは俺の異能の手助け、ひいては命を救ってくれたものだ。無くなったとなると、それはそれで寂しい気もする。

「感傷に浸る暇はないよ。さっさと異能を制御してしまいなさい」

「ああ……」

 と言われても、何をどうすれば制御できるのか見当もつかない。

「どうすれば……」

「君はここで何をしていた? ここではイメージが全てだと言っただろう」

「あ、そうか……」

 イメージ。イメージするんだ。

 拘束するように動きを止めるのではなく、ただその場で静止する。

 足を止め、腕をだらりと下げ、脱力する。

 ここではない、コンクリートに囲まれた場所にある俺の体を、今の凪いだ俺と繋げる。

「……止まった」

 それだけのイメージで、俺には自分の暴走が止まったと知覚できた。何が見えたわけでもないのに。

「こんな簡単なことだったのか……」

 当初の目的を達成したことに安堵し、ふう、と息を吐く。

「口で言うほど簡単でもないよ。ここでイメージに慣れたからすんなりできたことだ。これで今まで構えを取るたびに意識していたことを、無意識下で行えるようになったはずだよ」

「うーん……」

 そうは言われても、実感が湧かない。

 現実ではここのように姿形が変わるわけではないだろうし、それが戦闘にどんな風に影響するのかも、イマイチ想像できない。

「習うより慣れろさ。戦闘に直面すれば、嫌でも実感できることだよ」

「そんなもんかな……」

 言われてみれば、今まで異能を使うのだって漠然としたイメージで発現させていた気がする。それと大差ないのかもしれないな。

「イメージといやロキ、その腕……」

「ん? ああ、これか」

 俺とリルで食い千切ったロキの腕は、血は出ていないが喪失したままになっている。

 イメージで何でもできるこの空間で、なぜ腕を治さないのだろうか。

「形は修復できるよ。この通りさ」

 その言葉通り、破れたスーツも含めてロキの腕は元通りになった。しかし、ロキから匂っていた違和感のある匂いが薄れているように感じる。

「俺が、食ったんだよな……」

 直感的にそうするのが正しいと思ったからやったことだが、改めて考えてみると結果な大事をやってしまった。

「これでいいのさ。フェンリルの中に残っていた私の魂は、その一部が完全に君の中に溶けた。私の権能と共にね」

「権能が、俺に?」

「ああ。私の持つ炎の権能だ。常にというわけではないが、然るべき時が来たら君の力になるはずだよ、マイボーイ」

 然るべき時、か。ずっと明確な答えが聞けなかったが、恐らくそれが、

「それが、お前の目的なのかよ、ロキ」

「…………」

 ロキは答えない。

 その目的、なぜわざわざリルの中に自分を残したのか。

 俺の成長を手助けして、何がしたいのか。

 幾星霜を魂のみで眠り続け、遠い子孫に何を求めるのか。

 俺とリルに、何をさせたいのか。

「答えろよ」

「答える意味がないんだよ。ここで外の記憶が曖昧だったように、現実に戻ればここのことなどほとんど覚えていない。余計な混乱を生むだけだから、何も知らないままでいい」

「いいわけあるか! お前は俺に何をさせたいんだ⁉︎」

 問い詰めてやろうとその襟に腕を伸ばすが、「時間だよ」と言ってロキはひらりと躱してしまう。

「おい‼︎」

「外で君の仲間が呼んでいる。ここまでだ」

「いいから答えろ‼︎ お前の目的は何なんだ⁉︎」

「……僅かばかりの心残りさ。我が子への贖罪と言ってもいい」

 この期に及んで、まだそういう曖昧なことを言うのか?

「ロキッ‼︎」

「……次に会う時は、是非ともパパンと呼んでおくれ」

「っ⁉︎」

 急激に、白い世界が塗り潰される。

 白から黒へ。

 視界は闇に覆われ、ロキの姿も見えなくなる。

『大地‼︎』

 俺を呼ぶ誰かの声に導かれるように、俺の意識は浮上する。

 真っ暗な世界に一筋の光明が差し込み、俺を呼ぶ声がそこから意識を引っ張り上げる。

 最後に、


「君の妹を、頼んだよ」


 そんな声が聞こえた、気がした。

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