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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編10 トリックスター

 ――どうしてこうなった?

 荒い息を整えながら、眼前の光景に自問する。

 ほんの数時間前まで、俺は生徒会室で文化祭の予算会議に参加していたはずだ。

 それにも関わらず、今目の前に広がるのは生徒会室とは似ても似つかない、無機質な光景。

 先の見通せない広大な空間は、ただ白い。

 空も地面もただただ白く、そもそもここが屋内なのか、屋外なのかすら判断がつかない。

 広く、遠く、見ているだけで気が触れそうなだだっ広い白の世界で、俺は一人の男と対峙していた。

「おんやぁ? もうお終いかな、マイボーイ」

 戯けた様子で肩をすくめ、わざとらしく首を傾げる目の前の男に、俺は舌打ちと共に悪態をつく。

「黙ってろ、クソ野郎……‼︎」

 異能具を握った腕で額から流れる汗を拭い、異能の調子を確かめる。焦り、困惑、疲労、精神的にはズタボロになっているはずなのに、異能の調子はすこぶる良好だ。

「ノンノン。ダメだよマイボーイ、パパンにそんな口の聞き方したらネ?」

「オヤジと同じツラで、親父面してんじゃねえよ‼︎」

 目の前のスーツ姿の男、俺の父親の大神進一郎。否、オヤジの姿をした何かに、罵声を浴びせる。

「何を言っているんだい、マイボーイ? この通りワタシは君のパパンなんだから、ちゃんとパパンと呼んでおくれ。あ、もしくはダディでもいいよ」

 父親を名乗るそいつは、俺の罵声など意に介した様子もなくヘラヘラと笑う。

 腰に両手を当て、片膝を曲げて一本足で立ち、ステップを踏むように足を入れ替える。

 トントントン。

 ピエロのようなその動きに、神経を逆撫でする言動に、唾を吐きつけてやりたくなる。

「うるっせえんだよッ‼︎」

 白いツルツルとした地面を蹴って駆け出し、異能具を逆手に持った右手を上段に、諸手に持った左手を下段に構える。

 イメージするのは、巨狼の顎。

 神さえ丸飲みにする大顎を想像し、その一噛みを再現する。

神狼(リル)(バイ)……ッ⁉」

 空想の大顎がその身を噛み千切るより前に、俺の腕は止められた。

「ダメだよ。これじゃあ、ただの『腕』だ」

 やれやれ、というように肩をすくめ、オヤジの姿をした男は俺の腕を止めた『前足』を振るう。

「お手本だよ、マイボーイ‼︎」

 スーツに身を包んでいてはずの男は、毛むくじゃらになった『前足』から浸食されるようにその身を変質させる。

 白いスーツは体毛に置き換わり、革靴の爪先には鋭い爪。オヤジだった顔は、凶暴な獣のそれに。

 俺の体を突き飛ばしてから自身の前足を地面に着けるまでのほんの一瞬で、男は狼に変わった。

「これが、噛むってことだよ‼︎」

 技を防がれて隙だらけだった俺の首に、狼の牙が突き立てられる。

「があっ⁉︎」

『ダイチ‼︎』

 壊れた蛇口のように、首筋から血が吹き出す。

 止まらない、止まらない。

 頭の中のリルの声を遠く感じ、意識を手放しそうになる。

「ッ‼︎」

 俺は即座に立ち上がり、違和感の残る首筋にそっと手を当てた。

「うーん、ダメダメ。遅すぎる。イメージがついて行っていない証拠だよ」

 オヤジの姿に戻った男は、俺が立ち上がるまでの間にソファーの上でくつろいでいた。

 手にしたグラスには丸い氷と琥珀色の液体が満たされており、強いアルコールの匂いがするそれを一気にあおる。

「ここではイメージが全て。だというのに、君は未だに爪も牙も持たない」

 ソファーから立ち上がりスキップするように前に進むと、今の今までそこにあったはずのソファーもグラスもフッと消え失せる。

(頭がおかしくなりそうだぜ……‼︎)

 首の傷は消えている。

 痛みもないし、服にも地面にも血の跡はない。

 ただ、痛みの残滓だけが俺の思考にノイズを与える。

「痛みも傷も、全ては幻想。君は傷を負わなかったし、その気になれば狼にもなれる。と、何度も言っているのに……」

「っ⁉︎」

 目を離した訳でも、意識が逸れた訳でもない。

 それなのに、言葉の途中で、男はオヤジの姿から、ネコメの姿に変わっていた。

「この通り、ここでは姿形さえイメージ。イメージとは、全ての事象の根幹だ」

 ネコメの姿から、諏訪先輩の姿に。

「イメージできないものは、当然実現できない」

 諏訪先輩の姿から、八雲の姿に。

「実現できる力が無いのなら、せめてイメージくらいできるようになりたまえ。ここではそれが力に繋がる」

 八雲の姿から、マシュマロの姿に。

「では手始めに、パパンと呼ぶところから始めよう。言葉にすれば、すんなりと受け入れられるかもしれないよ」

 マシュマロの姿からオヤジの姿に戻り、男は両手で手招きする。

「さあ言ってごらん、パパン……」

「うるせえってんだよッ‼︎」

 再び駆け出し、異能具を構える。

「……照れ屋さんだなぁ、マイボーイ」

 男が薄い笑みを浮かべて腕を振るうと、眼前にバスケットボール位の火の玉が現れる。

「ッ⁉︎」

 咄嗟に腕を交差させて顔を守るが、至近距離で爆ぜた火の玉の熱風をモロに浴びてしまう。

 肌が焼かれ、髪が焦げ、喉や眼球から水分が飛ぶ。

「あっぐっ……‼︎」

 違う。こんなのは嘘だ。

 焼かれていない。焦げていない。俺の体には傷一つない。

 万全の肉体をイメージすると、一拍置いて体から一切の火傷が消え去る。

「まだまだ遅いよ、マイボーイ」

「そのマイボーイってのやめろ‼︎」

 こんなやつに息子扱いされるなんて、虫唾を通り越して怖気がする。

「君たちはパパンの息子なんだから、何の不思議もないじゃないか? いつになったらパパンと呼んでくれるんだい?」

 黙らせようと異能具を振るうが、男は残念そうにそう呟いて男は踊るように身を翻す。

「ああ、言っておくが……」

 チッチッチ、と人差し指を振り、俺の、俺たちの父親を名乗るそいつは、掴みどころのない笑みを浮かべる。


「『ロキ』と呼び捨てにするのはやめておくれ。親子なんだからね?」


 そう言ってそいつは、北欧神話の名高きトリックスター、『邪神ロキ』は指を鳴らした。

本日の投稿で初投稿からちょうど一年になります。

まだまだ続く予定ですので、飽きずにお付き合い頂けたら嬉しいです。

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