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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編14 その名はロキ

 座り心地の良い豪奢な椅子の背もたれに体を預け、俺たちの父親を名乗る男は優雅に足を組む。

 対面に座る俺と腕の中のリルを一瞥し、メガネを上げて微笑みながら口を開いた。

「改めて自己紹介しておこう。私は君たちのパパン。後世には、『ロキ』の名前で伝わっているかな?」

「ロ、ロキだと……⁉︎」

 告げられたその名前に、俺は瞠目した。

 ロキ。北欧神話に名高き神の一柱。

 悪知恵の働く狡賢い者、トリックスターの異名を持つ神で、北欧神話の最終戦争、ラグナロクにおいてアース神族を滅ぼすために巨人族を率いた者。

 世界を滅ぼす一因になった、伝説の神。

「……バカ言うんじゃねえよ。ロキは死んだはずだ。それも、千年以上昔にな」

 相棒であるリルの出自ということもあり、今年の五月以降俺も北欧神話については多少調べている。

 ネットの読み齧り程度の知識だが、北欧神話は十三世紀頃まで遡ると途端に出典があやふやになる。

 神話としては歴史が浅いが、それでも八百年というのは人間が生きられる時間ではない。

「神話だろうが神様だろうが、要はその時代に生きていた人間の異能者だ。その血筋が現代まで繋がっているのはあり得るが、本人が生きていられるはずがない」

 北欧神話の神は他の多くの神話の神と違い、不死ではないとされている。どんなに強大な力を持った異能者でも、老いに勝てるはずがないんだ。

「寿命を超越した異能者、そんなものは大して珍しくもないよ。現に君だって会ったことがあるだろう?」

「…………」

 それは、確かにある。

 先の事件の首謀者、藤宮は、戦時中に日本軍にいたにもかかわらず、ついこの間まで三十歳前後の容姿をしていた。

 人間の寿命を超越することは、異能者にしてみれば難しいことではないのかもしれない。

「それでも、ロキは死んだ。これは事実のはずだ」

 北欧神話の中で、ロキは明確に死の記述がある。死んだ者は、生き返らないんだ。

「……ああ、そうだ。私はラグナロクの折、ヘイムダルの奴と相討ちになった。だから無論、ここにいる私は本人ではない」

 俺の指摘をあっさりと肯定し、ロキを名乗る男は僅かに口角を上げた。

「種明かしをすると、私は自分の子供たちに僅かばかりの魔法、今の君たちの言葉で言うところの異能術をかけた。自分の魂の一部を分け与える魔法、つまるところ今の私は過去の『ロキ』という異能者の残留思念のようなものだよ」

「……それは、怨霊ってことか?」

「せめて幽霊と言ってくれたまえ」

 俺の言葉を否定も肯定もせず、ロキは困ったように肩を竦める。

「幽霊……。見たことないな」

 幽霊、一般的過ぎて逆に考えたこともなかったが、アレも異能の産物なら説明がつく。妖怪や妖精とは何となく畑違いのような気もするがな。

「異能者が死ぬとき、その異能術や本人の意思が稀に死後も残留することがある。それが幽霊と呼ばれる異能現象の正体だ。といっても所詮は死者。他者に影響を及ぼせるものなど、ごくごく稀だ」

「そのロキの幽霊が、リルの中に残っていたってことか……」

 腕の中のリルは、興奮と不安が半々といった様子で目の前の男、ロキを眺めている。

 リルは神狼フェンリルの遠い子孫で、先祖返りのようにその力を色濃く発現させた。

 フェンリルはロキの息子、実際はロキが作った異能生物で、分け与えられたロキの魂はフェンリルの力と共にリルの中に受け継がれてきた。

 それが本当なら、確かにコイツはリルの父親と言えるかもしれない。

「そのロキの幽霊が、俺たちに何の用だ? こんな変なとこに呼び出して……」

「呼んだのではなく、君たちの方からやって来たんだよ。言っただろう、今君たちに会えたのは嬉しい誤算だって」

 ロキが呼び出したのではなく、俺たちが来た?

「……いい加減ちゃんと答えろよ。ここはどこだ?」

「君たちの中だよ。魂、精神、呼び方は好きにすればいいが、とにかく今の君たちは私と同じで実体ではない。恐らく君たちの現実の肉体は、今は眠っているのだろう。精神世界とでも言えばニュアンスは伝わるかな?」

「精神世界……」

 精神、俺たちの、心の中。

「夢の中とは違うのか?」

 夢なら俺の記憶が曖昧なことも説明がつくのだが、ロキはゆっくりと首を振った。

「さっきも言ったが、当たらずとも遠からずだ。夢はあくまでも記憶の整理だからね。ここは精神の中という現実の一部。実感は薄いだろうが、ここで起こったことは多少なりとも現実の君たちに影響を及ぼすだろう」

「ここで死んだら、俺たちの実体も死ぬかもしれないってこもか?」

「ここに死の概念はないよ。心が死なない限りね」

「?」

 意味が分からない。

 言葉通りここが現実の一部なら、死の概念がないなんてことがあるのか?

「うーん、それは実際やってみた方が分かり易いかな?」

 ロキが顎に手を当ててそう言った瞬間、目の前が赤く染まった。

「え?」

 間の抜けた声を上げて半開きになった口から、見開いていた目から、全身に稲妻に撃たれたような痛みが走る。

「ッ⁉︎」

 それが熱、赤い炎の球が飛来したことによる火傷の痛みだと気付いたときには、俺は椅子から崩れ落ちて白い地面に投げ出されていた。

『ダイチッ⁉︎』

 腕から落っこちたリルの叫びが耳元から聞こえるが、その声に応えてやることができない。

「……ッ‼︎」

 熱い。痛い。

 火の球の直撃を食らった俺の顔は、自分で確認することはできないが、皮が爛れて肉が露出していると確信できた。

(攻撃、されたのか……⁉︎)

 何のモーションもなく、ロキは火球を出現させて俺の顔を焼いた。

 気道が丸焼けになり、声を出すこともおぼつかない。

 ショック死していないのが不思議なくらいの激痛だ。

「痛くないよ」

 真上から、オヤジの声を模したロキの声が聞こえた。椅子から立ち上がって俺を見下ろしているのだろうが、目が潰れていて見ることができない。

「その痛みは気のせいだ。君はなんの怪我も負っていない」

 そんなわけあるか。

 顔を蹂躙する痛みは本物だし、顔に近い粘膜からは一切の水分が蒸発していて全ての機能が失われている。

「痛くない。痛くないんだ。君はただ、椅子から落ちただけなんだよ。マイボーイ」

「…………」

 突然の事態に混乱する頭に、追い討ちの暗示をかけるように繰り返されるロキの言葉。

 一瞬、本当にこの痛みは気のせいなのかもしれないと本気で思ってしまった。

 そんな思考がよぎった途端、不思議と顔から痛みを感じなくなる。

「痛くないなら、当然傷もない。傷とは痛みから発生するものだからね」

 耳元でそう囁かれた瞬間、急に視界がクリアになった。

「なっ⁉︎」

 痛覚が麻痺したのかと思ったが、声が出た。

 慌てて自分の顔をまさぐるが、そこには普段の顔の質感があるだけだ。

 目も見える。声も出せる。皮膚も普段通りだ。

 ただ、痛みの記憶だけがあった。

「リル、俺の顔は……?」

『傷が、なくなった……』

 戸惑いながら俺の問いに答えるリル。気のせいでも何でもなく、本当に俺の傷はなくなっているらしい。

「これがイメージだよ。ここでは普段の自分を意識すれば肉体の損しょぶっふぅ⁉︎」

 膝を曲げて手品の種明かしをするような顔をしてくるロキのニヤけた顔面に、腹筋を最大限に活かした頭突きを見舞う。

 バキン、とロキのメガネが割れて額にガラス片が刺さるが、どうやらヤツの目にも刺さったらしく、「目がぁ⁉︎ 目がぁ⁉︎」とどこかの大佐みたいに顔を抑えてのたうち回る。いい気味だ。

「いきなり何をするんだねマイボーイ⁉︎ ここじゃなければ失明しているよ‼︎」

 即座にイメージの力とやらで傷を消して抗議の声を上げてくるが、そりゃ全部こっちのセリフだ。

「黙りやがれこの野郎ッ‼︎ いきなり仕掛けて来たのはそっちだろうが‼︎」

 額から流れる血を腕で拭い、ロキ同様にイメージを強く持って傷を消す。

 一発入れてやったが、正直あと五、六十発殴ってやらないと気が済まない。

「やれやれ、血の気が多いなあ。親の顔が見てみたいよ」

 笑いながらスーツの襟を正すロキに、中指を突き立てて怒鳴り散らす。

「じゃあ今のうちに鏡見とけや‼︎ 原型留めなくなるまでボッコボコにしてやるからよォ‼︎」

 もう少し話を聞いておきたかったが、顔面を焼かれてからも大人しく談笑できるやつなんて居ない。

 叩きのめしてから、聞き出すことにしよう。

 足元に目配せすると、リルは大きく頷いてくれた。どうやらリルも今のでお怒りの様子だ。

 異能を発現させ、リルの体が消える。

 腰のホルスターから異能具を抜き、構える。

「おっと、メガネの再構成を忘れていた」

 今度はどっかの宇宙人みたいなセリフを吐くロキ。どこでそういうの覚えるんだかな。

「無い方がいいと思うぞ。俺、顔面中心に殴るつもりだからッ‼︎」

 叫び、地面を蹴って肉薄する。

「仕方ないな。遊んであげるよ、マイボーイ」

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